第30話 「ただいま」と「おかえり」

「ゲームクリアおめでとう。気分はどう?」


 唐突な声に、びっくりしながら声の主を見た。

 そこには見覚えのある優しそうな顔があった。確か。

 記憶の霧はずっと晴れて、すぐに思い出せた。

 このゲームの開発を指揮している、宮城さんだ。

 ボクがAWアナザーワールドを遊ぶ前に、簡単にゲームの説明をしてくれていた。


「自分で立てる?」

「あっ、はいっ」


 ボクはコクピットのような筐体の中で、操縦席に座っていた。腕に力を入れると、少し体が軋んだ。でも、特に異常はない。宮城さんが出口を開けて「こっちだよ」手を差し出してくれた。その手を取り、筐体から外に出た。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 応接間に通されて、少し待つように言われた。

 見慣れない部屋で、辺りを見渡しながら待っていると、白衣を着た人が入ってきた。


「よぅ、テル。体調は大丈夫か?」


 初めて会った人なのにものスゴくフレンドリーだ。

 ちょっと気圧されながら「大丈夫です。ありがとうございます」を返した。


「なんだ、よそよそしいな。って、私が誰か分からないのか」

「はい。ちょっと心当たりがなくて」

「キジナだ」


 えっ。思わず声が漏れた。


「私からしたら現実で会うのも初めてじゃないわけだが。覚えてはいないか?」


 どこかで会っている?

 記憶のなかを探すけれども、キジナさんの記憶はなかった。


「すみません、覚えていないです」

「そうか。まぁ、そういうものだし、しゃーないな」


 キジナさんは改めて。


「樸生澪だ。よろしくな」

「新堂テルです。よろしくお願いします」

「さて、堅苦しい挨拶はこれまでにして、まずはクリアーおめでとう」

「ありがとうございます。何かアンケートみたいなものがあるって聞いたんですけど」

「ああ、それか。あれは方便って言うか、別に無いんだ。だからあんまり気にするな。それよりも大切なことがあってだな。ある人に会って欲しい」

「今からですか?」

「ああ、実はそこにいてな、スタンバってる。じゃあ入ってもらうな」


 そう言うとキジナさんは指を鳴らした。

 扉を開けて入ってきた人には、見覚えがあった。

 見覚えどころか、見覚えしかないというか。

 ボクをこのゲームに誘ってくれた、萩さんだ。

 萩さんは優しい笑顔で言った。


「クリアーおめでとう、テル」

「なんで萩さんが?」

「やっぱり、覚えてないんだね」


 萩さんの少し悲しそうな顔に、胸が痛んだ。

 それを見てとったのか、キジナさんが声をかける。


「仕方ないさ、そういう仕様だ」


 それからボクの方を見て。「少し長い話をするぞ」そう言った。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 なんでもボクは半年前にアナザーワールドを遊んでいるらしかった。萩さんともう1人女の子がいて、3人で攻略していたらしい。

 冒険は順調だったが、最後の最後で、事故が起こった。

 ボスを倒した、と思った直後に、最後の攻撃が飛んできた。それは女の子に向かっていったが、それに気がついたボクが女の子を突き飛ばし、代わりにゲームオーバーになってしまった。残ったのは萩さんと女の子の2人だけになってしまった。

でも、それで終わらなかった。

 萩さんは現実世界に戻ってこれたが、女の子はなぜか、戻ってこられなかった。それからその人はずっとAWアナザーワールドの世界にいるらしい。


「テルに、頼みたいことがあるんだ」


 キジナさんはそう切り出した。


「ゲームの世界に残された。少女を救って欲しい。もう一度AWアナザーワールドに行って、少女を救い出して欲しい」


 その言葉に、迷うことは何もなかった。

 キジナさんの役に立てるなら。


「分かりました。行きます」

「テルならそういうと思ったよ」


 そう言って、キジナさんは口の端をあげた。


「それじゃ、話は決まった。あとはAWアナザーワールドに潜る前に、もう1人だけ、あって欲しい人がいる。ついてきてくれ」


 そう言うとキジナさんは立ち上がった。

 その後にボクと萩さんがついていく。

 ついた先は先ほどの試遊室だった。

 狭い部屋の中に左右3つずつ。計6台の筐体があった。

 その中の1つの前に立つ。

 それから横を弄り、ハッチを開けた。

 そこには、女の子が眠っていた。


「この子だ」


 中学生、と言っても通用しそうな、幼さのある子だった。


「誰か分かるか?」


 そう問われても、やっぱり心当たりは無かった。

 キジナさんは小さく「そうか」と呟き、それから言った。


「キリだ」

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