黄金と血のアルゼンチン
ひまえび
第一章ブエノス・アイレスの輝き
第1話(前編)……ブエノス・アイレスの光芒
『黄金と血のアルゼンチン』第一章第1話【作品概要】です。
https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/16818622173728052369
前書き
遥かなるアルゼンチンの大地。かつて、太古の風がパンパを駆け抜け、無数の夢と希望が根付いていた時代――。その地に生を受けた一人の若者、ルドラは、封建の重圧と古き支配者たちの影に抗い、自由と繁栄を夢見た。彼の胸には、野望と情熱が煌めき、未来への扉を開く決意が刻まれている。さあ、歴史の荒波に翻弄されながらも、己の理想を追い求めるルドラの冒険が、今ここに幕を開ける。
1934年10月1日月曜日午前7時:マル・デル・プラタの自宅
ルドラが目を覚ますと、部屋の光景が可怪しかった。床はコンクリートの打ちっぱなし。だだっ広い部屋(窓際にベッドがある)でただひとり寝ているのだ。
貴方、朝食が出来たわよ。早く起きて顔を洗いなさい。
ノンヴィグノン(Nonvignon)の声がする。
ルドラは起き上がってトイレを探す。部屋の外にあるようだ。タリオがルドラに声を掛ける。
「社長、お早う御座います。今日はブエノス・アイレスまで行くと行ってましたよね」
ルドラは彼の言っている意味が分からなかった。聞き返そうとすると、頭の中でシヴァ神の声が聞こえた。
『ルドラよ。お前はしばらく1934年のアルゼンチンで暮らしてもらう。1662年の10月にマル・デル・プラタ海岸で沿岸漁業を始めたのを覚えているだろう。お前の始めた事業が成功し、お前はルドラ缶詰工業の社長になっている。ノンヴィグノン(Nonvignon)20歳と結婚し、子供ハングべ(Hangbe)3世女0歳も生まれている。タリオは腹心の部下で専務をしている』
『そういう設定で始めるが、歴史は一切変更されていないから、この国も相変わらず貧富の差が激しい。富める者はスペインのコンキスタドールの子孫たちやスペイン人のカトリック司祭の子孫たちだ。それ以外は全員貧しい』
ルドラ:私はどうすれば良いのですか?
『それはお前が考えることだ。今は世界を2分する戦争が起こる前夜だ。日系人中田37歳という男に会ってこい。彼はブエノス・アイレスでカフェをやっている。駅前にあるから直ぐに分かるだろう』
ルドラは食事を終えてから、海岸へ行った。この海岸もすっかり様変わりしている。小さな寒村だったこの地域にはいくつもの集落が出来て、ブエノス・アイレスまで鉄道も延びたから、人通りもそれなりにある。
ルドラは以前この国の問題点を洗い直していた。得られた結論はパンパという天から授かった賜物を活かし、農業、牧畜、漁業を推進することだった。そうして得られた余剰を工業推進のため費やす。現在もその方針は正しいのだが、そうはさせてくれない勢力が存在する。それは言わずと知れたスペインのコンキスタドールの子孫たちやスペイン人のカトリック司祭の子孫たちだ。
どうもアルゼンチンはスペインから独立したようだが、相変わらずの貧乏国である。国内ではスペインのコンキスタドールの子孫たちやスペイン人のカトリック司祭の子孫たちに搾り取られ、国外ではイギリスやアメリカの資本家に搾り取られている。
ルドラとタリオはマル・デル・プラタの駅まで行き、ブエノス・アイレスまでの切符を購入した。到着したのは翌日の朝10時であった。
1934年10月2日火曜日午前10時:チノ・エル・ビエホ(中田経営の日系人カフェ)
モーニングセットのような物をふたつ頼んだ。対応してくれた女の子は14,5歳の若い子だったが、観る者の誰をも魅了し、ルドラは彼女のあまりの可愛さに魂を揺さぶられ、思わずさらさらっと彼女の裸体図を描き、彼女に渡した。
彼女はにっこり笑いかけ、スペイン語で私の名前はマリア・エバ・ドゥアルテと言います。15歳です。お客さんは初めてお目にかかりますね。
ルドラは自己紹介し、マル・デル・プラタでルドラ缶詰工業という会社をやっていると告げた。
横合いから、「あらお若いのに社長さんなの?私に紹介してよと」声が掛かった。
カタリナ:私はマリアの姉でカタリナ・エバ・ドゥアルテと言うのよ。私は19歳で夕方働いているの。この店は午後6時からレストラン&バーになるの。よろしくね。
カタリナもマリアに負けず劣らずの美女であったが、肖像画を即興で描きたいような気にはならなかった。それだけマリアの魅力が際立っていたと言える。
中田が奥の部屋から出てきて、ルドラとタリオを部屋に入るよういざなった。
ルドラはモーニングセットの料金(二人分で10ペソ)を支払い、マリアにチップ(10ペソ)を渡した。この頃のアルゼンチンの通貨の単位は、アルゼンチン・ペソ(ARS)であった。1940年代初頭においては、1アルゼンチン・ペソは1米ドルにほぼ等しく、日本円に換算すると約3円程度であった。1940年の3円を2023年の円に換算すると約135円ということなので、簡単にするため1アルゼンチン・ペソ=1米ドル=135円ということにしよう。
中田は日系人であり、曽祖父の時代にリオにやってきて、祖父がブエノス・アイレスでこの店をオープンしたそうだ。
カフェの隣では遊技場(雀荘、ビリヤード場)を同じく日系4世の高梨という女性が経営している。
中田は映画館を駅前に開きたいと思っており、ルドラに資金の提供を申し込んできた。
ルドラ:いくら位必要なのか?
中田:そうですね。土地・建物も一等地に購入しなくてはなりませんし、技術者も引き抜いてくる必要があります。
中田:100万アルゼンチン・ペソ(100万ドル=1億3,500万円)必要です。
ルドラは小考し、こう言った。
「金は俺がすべて出してやろう。俺が資本家で、お前が経営者だから、儲けの7割は俺が取り、3割はお前が取る。この条件で契約しよう」
中田はその条件を飲んだ。ルドラはルドラ映画産業㈱を設立し、自らがCEO(会長兼オーナー)に就任し、中田をCOO(雇われ社長)に任命した。ルドラは資本金として金塊1トンを拠出した。
後書き
異邦の地、ブエノス・アイレス。その街の片隅で、ルドラは新たな礎を築いた。金塊一トンを賭した大胆な投資――それは、単なる事業の始まりではない。貧富の構造を見抜き、民の苦悩を知るルドラが見据えるのは、変革の序章に他ならない。だが、この都市の輝きは同時に、濃密な影をも抱えている。光を手にした者に課される試練とは何か。次なる幕は、深まる夜の中で静かに上がる。
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