第2話 二人

 決闘が終わると、夕食会が始まる。そこで一人前かの認定がされる。


 夕食会は招待者全員が入れるほど大きな広間で行われる。この会に参加する重要さで当主らがいるところからの近さが決まっていて、琉歌と光翼は他の雛月家や弥生家の参加者と共に当主の目の前に配置されていた。


 雛月家と弥生家の代表が向かい合うように配置されていて、また雛月家の代表者が全員男で弥生家の代表者が全員女だったということもあり、合コンみたいな景色になっていた。いや、全員和服の正装だったのでお見合いかもしれない。本当はどちらでもないのだが。


「まだ始められないのかしら」


 弥生家の当主、弥生やよい胡桃くるみが従者にそう聞いた。


「胡桃様。まだ桃愛様がいらっしゃっておりません」

「そう……まったく。あの子はいいわ。始めましょう」


 そうして夕食会が始まった。


 一人前という認定は、その場にいない桃愛も含めて全員に言い渡された。


 あとはただの夕食会だった。


 しばらくして、琉歌はまだ顔を出さない桃愛のことが気になって、夕食会を抜け出した。ついでに食堂でおにぎりを貰って、桃愛のことを探した。


 琉歌にとっては魔法が使える人を探すのは簡単だ。それぞれ持つ魔力が違うから、その気配のようなものを頼りにすればすぐ見つかる。


 桃愛は決闘で魔法を使わなかったが、あの時魔力の気配は感じた。だからすぐに見つかると思っていたが、全くその気配がなかった。


「こんなところで何してるの?」


 三十分ほど探し回ってから中庭で一人黄昏ていると、誰かにそう話しかけられた。ここにいるということは関係者だろうが、全く気配を感じなかった。聞き覚えのある声でもない。


 誰かと思って琉歌が振り返ると、そこにいたのは桃愛だった。


「あっ、えっと、その」

「私のこと探してるんでしょ? どしたの?」

「えっと……これ、夕食会いなかったから、何も食べてないのかなって思って」


 そう言って琉歌はおにぎりを差し出した。


「おぉ、ありがと。わざわざ、どうも」


 桃愛は受け取ったおにぎりを頬張る。


「なーかききたいこおでもあうお?」

「何て? 飲み込んでから喋ってくれ」


 緊張していた琉歌だが、おにぎりを口いっぱいに入れながら喋る桃愛を前にして、すぐにその緊張はなくなったようだった。


「何か聞きたいことでもあるのって。なんで探してたの?」

「えっと……色々聞きたい。今日のこと」

「いいよ。私に話しかける人なんていないし、気にする人もいない。でも君は来てくれたから、話してあげる」


 決闘の時とは変わって、恐怖なんてものは感じない、優しそうな人だなと琉歌は感じていた。


「まず、何で夕食会に来なかったんですか? 当主の方と何か?」

「あぁ……琉歌、だっけ? 琉歌さ、敬語やめよう。歳もかわらないだろうし」

「わ、わかった」


 琉歌はすぐに適応した。


「それで、本題ね。まあ、アイツは私が嫌いなんだよ。だから顔も合わせたくない」

「何で嫌われてるの?」


 よく躊躇なく聞くね、と独り言のように呟いた後、桃愛はその質問にも答えた。


「自分の直系でもなく、そもそもどこの生まれかもわからないのに、こんなに強いのが出てきちゃって……気に食わないんだろうね」

「どこの生まれかもわからない……?」

「両親のことは知らない。少なくとも母親は弥生家の生まれだろうけど」

「何で母親はってわかるの?」

「お前、本当に雛月家の人間か?」

「えっ?」


 琉歌はなんのことかわからなかった。


「何で弥生家のことも知らないわけ? 一番付き合いのある家なのに」

「ごめん……」

「まあいいよ。私も雛月家のことは詳しくないし」


 そうは言うものの、桃愛はまだ疑ってるような言い方だった。でも今日ここにいるということは、雛月家の関係者であるはずだ。


「説明しておくと、弥生家に生まれる男は基本的体が弱いの。生まれて来られないことも多いし、一歳になる前に死ぬことも多い。七五三は男子のお祝いで、大人になれることは奇跡に近い。ましてや子供ができるほど丈夫なことはない。でも私が弥生家の血を引いていることは確実なの。だからお母さんは弥生家の人だということになる」

「なるほど」

「でもどこの生まれかわからないの?」

「両親のことは知らない。この会の時に、誰かが置いていったの。だから、弥生家の誰かだろうってことになって、本家で育った」

「そうなんだ」


 とはいえ、こんなことは常識。雛月家の人間ならわかるはず。


「私のことは教えたから、ちょっとは教えてくれる? 琉歌のこと」

「わかった」


 こんなに弥生家のことを知らない雛月家の人間のことはとても気になる。


「僕は、物心つく前に別の種族に連れ去られた。僕は吸血鬼に育てられたんだ」

「吸血鬼……なるほど」

「だから、吸血鬼の魔法、真っ黒な魔法が得意なんだ」

「そう。でも、雛月家の魔法も悪くなかった」

「斬っただけじゃん」

「それでわかる」

「君ならわかりそうだけど」


 そういう理由なら確かに弥生家のことを知らないのも当然か。そう桃愛は納得したようだった。


「そういえば君の刀、僕が見た中で一番すごいもののような気がした。悪魔の妖刀よりも、すごい何か」

「ふーん。てか、悪魔の妖刀なんて見たことあるの? 誘拐された割にはいい生活をしてたの?」

「まあね。誘拐されたなんて微塵も思わない暮らしをしてた。そこで妖刀も見たんだ。でも、君の刀はそれ以上の何かを感じた」

「この刀は、皐月家の刀。人間が持つ中では一番の刀」

「何で皐月家の刀を? 君が?」

「この刀は持ち主を選ぶ。意思がある。意思にそぐわない持ち主は躊躇せず殺すし、とてつもない重量になったりする。そんな刀が、ある日皐月家に行った時に、自分から吹っ飛んできたんだ。他の人が預かろうとすると誰も持てない重さになる。だから私が持つことにした」

「そんなことがあるんだ……」

「本当は魔法で戦うべきなんだけど、使わないと怒る気がして。こっちの方が強いのは本当だし」

「なるほどね」


 二人が話し込むうちに、すっかり夜も更けてしまっていた。二人は意気投合し、お互いのことを話しすぎだと思われる部分まで話していた。


 経緯はともかく、二人とも似た状況に置かれている。


 家族や親戚といった関係での結束感を覚えず、その家の中で浮いた存在。でも戦闘力がずば抜けていて、軽視することもできない。この実力じゃなければ、どちらも永遠にここに呼ばれなかっただろう。


 若気の至りか、寂しさを埋めるために出会ったような二人は、いつの間にか屋敷から姿を消していた。


 そしてその二人を追いかけるそれぞれの家の人々。



 二人の逃避行の旅は、まだわからない。

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弥生と雛月の成人の儀 月影澪央 @reo_neko

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