第37話 挑戦する意思と折れない心

 気が付くと、ボクはキリさんを抱きながら仰向けに空を見ていた。

 腕の中では、キリさんが目をパチクりさせていた。

 やりすぎた、そんな後悔をしながら、声をかけた。


「大丈夫ですか、キリさん」


 キリさんはか細い声で「あぁ」と答えて、それから勢いよく起き上がった。

 そっぽを見ながら、「悪い、助かった」。

 どうやら大きな怪我はなさそうなので、ボクは安心して起き上がった。


「タッチさちゃったな。これじゃあ、私の負けだ」


 キリさんの口調は残念そうだった。


「そんな、ボクは有効だと思ってません。今のは無しです」

「テルは正直だな。でもいいんだよ。久々に良い運動になった」


 キリさんはそう言って、背伸びをして、それからボクの横で仰向けになった。


「やっぱり体を動かすって気持ちいいな。例え現実じゃなくても、さ」

「――。キリさんは、今の生活をどう思いますか?」

「嫌いじゃないよ。楽しいし。別に不満はない」


 キリさんは、言葉を切った。

 夜の静けさを聞いて、それから。


「でもさ、やっぱり帰りたいと思っている」

「本当ですか?」

「ああ。帰った所で、何にもいいことなんて無いだろうけどさ。でも、私が生まれた世界は間違いなくあっちだ。それに、テルと一緒にパフェを食べる約束をしたからな」


 それを聞いて、ボクは笑ってしまった。


「なんだよ、笑うなよ」

「すみません。パフェ。一緒に食べに行きましょう」

「ああ、戻れたらそうしよう」


 それから言葉を切って


「でも、戻れるかな」

「キリさんの影のこと、ですか」

「師匠から聞いたのか?」

「いえ、ハギさんに御遣いを頼まれてギラゼルに行ったんですけど、そこでキリさんの影から声をかけられました」

「それで、どうしたんだ?」

「話をしました。キリさんに何をしたのか、何を話したのか、聞きました」

「じゃあ、大体は知っているんだな。まぁ、正直に言うと迷っている。アイツの言い分も、私には分かる。私がアイツだったら、同じことを考えて、同じことを言う。当たり前か。アイツは私なんだから。ずっとそれが、頭の中をグルグル回ってるんだ」


 ボクは、相槌を打つことしかできなかった。


「いいんだ。両方は手に入らない。そうしたら、どっちかを諦めるしかない。どっちを諦めるかは、明白だ。アイツとボスを倒して、現実に戻る。それが、私の冒険だ」


 キリさんの言葉の裏には、言葉とは違うものが、うねりをあげているのが分かった。納得していないものを、無理矢理飲み込むような。そんな、痛々しさを感じた。


「そう、決めたんですね」

「ああ。腹をくくったよ」


 キリさんがそう決めたのなら、ボクに言えることは無いのかもしれない。それでも、言っておきたかった。


「キリさんは、できれば共存して、その上で現実に戻りたいんですよね」

「まぁ、そうなんだが。なんだ、藪から棒に?」

「キリさんの希望が叶うようなやり方が、ある気がするんです」


 その言葉に、キリさんは笑った。


「そうだな。ゲームであれば、そういった道もあるかもしれない。なにか策はあるのか?」

「──無いです。でも、何かある気がするんです。何か手段が。キリさんが全部を諦めない方法が」


 キリさんは、ふっ、と笑った。

 それからボクを見て、口の端を上げた。


「良い顔だな。本当に諦めてない顔だ。わかったよ。私は、私の理想をあきらめない。ゲームに大切なのは、挑戦する意思と、折れない心だって。そう言ったのは私だったな。忘れるところだったよ」

「ありがとうございます!」


 ボクの言葉に、キリさんは目を細めた。

 そうして、ボクの頭を撫でた。

 それは、キリさんなりの、ありがとうだったように見えた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 「で、結果はどうなった?」


 キジナさんの言葉に、キリさんは答えた。


「無効試合だ。テルと私で、楽しかったし、もういいや、ってなりました」


 キジナさんが「本当か?」の視線を向けてくる。ボクは無言の頷きで返した。

 キジナさんはつまらなさそうに口を尖らせたが、「まぁ、目的は達成したようだし、良しとするか」とまとめた。

 そんなキジナさんに、キリさんは言った。


「師匠。話があります」


 それからハギさんを見て。


「ハギにも、だ」


 キリさんの声から、2人は様子が分かったようだった。

 その言葉を、「うん」とうなずいて待った。


「近いうちに、ボスの討伐に行く。師匠と、ハギにもついて来てほしい」

「是非もない」

「そのために、僕はココにきたんだよ」


 二人の答えを聞くと、キリさんは嬉しそうな表情を隠した。


「ありがとう。それから、テルにもだ。正直、楽な戦いではないと思う。最悪、ロストの可能性もある。それでも私は、テルについて来て欲しいんだ」

「もちろんです」


 キリさんは、ボクを見て頷いた。


「みんな、ありがとう。私は、私のやり残した冒険を、今度こそ終わらせる」


 キリさんの目には、確かな炎が灯っていた。

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