第10話

「――――」


愛がなかったと思っていたのは自分だけ。


死に際に手を握っても、太一の頭の中は綾で埋め尽くされていた。


綾と暮らすことを考え、綾との関係が永遠に続くことを考え、綾が作ってくれる料理のことを考えていた。


太一だけが早和に冷めて、綾に熱中していたのだ。ずっとずっと。


不意に携帯の着信音が鳴った。綾からだ。沙織の様子をちらりと見る。


沙織はまるでゴキブリを見るかのような目で太一を見つめていた。


居心地が悪くなり外へ出る。


「もしもし」


「朝食を作ってくれてありがとう。ずっと寝ちゃっていてごめんね」


いつもの調子で綾が話す。綾は太一との未来を考えている。自分もしっかり考えなければと太一は思った。たとえ沙織にさげずまれても、綾を幸せにしなければ。


「うん。美味しかった」


「それで私、起きてから考えたんだけれど」


「煮つけの作り方ならわかったよ」


「そうじゃなくて。もう、別れましょう」


太一は焦った。


「なんで。ひょっとして昨日のことが原因? だったら謝る」


「違うの。あなた前に言ったでしょう。『どんなに仲が良くてもこれだけは譲れないっていうものが人それぞれあるだろう』って」


「言った。それがどうした」


「私、年上という立場は譲れないの」


「は?」


「ほら、私弟が二人いるけど、長女。第一子じゃない? 私が結婚相手に求めることは、一人っ子か年下の兄弟か姉妹がいることなの。旦那となる人は年上でもよいけど、その親族の兄弟姉妹に年上がいるのは無理。これはどうしても譲れないの。だからお姉さんがいるっていうあなたとは、無理。それ聞いたら、あなたとの関係も、昨日のかぼちゃの件もどうでもよくなっちゃった」


「なんだよ、それ。そんな筋の通らない理屈で納得できるか」


「あなたの好物の件だって、わけのわからない理屈で納得できないわ。じゃ、おあいこってことで終わりにしましょ。これからは、出会った人に、事前に兄弟の有無を聞いておくことにするわ」


「今更おまえを拾ってくれる奴なんかいるのか。三十三だろ」


思わずそう口走っていた。綾は少し怒った口調で言った。 


「失礼ね。自分のことを棚に上げないでちょうだい。あなたは三十六でしょ? 三十代でも四十代でも、今は出会いなんてたくさんあるのよ。今後あなたを拾ってくれる優しい女はいるのかしら」


「昨日、俺が歩き回っていたら、悲しそうな顔をしていたじゃないか」


「演技を見抜けなかったあなたの負け。その前日までは本物だったけど」


「俺は綾のことを本気で考――」


電話が切れた。かけ直そうと思ったが、もうこれ以上は相手にされない恐れがあった。


スタミナが切れて、包丁が突き刺さったままだったかぼちゃ。


あれは太一のことはどうでもよくなってしまったという証明だったのではないだろうか。


五年も積み上げていた関係が、こんなことで、たったこれだけのことであっさり終わってしまうのか。

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