第38話 2人で星空を
ギラゼルから北に半日行くと、大陸を分断するほど長く連なるキール山脈にぶつかる。そのなかでも鉱山として切り開かれたシヴ山を登って行った。中腹には中規模の街があった。昔は山から産出される金属を求めて、多くの人達が洞窟を掘削し栄えた鉱山街だったらしい。今では山に登る人は無く、殆どが山を下りで出稼ぎに行くそうだ。そんな話を、宿屋の主人から聞いた。
「決戦は明日だ。今日は全員、ゆっくり休め。くれぐれも夜更かしなんてするなよ。それじゃあ解散!」
そう言うとキジナさんは、部屋とは逆方向に歩みを進めて、宿を出て行った。
自分で言ったことなのに、直後に破ることのできるキジナさんを、なぜかスゴい、と尊敬してしまった。
キジナさんの行動を見たハギさんはキリさんは肩を
「師匠の方は僕が見ておくよ。二人もゆっくりしておいで」
そう言って、キジナさんの後を追って行った。
残されたボクとキリさんは、顔を見合合わせた。
それからキリさんの「暇か?」にボクは「はい」と答えた。
「ちょっと外に出るか」
キリさんはそう言って、ボクの手を握った。それから、その手を引いて歩き出す。ボクはそんなキリさんの横を歩いた。
「前はあんなに小さくて可愛かったのになぁ」
キリさんはの声は、本当に残念そうだった。
「キリさんは前のまま、可愛いままですよ」
「テルは私のことをそう見てたのか?」
唇を尖らせて、それから。
「カッコいいと思われたかったな」
「ボクはキリさんのこと、ずっとカッコいいと思っていましたよ」
キリさんは、前を向いていたまま。
「――ありがと。でも、先に言って欲しかったわ」
それから、他愛もない想いで話をして、そうしているうちに目的地に着いた。そこは洞窟だった。採掘の為に掘られた洞窟。今ではもう人が立ち入らないように、ものすごく雑に板張りをされている。その大きすぎる隙間をくぐって、キリさんは中に入った。
「行くぞ」
「行くぞって、真っ暗ですよ」
「私を誰だと思っているんだ。エルフの耳があるし、前に来たことがあるから、道順もばっちりだ。行くぞ」
そう言われて、ボクも中に入った。
「絶対に手を離すなよ」
キリさんの念押しに、ギラゼルのことを思いだしながら。
「はい」
と答えた。
キリさんに手を引かれながら、暗闇のなかを歩いた。暗闇のなかでも目が慣れていくと、ものの形や足元の
「もうすぐだぞ」
キリさんとその光に導かれるように先に進む。すると、急に開けた場所に出た。
そこは天然の大広間だった。床は起伏も小さくなだらかになっていた。天井からは石が氷柱のように伸びていて、そこから僅かに水が滴り、床に落ちる度に音にならない音を奏でていた。そして、その天井には、まるで星空のように、小さな光で満ちていた。思わず「うぁ」と声が出た。
「グローワームだ。まぁ蛍みたいなやつだな。キレイだろ」
「はい!」
「そいつは良かった。昔に、この辺りを歩いている時にたまたま見つけてな、折角だからもう一度見ておこうと思って。テルとこられて良かった」
それから、声の調子を落として続けた。
「なぁ、テル。私は、あいつに勝てないかもしれない」
その言葉を聞いて、ボクはやっと、キリさんがボクを連れてきたのか分かった。
キリさんは言葉にこそしなかったけど、これが最後の思い出になるかもしれない、そう思っている。
「勝てるかどうか、自信が無い。前の敗北が頭を過るんだ。負けたら全部なくなる。今まで世界を旅してきた記憶。ハギや、師匠、それにテルの記憶も。全部ご破算になって、何もない現実に戻される。現実の私は一人だ。そこにはもう、ハギや師匠や、テルはいない。誰もいないんだ。親切で優しく接してくるテルたちを、猜疑心で一杯でやり過ごして、そうして1人ぼっちのままなんだ。失うものが大きすぎる。それが、怖くて仕方がない」
キリさんの表情は見なかった。
その代わりに、キリさんと繋いだ手をしっかりと握った。
「それに、もし勝てたとしても。アイツの過去を消すことになる。もう一人の私は、負けて、同じ目に合うんだ。そう思うと、どうしたらいいか、分からなくなっちゃうんだ。どっちに転んでも、良い結果にはならない。だったらもう、お互いに関わり合わないようにして、この世界で、こんなに美しい景色を見たり、冒険したり、美味しい物を食べて過ごすのも、良い気がするんだ。現実の私は、段々衰弱して、そしてその内、死ぬだろうけど。それはそれで良い気もしてるんだ。なぁ、テル。テルが私なら、どうする?」
そんなの、決まっている。ボクがキリさんと同じ立場なら、同じように迷う。そして、答えを出せないまま、グルグル回り続ける。まるで、自分の尻尾を追う犬みたいに、自分ひとりで、ずっと回り続ける。だから。それをそのまま伝えた。
キリさんは自嘲気味に笑って「テルも一緒で良かった」と言った。
良かった。なんてことが、あるわけがない。キリさんは何も救われていない。それがたまらなく嫌だった。だからボクは、答えの無いままの
「ずっと考えていたんです。ボクはなんでこのゲームを遊んだのか。勿論、楽しかったからなんですけど。今は、それ以上の意味を見つけたんです」
そう言って、キリさんの手を少しだけ、強く握った。
「キリさんの力になるためです」
キリさんは少し驚いたようにこちらを見た。そんなキリさんに、笑顔で返す。
「ボクは、キリさんのお蔭でボスを倒せました。キリさんがいたから、ボクは心が折れずに進むことができました。それに、みんなに教えて貰って強くなれました。でもそれだけじゃ多分ダメだったんです。キジナさんから、力の使い方を教えて貰いました。キジナさんがいっていたんです。力は正しく使えって。最近少しずつその意味が分かってきたんです。この力をみんなが幸せになるために使う。それが、正しく使うことなんだと思います。そのためにボクは、ココに来ました」
それを聞いたキリさんは、一度目を瞑り、それから上を向いた。
「ホント、綺麗だよな」
天井の光を受けて、キリさんの目元に光が映った。それが一杯になって、ひとつ、頬を滑って行った。
そんなキリさんを見ていてはいけないような気がして、ボクも上を向いた。
キリさんは、ボクから手を離して、言った。
「やっぱり、テルと来たのは失敗だったな。何も見えないわ」
その声は震えていて、どうしても胸が痛くて。
ボクはそっとキリさんの肩にボクの肩を並べて。
満天の星空のような天井を見上げていた。
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