第41話 霧が晴れて

 ハギさんの指示のもとで、それぞれの行動を開始した。

 ハギさんとキジナさんは左右の挟撃、ボクはハギさんに魔法で空中に足場を作ってもらい、そこを移動しながら、キリさんのサポートをしながら、攻撃をしていった。

 影は、本体ボスへ向ってくる攻撃を異常な機動力と投げナイフで対処していった。ボクの弾丸は、その隙間を縫って本体ボスに届く。着弾と同時に、ボスが鳴き声を上げて体をよじる。ボスは痛みで周囲が見えていないのか、闇雲に黒い液体を吐き出した。ボスの周囲は一面黒い液体で覆われた。それと同時に、動きがだんだん弱まり、体も小さくなっているのが分かった。

 ボスの回復速度はあまり早くないようだった。ダメージが回復しなければ、キリさんの一撃でそのまま倒せる。

 勝ちが見えてきた。

 そう思った瞬間だった。

 影が、ボクに向かって飛んできた。

 鋭い攻撃だったが、ハギさんに作って貰った足場と、2段ジャンプを使ってけていく。


 ──これで大丈夫。


 そう思った。

 影の目標は、ボクではなかった。足場の方だった。

 飛び移りきる僅かの間に、足場を壊された。

 そのまま姿勢を崩して、ボクは落ちて行った。

 その下には、一面の黒い液体だった。

 なにもできずに、ボクは黒い液体の上に落ちて行った。


 風が吹いた。

 風はボクを包むと。

 黒い液体の中に着地した。

 焼ける音、痛みを上げる声。


「キリさん!」


 ボクの叫びで、声は止んだ。

 また風は、ボクを黒い液体の外に運んだ。

 安全な所までくると、風は止んで、キリさんは倒れた。


「キリさん!」


 名前を叫ぶことしかできなかった。

 頭の中が真っ白になり。それから後悔が空白を埋めて行った。

 ボクのせいだ。

 ボクのせいで。

 キリさんが。

 膝をついて、それから仰向けに倒れているキリさんを抱き起こす。

 全身が呪いに侵食されている。

 体が不自然に冷たい。

 それが怖くて、手が震える。


「キリ、さん?」

「──ああ」


 キリさんの声は、か細くかすれている。


「──テルは、──大丈夫、か?」

「はいっ!」

「──よかった。防具が、守って、──くれたんだな」


 キリさんはそういって、ボクの胸に手を伸ばした。

 そこには、真っ黒に侵食された楯無ちゃんがあった。

 キリさんが、楯無ちゃんに触れて。


「──ありがとう。テルを、守ってくれて」


 その言葉と共に、楯無ちゃんは、バラバラになってしまった。

 キリさんの手も力が抜けたように、だらりと落ちた。


「キリさん!」


 それが、誰の声か分からなかった。


「しっかりしろ!」


 ボクの手からキリさんが離れて行った。


「ハギ!」

「大丈夫です。オレが何とかします。だから落ち着いて」


 目の前で起こっていることが分からないまま、キリさんを見ていた。

 訳も分からないまま、涙だけが流れた。

 次の瞬間、不意に頰が熱くなった。

 それから、襟首えりくびをつかまれ、ひねりあげられた。


「私の声が、聞こえるか?」


 キジナさんの声だ。キジナさんの顔だ。

 そこでやっと、我に返った。

 ボクは、泣きながらうなずいた。

 キジナさんは短く小さな腕を、ボクの背中に回した。


「痛いか?」


 キジナさんにそういわれて、ボクはやっと、痛みに気がついた。

 痛くて、痛くてたまらなかった。

 それに耐えるために、キジナさんに強くしがみついた。


「なぁテル。キリを守ってやりたいんだ。キリは動けない。ハギはキリの治療にかかりきりになる。だから、キリを守ってやれるのは、私たちだけだ。辛いのを承知で聞く。一緒に、キリを守ってくれないか?」


 ボクはキジナさんにしがみつきながら、うなずいていて。精一杯の返事をした。


「──はい」

「ありがとう。行くぞ!」


 キジナさんの声に、涙を拭いて立ち上がった。

 悔しさを言葉に、決意に変える。


 ──絶対に、キリさんを守る。


 キジナさんが解呪をしながら、弾丸に解呪を込める。ボクはそのためを受け取り、キジナさんの打ち落とせなかった攻撃を、打ち落としていく。なにも考えずに、ただただ、それを繰り返していた。


 不意に。

 後ろから声がした。


「どうだテル! 思い知ったか!」


 ボクはその声に後ろを振り向いた。

 キリさんだ。

 ハギさんの制止を無視しながら、キリさんは叫んだ。


「助けられて、情けない気持ちだろ! 自分を攻めたくなるだろっ! 私はお前に助けられて、ずっとその気持ちを抱えてたんだ! 思い知ったか!」


 キリさんの遠慮のない言葉と声。

 それはとても嬉しそうだった。


「悔しい気持ちがあるなら、全力で守ってくれよ! 私が今やったみたいになっ!」


 そう言うと、カラカラと笑った。

 キリさんの声は、本当に嬉しそうだった。


「絶対に、守って見せます!」

「良い返事だ! これだけは覚えておけ! 目一杯気にしろ! それで貸し借りは無しにしてやる! あとな、最後に1つだけ」


 キリさんは一際大きな声で言った。


「ありがとうよっ、テル! なんか今、スゲー良い気分だ」


 キリさんは明るく、ケラケラ笑っていた。

 そんなキリさんに、ハギさんはため息をついた。


「OK! 全回復ではないけれども、十分に動けるまで回復した。今回はなんとか大丈夫だったけど、本当に危なかったんだから、次は無しだよ」

「大丈夫だって。ハギだったら、死んでも生き返らせてくれるだろ」

「保証はしないけど、努力はするよ」


 そんな軽口を言い合い。キリさんとハギさんは戦線に戻ってきた。

 ハギさんは、キリさんを見て言った。


「ありがとう、キリ。シンを助けてくれて」

「いいんだよ。3人の冒険だ。3人でクリアしようぜ!」


 その言葉に、ボクとハギさんは「うん」を返した。


「さて、さて、お喋りはここまでだ。切り替えていくぞ。テルも準備はいいか!」

「っハイ!」

「オーケー。それじゃあ」


 キリさんは、本体ボスの方を見た。

 キリさんの様子は、戦う前とは違った。

 なんだか晴れ晴れとして、真っ直ぐに本体ボスを見ていた。


「本体もだいぶ弱っているみたいだ。あっちも似たような状況みたいだ。いよいよ最終局面だ」


 キリさんの言葉に、ボクを含めて、全員が前を向いた。

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