ブラインド・ランダム殺人事件

笹 慎 / 唐茄子かぼちゃ

その日、ブラインド・ランダムは死んだ

 ボルトをレンチで緩ませる。


『あなたはランダムをどう思いますか。

 私は憎んでいます。だから殺すことにしたのです。

 ランダムを。ブラインドを。シークレットを。

 全部、全部、殺します。』


 私は彼女の遺書をもう一度読み直し、大きく息を吸う。そして、中途半端に飛び出したボルトの頭をハンマーで叩き潰した。


 あこがれのあの人……は、もういない。あの人に憧れて私はアイドルになった。

 許さない。絶対に。許さない。


◇◇◇


 ステージの上で横たわる死体。その周りには粉々になったガラスをまき散らしていた。死んだ彼の名は、ブラインド・ランダム。三人アイドルグループ・SDGsの敏腕マネージャーだ。

 本番前。SDGsの人気曲である『サステナブル・ハピネス』をリハーサルしているときの出来事だった。スポットライトの照明器具が落下し、彼は死んだのだ。


「フィクスト警部! こちらです!」


 野次馬でごった返しているコンサートホールの周りに張り巡らされたキープアウトのテープを持ち上げ、ブッパン巡査長はフィクスト警部を犯行現場へと招き入れた。


「リハーサル中に照明……あそこのですね。あれが落ちてきたようですね」


 鑑識係が指差す方をフィクスト警部は見上げる。ちぎれた電源ケーブルがぶら下がっていた。落ちた照明器具のものだろう。

 ステージ袖では、SDGsのメンバーであるカーボン、ニュート、ラルの三人が肩を寄せ合って怯えていた。

 リハーサル中、ダンスの振り付けに納得できなかったランダム氏がステージに上がってこなかったら、メンバーのうちの誰かが代わりに犠牲になっていたはずだ。


「照明スタッフは事前に安全確認をしていなかったのかね?」


「いえ。それが事前確認でボルトの一つが壊れていたのに気がついていたそうなんですが、スタッフが修理する前に被害者のランダム氏がリハーサル開始を強行したようなんです」


「ふむ。それは引っかかりますね。まずは皆さんにお話を聞きましょうかね」


 フィクスト警部は上にクルンとカーブした自慢の口ひげをつまみ上げた。


◇◇◇



【照明スタッフ男性・レジリの証言】

 照明は四本のボルトで固定しています。確かに一本緩んで……というかネジがダメになっていたので念のため全部交換しようと思って、わかりやすいようにステージ床におろして、ボルトを全部緩めてました。

 それが俺が部品取って戻ってくる前に、勝手に照明を上に戻して、リハーサル始めるなんて……。

 時間が押してるってロスさんから何度もつっつかれてたんで、焦ってて照明に「修理中」の張り紙するのを惜しんだ俺が悪いんですけど、でも……やっぱ勝手に元に戻すなんて。俺も責任もって照明担当してるのに。

 ランダムさん、そういう自分勝手な判断でスタッフどころか、メンバーの子たちも危険にさらすようなこと、わりとしてたんで、正直、因果応報かなとも思います。



【イベントプロデューサー男性・ロスの証言】

 仕事内容は多岐に渡りますけど、イベント当日はタイムキーパー業務が一番ですね。契約で撤収時間決まってますから。違約金取られますし厳守です。

 どんなに盛り上がってるライブでも本当にダメな終演時間あるんで。

 え? なんでリハーサルを急いだか、ですか?

 それは時間がかなり押してたからですよ。ただでさえ、あんなことがあって、振り付けもステージ演出も急遽変わったし。

『あんなこと』は何かって……あんたたちニュース見ないんですか?

 ……だからぁ、メンバーの一人が自殺したんですよ。一週間前に。

 なんでも遺書に「ランダムを殺す」とか書いてあったそうですし。怨念じゃないですか? ポルターガイスト。

 残されたあの子達も憔悴しきってて、変更になったところも全然覚えきれてなくて、ランダムさん怒っちゃって。それでステージ上がって、メンバー怒鳴りつけてたらライトがバーンって落ちてきたんですよ。

 まぁランダムさん、かなり強引なところがあったし。幽霊の一人や二人呪われてても驚きませんけどね。

 それにしてもエシカルちゃん…あ、その自殺しちゃった子ですけど、ステージ演出に興味あるって言ってて、悩んでたなら裏方の方に誘ってあげたら良かったなって今となっては思いますよ。



【SDGsが所属している事務所スタッフ女性・ジェンダの証言】

 私はランダムさんのサポートというか……命令されたことをひたすらこなすだけというか……。

 コンサートだと、グッズの発注や納品確認とか…物販の売り子さんたち…業務委託ですが、そういうのの手配も。

 実は照明を上に戻したの私なんです。事故が起きる直前にすごい剣幕でランダムさんに「リハーサル始めるってのになんでライトが設置されてないんだ!」って怒られて。パニックでボルトが緩んでるなんて全然気が付かず慌てて、上にあげてしまいました。私があの時、気が付いていれば……。

