第2話 現実世界の終わり
試験が終わった時の反応はふたつある。
抜かりなく終えた者の清々しいそれと、神頼みが通じなかった者の全てがおしまいになってしまったかのような悲壮なそれだ。
市内にある私立高校。
全国模試を終えたいま、仲間内で答え合わせをしていたり、遊びに向かったり、あるいはこれからの天体ショーに向けて準備をする人などで溢れかえっている。
僕、
「よう、ユーリ。……試験の結果は?」
幼馴染のひとり、
あわよくば僕が点数を落として「今回は散々だったね」とお互い笑い合いたいのが丸見えである。
「今回はちょっと抜けが多かったかな。……といってもゲームにかまけて勉強をしていないヒイロには負けないけどね」
「万年赤点のオレと競わせるなっ! いやでもお前が万全にしてないテストなんていつぶりだっけ」
「意外と近いよ。おととしの……高一の秋まで成績が悪くなる一方だったし」
中学までは勉強しなくても高得点を取ることができていたが、高校に入って突然取れなくなったのだ。
あの時は焦ったし、ヒイロともうひとりの幼馴染と遊ぶのを断ってしっかりと基礎から鍛え直した。
おかげで二年生からは親のお叱りを受けることはなくなった。
そのことを語るとヒイロは「珍しくお前が本気で焦ってたのは覚えてるぜ」としみじみと頷く。
ヒイロはなにか引っかかることがあったのか、小首をかしげてこちらに問う。
「で、なんで珍しく成績を落としちゃったんだい? もしかして……オレが勧めたアレ?」
「うん、〈セブンスコンクエスト〉。あれで遊び過ぎちゃってさ」
「たしかに現実世界ベースの土地にはびこるモンスターを、育てたキャラで狩るってコンセプトはお前好みだけどさ……」
勧めてくれたヒイロはどことなく気味が悪そうに肩をすくめた。
そしてこちらに耳打ちをする。
「ゲーム内のニュースで『吸血鬼が西南区に発生中』ってあったけどさ、実際に運営が打ってた地点で猟奇殺人が起きてるんだぜ?」
「……マジ?」
「だからオレ、気味悪くなっちゃって辞めちゃったよ。レベルも7くらいで止まってる」
運営のジョークにしろぞっとしない話だ。
まるで本当に魔物や悪魔というものが現実に侵食しているようで。
「……さすがに運営の悪ふざけだろ。事件が起こってからニュースにした、ナンセンスなジョークに決まってる」
「でもよ、検証サイトじゃ時系列は
「……噂は噂だろ。ユーザーは結構多いんだ。周り見てみろ、怖がってるだろ」
気がつけば残っていた学生からは、恐れを抱いた視線や、邪魔なものを見るような目で見られていた。
いつの間にか声が大きくなっていたようだ。
「君近さーん、泉堂さーん。スマートフォンを取りに来るの忘れてますよ!」
教室に入ってきた試験官が二人のスマホをわざわざ持ってきてくれていた。
僕たちはそれぞれ礼を言ってスマホを受け取ると、マナーモードにしていたそれがパッと電源がつき、待ち受け画面を開く。
十五時七分。
そういえばそろそろ金環日食の時間であることを思い出す。
「君たちもせっかくだから金環日食を見て帰らないか? せっかくの機会なんだ、天文台から取ってきた日食グラスもあるよ」
「あ、〈7CQ〉からお知らせが来てる。なになに、金環日食イベント……?」
「随分とリアルと同期させるんだな。ここまで来るとやっぱ真に迫りすぎて怖いな」
「…………日食グラス。最近の子はスマホを見てばかりだなあ」
試験官の発言を聞き流して〈7CQ〉を起動すると、『金環日食イベントまであと……』とカウントダウンが刻まれているようだ。
ここまで現実のイベントも取り入れるなんてどういう意図があるのだろうか。
吸血鬼発生イベントと猟奇殺人事件の符号もまるで〈7CQ〉が元凶であるかのようにも思えてくる。
だが、ゲームはゲーム。現実をどうにかする力なんてあるわけがない。
(馬鹿馬鹿しい妄想もほどほどにしないとな)
嫌な妄想に僕は頭を振って打ち消そうとする。
〈7CQ〉の画面を見ていたヒイロは嫌そうな顔で「相変わらず趣味悪いな、このゲーム」と呟く。
教室の中の誰かが言った。
「日食が始まるぞ!」
「いけね、〈7CQ〉のイベントが始まるんだ――ろ――」
急に周りの〈7CQ〉の話をしていた生徒たちが倒れ始め、身体が光に包まれていく。
それは僕とヒイロも同じようで。薄れていく視界の中でヒイロが僕の名前を叫んでいる姿を見ながら――意識が暗転した。
これが世界が終わる合図だとは、まだ誰も知らなかった。
◆
身体が揺れる。
身体が重い。
生暖かいぬかるみの中にいるような感覚。
誰かが必死に呼びかけているようにも思える。
「起きろ! ユーリ、起きろ!」
