四十島の江戸怪談話 —鳥の声にご用心—
江藤ぴりか
第一夜:こっちへこいの怪
夜の
湿度の帯びた空気がぬるりと頬をかすめる。
「おっかねぇなぁ」
すると背後から
「こっちへ来い、こっちへ来い」
と声がする。
「ひえぇ!」
四十島は驚いて振りむきもせず、一目散に逃げていった。
「今日は散々だ。おれぁ、怖がりなのに…」
そうこうする内に四十島の
「助かった、これでもう…」
平屋の玄関の戸を開けようとしたその時、ビュウっと風が吹き、目に砂が入る。
「やめてくれ!おれぁ早く
急いで目をこすり、砂を取ろうともがく。
「こっちへ来い、こっちへ来い」
「こっちへ来い、こっちへ来い」
あの声が近づいてくる。四十島は
「これであの声もどこかに行くはずだ」
土間の
「これでやっと落ち着けらぁ」
布団の中に入り、目を閉じる。
ウトウト、ウトウト。これなら眠れそうだ。仕事でも帰り道でも精根尽き果てた四十島。
もう少しで夢の世界へ行ける、と思った時。
「こっちへ来い、こっちへ来い」
あの声だ。ガバッと布団をはぎ、周りを見渡す。
――誰もいない。
カタカタと歯が鳴る。すっかり怯えてしまった四十島は、もう一度布団を頭から被り、念仏を唱えていた。
「なんまんだぶ、なんまんだぶ…」
そうする内にもうすっかり疲れてしまったのか、四十島は眠りに落ちてしまった。
雀の声がする。ようやっと朝が来たのだ。窓から入る朝日に目をしばたかせ、ムクリと起きだす。
「やぁっと朝かぁ。ゆうべはなんだったんだ」
疲労感で身体が休んだ気がしない。首をパキパキと鳴らしながら、朝の身支度を整える。
いつものように顔を洗い、着物を着る。せんべい布団を押入れにしまう。
「こっちへ来い、こっちへ来い」
昨日のあの声が近くで聞こえた。
「ひいぃぃ!やめてくれ!勘弁してくれ!!」
もうそこからは、てんやわんや。四十島は大家の元へ向かい、事のあらましを喋った。
「へぇ、それでウチに来たって
「そんなぁ。なんで嘘を言わなくっちゃあ、ならねえんですかい?」
大家は信じていない様子だった。
「最近はそうやって家賃を下げようって
「へへ、それならいいんですが、昨晩のことはホントで…」
「わかったわかった。そいじゃ、長屋に見回りをしてもらうよう、
頼んでみるさね」
大家は見回りを頼みに岡っ引きに相談したようだ。しかし「こっちへ来い、こっちへ来い」という声は止まなかった。そればかりか、他の住人からもこっちへ来いという声がする。気味が悪いからなんとかしてくれないかをいう相談が後を立たなかった。
「おめえさん、ずいぶんやつれたねえ。どうもあの声が聞こえるのは四十島、おめえだけじゃあないんだよ」
「へえ…」
力なく応える四十島は、もう何日もまともに飯を食らってない様子だった。
「それでね、わしも長屋あたりをうろついてみたんでさあ。そうしたら、確かに声が聞こえたんで耳をすましてみた。わしには『ちょっと来い、ちょっと来い』と言ってるように聞こえるんでさ、『出てこい!』と怒鳴るとその声は止んだのさ」
「はぁ…」
四十島の耳には届いてない様子で、今にも休ませてくれと言わんばかりだ。
大家はそんな四十島を
その晩、大家のもとに
「
「鴻さん、なんですかこんな夜遅くに。実は今、別の部屋に病人がいるんで静かにしてくださいませんか」
鴻はおっとと口に手を当てた。すると、籠に入っていた竹鶏がけたたましく鳴いた。
『ちょっと来い、ちょっと来い!』
大家はびっくり。別の部屋で寝ていたはずの四十島もいつの間にか部屋に来て、
その鳥を見るなり目を丸くさせて口をあんぐり開けていた。
「「
二人は商人に向かって叫んだ。
その後、四十島は倒れ、大家は長屋の住人に謎の声の正体を話し、この件は収束を迎えたとのこと。
【作者コメント】
この作品は、コジュケイの鳴き声の「聞きなし」をヒントに生まれた怪談です。日常に潜む不思議を楽しんでいただければ幸いです。
他にも長編作品を公開中なので、そちらもぜひ覗いてみてください!
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