TS龍人娘はモンスターあふれる世界をひっくり返す
芦屋貴緒
第1話 幻想世界の始まり
「ヒイロ! 右の機械の陰からゴブリンが二体!」
「あいよっ、任せろ!」
廃工場の中、男女二人組が数多くの異形と相対している。
僕の声にヒイロは叫び返すと、だらりと下げて居ていた腕を敵に向かってしなやかに鞭打つ。
「ギ、ギャ――!?」
「ギャア――!」
ヒイロが両手に持つ二本の剣は綺麗な白銀の線を描き、直後に彼を襲おうとしたゴブリンの首を刎ねた。
「ユーリっ、左後方に射手が回り込んできてやがる!」
焦りを滲ませたヒイロの声に、僕は身の丈以上の高さを誇る
大丈夫だ、その対策はすでに打っているから。
「ギ……シャア! ――ギャッ!?」
放たれた矢の空気を切る音。しかしこちらを仕留めるはずの攻撃は魔法によって反射され、今は射手ゴブリンの腹部に深く突き刺さっている。
僕がひとりで行動する時はこうしておくと魔物は釣りやすい。浮いたコマは刈り取られるが、こうして少しの手間をかけてやることで自分の身を守ることはできる。
電気も切れた廃工場で、僕とヒイロは迷子を捜していた。
色んな人に話を聞いてみると、その子は食料を探しに外へ出たとのこと。
なのでその子の家から一番近い元食品工場へと向かっていったのだ。
そこはモンスターの巣窟で、食料品なんかもあらかた食べ尽くされていそうだったのだが。
モンスターから隠れている件の子をみかけ、僕たちは最低限の掃除をすることに決めたのである。
「近場にモンスターの巣があるのは危険だからね」
あとは破れかぶれになったゴブリンを処理して、迷子の男の子を連れて安全圏まで戻るだけ。
そう算段を立てたものの、工場の奥からぬっと二メートルほどの巨大な豚の鬼――オークがしっかりとした足取りでやってくるではないか。
遠くのヒイロがこちらに向かって声をかける。
「ユーリ、こいつとやり合うのは結構タフになるぞ」
「僕はまだ行ける。そっちは?」
「スキル使用回数が厳しい。あと大技一発ってところかな」
「じゃあそれで終わらせよう」
「マジか。援護頼ん――うおっと!」
オークが自らの巣を壊されたことに怒り、咆吼する。下手人のひとりであるヒイロを視界に収めるや否や全力で大きな棍棒を地面に叩きつけた。
振り回された武器から放たれた衝撃波は周囲に散らばり、廃工場を気持ちの良いくらいの勢いで壊していく。
しかし壊されては困る。
特に僕の真上の部屋には迷子が隠れているのだから。
オークが奏でる異様な音声に不安を隠しきれずひょっこりと男の子が顔を出す。
「お姉ちゃん、たすけて!」
「わー、まだ駄目だって!」
マズいとこちらが言っても男の子は涙目でこちらを見るだけだ。
って言っても仕方ないか。いきなり大破壊の音が聞こえてきたら誰だって怖いもの。
敵がいなくなってから保護をしたかったんだけど、もうやるしかないみたいだ。
「――〈プロテクション〉、〈ビルドアップ〉。それ、飛び込んできて!」
こちらが手を広げると、迷子の男の子は数秒固唾を飲む。そして意を決して三階からこちらに飛び降りる!
「わ――っぷ! あ、ありがと、お姉ちゃん」
「……っしょ! 怖かったのは分かるけれど、今は僕の後ろに居て。あのデカイのを倒したらすぐに帰れるから」
「う、うん!」
なんとも聞き分けの良い子だ。この子の生来のものなのか、それともあのデカブツが暴れている様を見れば「従わなければ死ぬ!」と想像力が働くのか。
まあ、どちらでもいい。
「ヒイロ、一旦下がって! 〈エレクトリカルファズ〉!」
「おうさ!」
杖の先端から黄金色の綿毛を放出すると、オークの周りに綿毛が滞留していく。
さきほどから暴れ続けているオークは黄金色の綿毛をその身に受けていき――突如ガクンと膝をついて倒れる。
〈エレクトリカルファズ〉。殺傷能力こそ控えめだが、電撃を伴った綿毛に触れると麻痺、およびスタンの効果があらわれる。
肉体的に強い魔物にこそよく効く呪文だ。
(呪文、呪文か。ほんの数週間前まではこんな現実が訪れるなんて思いもしなかったっていうのにな)
高校二年の夏。あの日食を境に世界は変わってしまった。
言われるがままに学校に行って未来のために勉強し続けるあの日々から、こうして幻想上の魔物と命のやりとりをするような日々に。
泥まみれで、綺麗なところなんて何一つない戦いの日々。
これが今の僕たちの現実だ。
ヒイロが叫ぶ。
「これで終いだ、〈ダブルスラッシュ〉!」
二本の剣を持ったヒイロが図体のデカいオークに二撃を入れ……オークはそのまま動かなくなった。
それからはこの工場に敵がまだ居ないかを探し、何事もなく工場の外へと向かうことになった。
外に出るなり、若い女性がこちらに飛び込んでくる。
彼女は肌の血色はよくなく、また頬が痩せこけていた。
少年が食料を探しに行った理由がそこに語られていた。
少年の母親はそのまま彼を強く抱きしめて離さない。
「カズキ……!」
「おかあさん、痛いよ……」
「もう少ししたら配給も増えるから、だからもう外に出たらダメよ!」
ウソだ、と僕は理解した。
食料の配給事情はどこも厳しい。
生産元が絶たれている状況で食料も現状奪い合うか魔物の肉を食べるかだ。
母親は当然子供の命が心配なのだろうが、子供は母親のことが心配で命の危険を冒しているのだ。
このままでは二回目三回目が起きるのも見えている。
僕は意識を集中させて空中に半透明のメニューを開く。
そして念話で少しばかり話をして……そして親子に告げる。
「さっき狩ったオークはお二人に譲ります。解体業者も呼びましたから、あとは帰ってクレジットを受け取ってください」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ありがとね、
「うん。だからこれからは危ないことをするんじゃないよ。いいね?」
「うん! じゃあね、お姉ちゃん!」
当面の問題は解決したことに胸をなで下ろして親子は自分たちの住処へと去って行く。
衝突した車や叩き潰された車、すでにヒビが入り始めた道路。人の気配がしない周囲の住宅。
大きな工場の前に残された僕は小さくため息をついた。
「よかったな、お姉ちゃん?」
「うるさいな。僕だって好きでこうなったわけじゃないの、分かってるだろ?」
日食から変わってしまった現実がもうひとつある。
銀糸の髪にふたつの角、たまご型の輪郭には金色の両眼と鼻梁の通った鼻、そして淡い桜色の小さな唇。
ケープやチュニックの上からでも分かる邪魔な胸に、すらりとした長い脚。
両眼の瞳孔は、どこか爬虫類を思わせるもので。
かつて男だった自分、
脳裏に浮かんだ、〈始まり〉の日の出来事。モンスターに殺されていく学友たち。
ユーリはヒイロに歩調を合わせてもらい、アジトに帰りながらあの日のことを思い出していた。
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