弥生と雛月の成人の儀

月影澪央

第1話 決闘

 今日は三月三日。世間的にはひな祭りの日だ。


 だが、この弥生やよい家においては祭りなどという言葉で表してはいけないような行事の日だ。


 弥生家にとって今日は、古くから協定を結ぶ雛月ひなづき家との『成人の儀』と呼ばれる決闘の日だ。


 弥生家は魔法使いの家系だ。一方雛月家はそもそも人間ではなく、いわゆるエルフの家系だ。


 この世界にはファンタジー世界のものと思われる異種族の生物が存在する。それも世界各地に、人間が国ごとに違うのと同じように、同じ種でも異なる文化を持つ。


 そして魔法も存在する。ほとんどの人間は魔法は使えず、存在すら知らない。そのため彼らは人間の住んでいるところでやりたい放題していた。


 それをどうにかしようと、この日本では魔法が使える人間の一族12家と日本に住む種族の上位12種族が協力し、それぞれの領域を守り、お互いに超えないように取り決めをした。さらに超えた者を取り締まり、住人を未知の脅威から守る。


 その両家、弥生家と雛月家はその家の仕事をする上で一人前になるために、その素質のある者同士を戦わせている。一人前になるという意味と、大抵年齢が成人前後だということを込めて、成人の儀と呼ばれるものだ。


 内容は最悪の状況を考えた時に必要な戦闘スキル。両家の代表者数名が団体戦として戦い、両家当主が認定する。12家・12種族全ての家にある行事で、それを弥生・雛月の場合は3月3日にすることになっている。



 そしてついにその日がやってきた。


 今年はここ近年で一番強いと言われる若者が両家にいる。そのため、今年は例年以上に両家の関係者が注目し、集まっていた。加えて、なかなか集まることがない12家と12種族の当主も全員集まっている。


 そんな全員の注目は、今回の弥生家の大将・弥生やよい桃愛ももあと雛月家の大将・雛月ひなづき琉歌るかだ。


 今回は5対5の勝ち抜き戦だ。会場は山奥の大きい和風建築の屋敷。中庭がとてつもなく広く、そこが決闘の場所だ。


 多くのギャラリーが見守る中、決闘が始まる。


 一人ずつ戦っていき、ほぼ互角。それぞれ順番に勝っていく。


 琉歌が弥生家の4番目に勝利し、ついに注目の一戦になった。


 庭の中央に琉歌と桃愛が向かい合って立ち、まず一礼をする。


 琉歌はごく普通の青年のように見える。エルフ種と言って思い浮かべるようなとんがった耳はなく、髪色もアジア系特有の黒色系、魔法を使うこと以外は普通の青年。それがこの地域のエルフだ。


 一方桃愛はボーイッシュな少女である。一般的に12家は人間であっても魔法を使うが、桃愛は刀を携帯していて、異質だ。しかも女の子らしくない目つきと仕草。恐怖を感じさせるような雰囲気を持つ。


 お互いに何も言わずに目を合わせる。


 沢山の人が見守る静寂の中、弥生家当主が小さな池に向かって石を投げる。


 そしてその石が池に落ちた音と同時に、琉歌は一瞬にして体の前に魔法陣を出現させる。無詠唱だからできる技だ。無詠唱で魔法を使うことは難しいので、それをすること自体が実力の証明だ。なのにこの速さで。


 その速度はさっきの試合よりも速かった。その試合でも相当速かったのに……と見物人は驚きかけていたが、琉歌より速い速度で桃愛が反応して動き出していた。


 桃愛は地面を強く蹴りながら刀を抜き、まず琉歌の魔法陣をぶった切る。そのままの勢いで琉歌に迫り、首に刃を突き付けた。


 それからふっと息を吐き、慣れた手つきで刀を鞘に納めた。


 琉歌を見ることなく桃愛は当主たちがいる方を見て、黙って一礼した。顔を上げると弥生家当主を睨み、舌打ちをして会場を後にした。


 その一連の間、琉歌は桃愛に圧倒されて息もできなくなっていた。


 しばらく動かない琉歌を見かねた雛月家の仲間が琉歌に駆け寄ったところで、琉歌は我に返った。


「何なんだ……今の子……」


 第一声はそれだった。


 いつの間にかギャラリーもいなくなっていて、日も暮れていた。それほどまでに衝撃的だった。


「大丈夫か琉歌」


 やっと正気に戻った琉歌にそう声をかけたのは親友の光翼こうすけだった。


「……大丈夫。怪我はない」

「そういう意味じゃない」

「どういう意味?」

「……まあいい。アイツのことは気にするな。お前は十分強い」

「何だよ急に」

「気にしてるんじゃないのか? さっきのこと」

「いや、別に……」

「じゃあなんでこんなに放心してたんだ」

「えっと……その……」


 なぜだか琉歌はその理由を言いにくそうにしていた。


「まあいい。飯行こう、飯。食ってさえいれば何とでもなるから」

「ああ、うん。行こうか」


 そうして中庭からは誰もいなくなった。

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