アイドルはマイクを置き死ぬ。

彼方夢(性別男)

アイドルとしての死

 私、木ノ島 蒼きのしまあおいはアイドルグループ「セブンティーンドロップス」のセンターをやらしてもらっている。

 自分は何かに秀でた人間じゃない。ただ容姿がいいだけ。そんな子、芸能界じゃあ掃いて捨てるほどいる。ダンスも、歌も人並み。 

 なのに、センターに選ばれた。それは故にプロデューサーに気に入られたからだ。

「君には才能がある。人を魅了する才能が」

 ちなみに言っておくけど、体は売っていない。それほど自分を安売りなんかしない。


 セブンティーンドロップスは、カリスマアイドルというのをコンセプトとして掲げていた。でも、そもそも自分はカリスマじゃないから、そのことをとやかく言う業界人やアンチが湧いた。

 それでも必死に活動した。それは決して自分のためじゃなかった。二十人を超えるメンバーを食べさせるため。そしていつか紅白出場をめざすため。

 ティッシュ配り。地下ライブ。少し人気の出てきたメンバーのバラエティ番組出演。そうした地道な活動を約三年行った。

 すると、徐々にだけどグループが頭角を出してきた。セブンティーンドロップスが音楽番組に出場することも増えてきた。


 そんなとき、メンバーの一人に言われた。

「悔しいけど、全部あんたのおかげだから」

 その言葉を、すぐには飲み込めなかった。

「どういう、こと?」

「観客の顔を見ればわかる。みんな、あんたの頑張っている姿を見るためにライブに来ている。あんたは人を魅了できるアイドルだよ」

 これが、この功績が全部私のおかげ? 

 それは違うと思った。メンバー一人が一人がしっかり団結出来たからこそ、ここまで来れたんだ。


 ◇

 

 そして、セブンティーンドロップスの武道館ライブが決まった。

 私は、もう両肩に乗ったメンバーへの責務から解放されたいと思った。

 だからこそ、決断した。 

 私はアイドルとして死のうと。


 武道館ライブ当日。セットリスト最後の曲を終えた後、十分間のマイクパフォーマンスの時間。

 だが、私はそれをしなかった。武道館のステージにマイクを置いて、幕へと去っていく。

 その時のメンバーの顔が忘れられなかった。

 まるで泣きそうな顔をしていたからだ。そんな破顔した表情を見られたことで、今までの努力が報われたような気がした。

 

 私は、アイドルに憧れていた。キラキラしていて、可愛くて。注目されて。自分の寂れた学生生活を彩ってくれた。

 アイドルに憧れる気持ちはいまも残っている。だけど、もういいんだ。


 ◇


 芸能界をも引退した私に、ラインのメッセージが一通届いた。

「紅白出場果たせました。ありがとう。蒼」

 メンバーからの言葉に、私は声を出して泣いた。


 いまでも、”こんな気持ち残ってたんだ”。


 マイクを置くことは、アイドルの死を意味する。

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アイドルはマイクを置き死ぬ。 彼方夢(性別男) @oonisi0615

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