 え? 自殺した子ですか? ……はい。いい子でした、とても。いい子すぎてアイドルには向かなかったのかもしれません。

 理由は……ちょっとメンバーの人気に偏りがあったことかな、と思います。でも彼女たち仲はとても良くて、四人で支え合ってました。



【SDGsメンバー女性・カーボンの証言】

 あの時は私がミスを連発してしまって……はい。ランダムさんが曲止めてステージに上がってきて。あの位置、私が立つ場所だったんです。だから……。


(泣き出してしまったため終了)



【SDGsメンバー女性・ニュートの証言】

 エシカルがいなくなって……それでカーボンがエシカルが担当してたパートのほどんどを引き継ぐことになって。

 あの位置は、エシカルの位置でした。

 私はランダムさんのこと悲しんでません。もちろん殺したりしてませんけど、大っ嫌いでした。エシカルにしたこと許せません。

 ……何をしたかですか? それは言いたくないです。エシカルの名誉に関わることだから。

 ご自分たちで調べてください。警察でしょ。



【SDGsメンバー女性・ラルの証言】

 ……私は一番遠い場所にいて、ちょうど背を向けていたので、よく見てませんでした。ランダムさんの怒鳴り声が苦手で……ちょっと過呼吸みたいになるんで。

 カーボンには申し訳ないけど、彼女を怒り始めた時は袖に逃げ込んでました。

 過呼吸でふらついてて……壁に手をついた時に何か触ってしまったんです。そのまましゃがみこんでたら、背後ですごい音がしました。

 そこで初めて自分が壁に手をついた時に、ライトの降下ボタンを押してたと気が付いたんです……。これ、私のせいですか? どうしよう……。


(泣き出してしまったため終了)



◇◇◇


「ふむ。関係者の皆さん、被害者にはあまり良い感情を持ってはいなかったようですなぁ。はたして本当に不幸な事故死なのか」


 口ひげの先をネジネジと指でねじりながら、フィクスト警部は考えをまとめていく。隣にいたブッパン巡査長は一生懸命に手帳に証言を書いていた。


「ブッパン巡査長、ちょっと外で聞き込みをしたいので手伝ってくれんかね」


 ブッパン巡査長の返事を待たずに、フィクスト警部はスタスタとコンサートホールの外へと向かってしまったので、彼は慌てて追いかけた。



 今日のコンサート中止は発表されたものの帰らないファンたちが周辺でごった返している。その中で青のTシャツと赤のTシャツを着ている青年二人組にフィクスト警部は声をかけた。


「あー。つかぬことをお聞きしますが、もしやメンバーごとに色が決まっているんですかな?」


 青のTシャツには「RAL」、赤のTシャツには「CARBON」と胸元にプリントされている。


「そうですよー。あと黄色がニュートちゃんです」


 フィクスト警部は周りを見渡した。赤が半分ほど。四分の一ずつ青と黄色がいた。どうやら、カーボンが圧倒的に人気らしい。それにしても自殺して、まだ一週間とのことなのに、もう一つのカラーが見当たらなかった。