「うるさいなあ……」
意識の再接続。
それは身体そのものが作り替えられたということだったのだろう。
僕は拳を開いてうつ伏せから少しだけ上体を起こす。
ぼやける視界の中、身長が高くて耳が長い男が、緑色の肌をした子鬼を剣を振って追い払っているところが映る。
この剣を持った男は、声がヒイロによく似ていてつい返事をしてしまったのだろう。
耳長――エルフの男はこちらに声を飛ばす。
「ユーリ! 早く起きろ! 死ぬぞ!」
教室を見回すと、物言わぬ姿になっている生徒の姿や緑色をした子鬼――〈セブンスコンクエスト〉の表記にならうならゴブリンの死体がゴロゴロと転がっている。
床は血まみれで、僕が着ている制服なんかは血まみれだろうと予想をしていた。しかし実際には服装は違うし、血まみれになんかなっていない。
教室後方、ヒイロの周囲にはゴブリンが三体ほど彼にまとわりついている。子鬼は胸当てをして鍋のようなヘルメットを被ったヒイロの隙をうかがい、いざという時は子鬼の手に持ったナイフで刺すつもりなのだ。
ゲームではない、現実に現れた本物の暴力に僕は身体が震えて固まってしまう。
「……なんだかヤバそうだ。ヒイロ……だよね、これからどうする?」
「籠もれそうな場所を探す! 敵が来ない場所があれば……このっ! どっかいけ!」
ヒイロが剣を振り回すとゴブリンたちはすぐに後ろに下がる。
だがゴブリンたちはこちらを諦める気はないのか、ヒイロの側を抜けようとしたり、あるいはヒイロに刃物をチラつかせたりと嗜虐的な真似をしている。
「この階には視聴覚室があったはず! ここを突破してまずは視聴覚室で態勢を整えよう!」
「場所は分かるか!?」
「この教室を出て右に曲がって突き当たったら視聴覚室!」
「オーケー!」
杖を振り回しながらゴブリンたちを遠ざけて、隙をついてすぐに走り出す。
廊下には障害となるゴブリンが前方で生徒の死体にナイフを切り入れている。しかしそれらをヒイロはバットでも振るうように剣を振り回して排除していく。
バタバタと走るうちに、自分の着ている服がいつもの学生服ではないことになんとなく気づき始める。
しかし改めて検分をするほど時間的な余裕があるわけでもないので、疑問を無視してヒイロに置いていかれないように必死に駆けていく。
すぐに視聴覚室前にたどり着くと、ヒイロは安堵混じりに教室のドアノブに手をかける。
「ユーリ! 開いてる! 逃げ込むぞ!」
「分かった!」
視聴覚室の、防音のための分厚い扉を開けて部屋の中に転がり込む。
僕はすぐに視聴覚室の鍵を閉めて中にバケモノが入り込まないようにしておいた。
「大丈夫か、ユーリ」
「ヒイロこそ。……ヒイロだよね? なんか美形エルフになってるんだけど、わけがわからないよ」
「オレもワケが分からない。気がついたら姿形が変わっていて、モンスターが学校に襲撃してきて……自分で思っていたより戦えて」
「……落ち着ける時間が欲しいな。……ん?」
「どうした?」
僕が首をかしげるとヒイロは何事かと同じように首をかしげた。
先ほどから自分の身体に違和感があるのは姿形が変わった影響なのだろう。
しかし、それにしても声が高い。自分の声はもう少し低かったはず。
それにシャツの胸元が非常に苦しい。胸板が急激に厚くなったわけではなく、触ってみると柔らかいものが胸部を占めていて。
まさかと思って股間を触ってみると――ない。
後ろに飾ってあった姿見を見れば、そこにはなんとも庇護欲をそそる美少女が怯えた目をしてこちらを見ていた。
銀糸の髪の両側には流れるように角が生えており、たまご型の輪郭にある金の両眼は瞳孔がトカゲのようである。
おまけに腰からは白銀の尻尾が生えており、チュニックローブに開いた穴から挨拶をしている。
「な、な、な……なんだこれ!? いややっぱ声が高い!?」
「落ち着けユーリ! お前がパニクったらマズい!」
「わわわわわかっってら! と、とりあえず現状を整理しよう!」
「……現状を整理して冷静になれたらいいんだけどな」
いきなり美少女になってるんだ、気持ちが落ち着かない方が普通だ。とヒイロはひとりごつ。
姿見を見てひとつ分かったことがある。
こいつは〈セブンスコンクエスト〉で作ったキャラクターだ!
どうしてこのように〈7CQ〉で作ったキャラクターに姿形が変わっているのかは非常に気になるが、情報の足りないいま、答えは出せないだろう。
重要なのはまずこの状況から反抗しようが甘受しようがまずは受け入れること。
……んなもんできるわけないだろー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます