第13話 大切な約束

 秘密の話。

 その言葉を聞いた瞬間、少し緊張した。

 そして同時に、ちょっとだけワクワクもした。

 それはたぶん、キジナさんがチューターだからだ。

 こうやって、心の距離を縮めることに、きっと手慣れているからだ。


「テルはこの世界のことを、どこまで聞いている?」

「この世界がゲームじゃないこと、それに現実への戻り方。この2つは聞いています」

「なるほどな」


 それから、ふむと鼻を鳴らした。

 両手を組んでその上に顎を載せる。

 目を細める。


「もっと聞きたいことがあるんだろ」

「はい。ボスを倒すために必要なものについて聞きたいです」

「そうだろうな。私もテルだったらそれを聞く。勝つために必要なものは色々あるが、最優先されるべきものは正確な情報だ。それが分かっているヤツは、案外多くはないがな。さて、情報の方だが、私もチューターだ。教えるのはやぶさかじゃない。それにな。ちょうど私も、テルに頼みたい事があるんだ。テルは情報が欲しい。私はテルに頼みがある。良い状況だ。ギブ&テイクだな」

「頼みごと、ですか」

「なに。大したことじゃない。これは、テルにとっても良い話だ」


 良い話。

 それは、良くない話、の言い換えにしか聞こえなかった。

 そんなボクを見て、キジナさんは鼻を鳴らした。


「そう警戒するな。喉元が強張って、肩があがったぞ。警戒している証拠だ。そこまであからさまだと、こっちも悲しくなる」


 ボクが動揺している所に、キジナさんの言葉が降ってくる。


「テルが考えていることは、分かるよ。でも安心して欲しい。本当に悪い話じゃ無いんだ」


 一呼吸。

 その間に心の準備をしてから、「聞かせてください」


「話ってのは、テルのチューターの事だ。キリには悪いが、テルには私ではなく別のチューターに就いて貰う。そっちの方がテルにとっても、私にとっても都合が良い」

「別のチューターさん、ですか。 どんな人ですか?」

「美人。ベテラン。ツンデレ。三拍子そろった超優良チューターだ。若くて素質がある。人を選ぶヤツだがな、テルなら大丈夫だ。絶対に親身になってくれる。私よりも、ずっとな」


 ツンデレが利点なるのか。

 ものすごく気になったが、深くは聞かない事にした。

 そんなことよりも、まだ伝えられていない情報の方が気になる。


「デメリットは何ですか?」

「テルにとってはそっちの方が重要だな。デメリットというか、1つ問題があってな。キリのことだ。あいつは私がチューターをやるものだと思っているからな。他のやつがやるとなったら絶対に文句をいう。キリの説得。これが一番骨を折る。頼みというのはまさにそれだ。テルにキリの説得を手伝ってもらいたい」

「それだけですか?」

「それだけだ。そんなに軽く言ってくれるなよ。私としては、目に入れても痛くない愛弟子の頼みだ、できれば断りたくはない。だがこの話は、そんな気持ちよりも遥かに大切なことだ。テルも承諾しているとなれば、あいつも諦めがつきやすいだろ。テルの口添えは、キリのためでもあるんだ。これはテルにしか出来ないことだ」


 ボクはキジナさんの目を見た。

 深い藍色の光彩は曇りなく、澄んでいるように見えた。

 キジナさんの言葉に、嘘はないようだ。

 ボクは少し迷った。

 キリさんの言うとおり、キジナさんにチューターをお願いするか。

 キジナさんの言うように、ツンデレ美人にチューターをしてもらうか。

 ボクは考え、答えを口にした。


「ボクはキジナさんのことはあまりよく知りません。でも。キリさんがキジナさんのことをすごく尊敬して、そして信頼しているのは知っています。そのキジナさんがそういうのなら、きっと、その方が良いのだと思います。キリさんの説得、お手伝いします」

「交渉成立だな」


 キジナさんはそういうと、棚から2つグラスを出してきた。

 そのグラスに瓶から赤い液体を注ぐ。

 アルコールの独特の匂いがした。ワインのようなものだろうか。

 片方のグラスにはなみなみと、もう片方のグラスにはほんの少しだけ。

 そして、少ない方のグラスを、ボクの目の前に置いた。


「この世界に契約書はない。偽りなき誓いを示す時には血に誓う。本来ならナイフで切って、本当に血を流してやるんだがな。私はコレだ。とはいってもテルはアルコールが苦手だろ」

「はい。でも、」

「なんで分かったのか? か。テルの顔に、そう書いてあったからだ。アルコールだと分かった瞬間、眉根が寄ってたぞ。だから少なくしておいた。これくらいなら飲みきれるだろ」


 そういうと、キジナさんは自分のグラスを持ち、掲げた。


「血は水よりも濃く、誓いは想いより強く」


 キジナさんは一気に飲み干した。

 それから手首を口に当てて拭う。

 こちらを見て、片目を瞑って「どうぞ」と言ってくる。

 ボクも目の前のグラスを取って、そこにある液体を一気に流し込んだ。

 アルコールが喉を焼き、香りに咽かえる。

 キジナさんはそれを小さく笑い。

 それからボクの向かい側に座った。


「では、テルの質問を聞こう」

「ボクが聞きたいことは3つです。1つ目は、ボスを倒すために特別な装備やアイテムは必要ですか?」

「いいや、特別なものは必要ない。一通りの武器と防具、それにちょっとの勇気があれば大丈夫だ。ボスは大きく強く見えるが、ほとんどの場合それは見せかけだ。未知という恐怖が、不安を誇張しているだけに過ぎない。倒せない相手じゃないんだ」

「武器や防具は、どうやって手に入れますか?」

「基本はチューターから貰う。もちろん店で買って揃えることもできる。金があればだけどな。ここにも一応渡せる物はあるんだが、生憎防具は切らしていてな。武器にしたって観賞用に作られた武器おもちゃしかない。それなら渡せるが、どうする?」

「ありがとうございます。頂きたいです」

「わかった。おもちゃと言っても実戦に耐え得る、しっかりしたヤツだからな。そこは安心してくれ。次は?」

「2つ目です。ボスに弱点はありますか?」

「ある。ボスは必ず、弱点を抱えている。と同時に、それを補うように何かが秀でている。突出しているモノから、弱点を推測するんだ。ボスの特徴を見極めて、うまく利用するのが攻略のカギだ」

「分かりました。最後に」


 ボクは、一番聞きたかったことをキジナさんに話した。


「ボクは非力です。こんなボクでもボスに勝てますか?」


 その質問に、キジナさんは表情を和らげ優しく微笑みをつくって言った。


「テルの気持ちは分かる。誰だって最初は、それが一番心配だ。勝てるかどうかはテルの問題だ。でも、それができるように、テルのチューターも手助けしてくれるよ」

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