「ああ、エシカルちゃんですか? エシカルちゃんは白担当でした。でも……」

「言いづらいんですけど、人気が全然なくて。自殺って聞いても……いや、そりゃ、びっくりはしましたけど……なぁ?」


 二人は何やら含みがあるように言葉を濁す。


「エシカルという子には何か問題があったのですか? 例えば男性関係だとか」


 アイドルに彼氏が発覚して人気が落ちるというのはフィクスト警部でも聞いたことがある。


「いやいや! いい子はでしたよ! 本人は!」

「そうそう。控えめっていうか、影が薄くて、人気なかっただけで。歌も上手かったし」

「うん。本人は嫌われてなかったんですけど……SDGsのグッズって基本ブラインド商法なんですよ」

「ブラインド商法?」


 片眉をフィクスト警部はあげた。


「例えば、この缶バッチとか、俺はラルちゃん推しなんで、こうやって付けてるんですけど、買う時にどのメンバーの缶バッチが当たるかはわからないんです」

「こういうアルミの袋に入ってて」


 彼らはグッズの入っていた袋を見せてくれる。確かにこれでは中身が見えない。


「一応、ファン同士でトレーディングしろってことなんですけど。やっぱ需要偏るじゃないですか」

「僕はカーボンちゃん推しだから全然交換相手見つからないんです」

「そうそう。カーボンちゃん引けたら強いよね。大体、交換見つかる」

「ダンスも一番キレッキレだし、可愛いし、カーボンしか勝たん!」

「カーボン、その代わりほとんど口パクじゃん! ラルちゃんのが可愛いわ! あの儚げな様子! 守ってあげたい!」


 ファン同士の言い争いを眺めつつ、フィクスト警部の口ひげネジりが強まる。


「つまり、エシカルさんのグッズが出た場合はどうしても余ってしまうわけですね」


 ファン二人は顔を見合わせると、バツが悪そうな顔をする。


「俺たちはその……会場で捨てたりはしたことないですけど……結構あからさまにその場で捨てる奴も多くて」

「だんだん『そもそも比率がおかしくないか?』っていう奴も出てきて、検証サイトも作られたり」

「検証サイト?」

「えっと……だからブラインドグッズのメンバーごとの比率です。エシカルちゃんだけやたら多くね? ってなって」

「協力しあって何百個もみんなで買って開封して調べたんですよ。それで本当にエシカルちゃんのグッズが異常に多くて……」

「大多数のファンは、ちゃんとエシカルちゃん自身が悪いわけじゃないってわかってはいたんですけど、かなりバッシングされたんで……」

「運営も全然認めないし、今思うとエシカルちゃんのこと守ってなかったし可哀そうだなって」


 なるほど、なるほどと、フィクスト警部は顎を撫でた。ファン二人にお礼を言い、またコンサートホールへと向かう。


「ブッパン巡査長、エシカルさんの事件記録を見たいので手配してもらえますか?」

「はっ! 了解であります!」


 敬礼と共にブッパン巡査長はパトカーへと向かった。


 ホールへ入ると、フィクスト警部は改めてステージへと登る。鑑識係の現場検証はそろそろ終わりそうだった。


「何か新しい発見は?」

「ああ、今お伝えしに行こうと思っていたのです。照明を固定していたボルトですが、確かに照明スタッフの証言通りすべて緩んでましたし、照明の昇ボタンには事務所スタッフの指紋が、降ボタンにはメンバーのラルの指紋が検出されました。みな、嘘はついていないようです」


 その時、ブッパン巡査長はFAX用紙を手に持ってホールに入ってくると、それをフィクスト警部へと手渡した。それにザッと目を通す。


「ふむ。おぼろげながら全体像が見えてまいりましたな。これはラウンドロビン……ふむ。クルクル回り、さて誰を指さすのか」


 口ひげをつまみ、フィクスト警部は何度も頷いた。


「それでは関係者の皆さんを今一度集めてください!」


◇◇◇


 メンバーであるカーボン、ニュート、ラル。そして、照明スタッフ・レジリ、イベントマネージャー・ロス、事務所スタッフ・ジェンダ。六人の容疑者がステージに集められた。ランダム氏の死体後には彼の体の形に沿って白線テープが貼ってある。


「ここで起きた事件について、詳細を解き明かすべく、皆さんにお集まりいただきました」


 コホンと、フィクスト警部は咳払いをした。


「では最初に今回の事件が起きた流れを復習しましょう。まず、前提として『時間が押していて、みな焦っていた』ことがあげられるでしょう。そして、照明の固定器具が壊れていた。続いて、レジリさんが戻るのを待たずに、ジェンダさんが照明を上にあげてしまい、その照明の下でカーボンさんはダンスをミスし、怒ったランダム氏がその場に立つと、過呼吸でふらついたラルさんが降下ボタンを押してしまった。皆さんの証言をまとめると不具合の連鎖による不幸な事故と言えるでしょう」


 六人はじっとフィクスト警部を見つめる。


「しかし、そもそも本当にのでしょうか?」


 フィクスト警部は、イベントプロデューサーのロスと目を合わせる。


「本当に『修理中』の張り紙をのでしょうか?」


 今度は照明スタッフのレジリを見やる。


「固定ボルトが四本とも緩んでいたことに本当にのでしょうか?」


 事務所スタッフのジェンダはフィクスト警部から目線をそらした。


「カーボンさん、あなた大変ダンスがお上手だそうですね。本当にのですか?」


 最後に俯くカーボンへフィクスト警部は問いかける。少しして彼女は顔をあげると、フィクスト警部を睨みつけた。


「……あいつは……死んだエシカルのことをあいつは笑ったのよ!!」


 カーボンの声がホールに響き渡る。その声はまさに悲鳴だった。


「これを言い出したのは私です! カーボンは悪くありません!」


 ニュートが二人の間に割ってはいる。すると、さらにラルもカーボンを守るように立ちはだかった。


「最後のボタンを押してしまったのは私です! だから、誰かの責任っていうなら、それは私です!」


 目に涙を溜めて、ラルは儚げなイメージを覆すかのようにハッキリと言い切る。


 フィクスト警部は口ひげをネジると、カーボンとラルを見てからニュートの顔を見た。


「『言い出したのは私です』……どうやら空耳が聞こえた気がします。ふむ」


 ニュートが「しまった」という顔で口元を抑える。

 その様子を目にしたフィクスト警部は口ひげをネジりながら、 落下した照明ライトがあった天井を見上げ、ぽつりとつぶやいた。


「捜査の結果、私はこの不具合の連鎖に共謀性を立証することはできませんでした。よって、不幸な事故と判断するしかないようです」


 そして、ひと呼吸して結論を述べた。


「ここに殺人者はいませんでした」


 六人は驚いた顔でフィクスト警部を見つめる。

 見つめられた彼は口ひげから手を離すと「では、失敬」と帽子を脱いで会釈し、部下たちを連れ、満足そうにコンサートホールをあとにしたのだった。


(了)

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ブラインド・ランダム殺人事件 笹 慎 / 唐茄子かぼちゃ @sasa_makoto_2022

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