第21話 答え合わせ

 気がつくと、ベッドの上だった。

 体を起こそうとすると、全身が軋んで、うまく力が入らなかった。無理をしたつもりだったけど、想像以上の無理をしていたみたいだ。タツミさんの力加減には本当に感謝だ。


「やっと起きた」


 不意に聞こえた声にびっくりして、顔をそちらに向けた。

 キリさんだ。ベッドの横で眉根を寄せて、こちらをにらんでいる。


「なにやってるんだよ」


 その声には、ほんの少しの非難の色があるように感じた。でもそれ以上に、仕方なさそうな、安心したような響きがあった。すごく心配をかけたことが分かった。それが申し訳なくて。でもほんの少しだけ、心配してもらえたことが、嬉しかった。


「すみません。心配をかけてしまって」

「後でタツミさんに謝っておけよ。テルのせいで、弟弟子に胸元を掴みかかられたんだからな。あーぁ。テルと一緒にいると、本気で怒って、それから後悔することばっかりだ」

「本当にごめんなんさい」

「頼むから、本気で反省してくれ」


 そういうと、ひとつため息をついて、それから。


「──本当は悪いのは私だ。テルはやるべきことをやった。頭ではちゃんと分かってるんだ。だから今のは全部、私のグチだ。悪かったな」

「そんなことないですっ!」

「ありがと。おかげで、少しスッキリしたよ。テルに一番言いたかったことは、大丈夫そうで安心した、ってことなんだ」


 そこで、一度言葉を切って、それから。


「私は少し休む。タツミさんが来たら、そう言っておいてくれ」


 そう言って、立って、部屋を出て行ってしまった。

 ボクは小さく息をついて、それから天井を見た。

 溜め息を一つ。

 それは切り替えの儀式。

 軋む体を起こして、ベッドから出た。

 ボクにはやることがある。

 まずはタツミさんだ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「おー、テル。起きたか」


 工房に行くと、タツミさんはいた。

 目の前にはあかミスリルと、壊れた種子島が置いてある。


「元気そうで何よりだ」

「すみません、キリさんに胸元を掴まれた、って」

「気にすんな。あいつの気持ちを考えたら、殴られたっておかしくなかったし。それにな、最初から怒られることは覚悟してたからよ」

「すみません」

「謝罪はいらねぇよ。それよりもこっちに来てくれ」


 タツミさんは横の椅子にぽんぽんと手を置いた。

 ボクは言われた通り、椅子の上に立った。


「見てみろよ」


 タツミさんは机の上にある、壊れた種子島を指さした。

 銃身がぱっくり裂けている。


「テルの最後の一撃。あの魔法の答え合わせだ、いいか?」

「はい」

「こいつはこう見えてもなかなかの強度なんだ。それこそ俺の拳でぶっ叩いても問題ないくらいには丈夫なわけだ。だからこそ、この壊れ方は異常だ。まるで、銃身の中で何かとんでもないものが弾けたみたいだ」


 タツミさんは、確かめるようにこちらを見た。ボクは黙ってうなずく。


「じゃあ、銃身の中にあったものは何だ? これは間違いなく弾丸だ。その弾丸が弾けた、そう考えるのが普通だろう。でもな、あの弾丸は簡単に壊れるほどヤワじゃない。実際に過去に、キジナさんの膨大な魔力にも耐えた実績がある。テルにそれほど大きな魔力を扱えるわけがないからな。弾が原因とは考えられない」


 ボクはやはり、黙ってうなずく。


「もちろん劣化が原因も考えたが、それでもこんな盛大な壊れ方はしない。結局この銃からは、何が原因か分からねぇ」


 タツミさんは肩を竦めて見せる。それから。


「そこで見方を変えてな。最後の一撃。あれを考えてみた。あの一撃は地面から突き出ていた。俺が弾丸を叩き落とした場所からだ。でも、そいつはオカシイな話だ。魔法は一度効果を発揮したら、あとは消えるだけだ。地面をえぐった魔法が、そこから跳ね返ってくることはありえない。って、ことはだ」


 タツミさんの目が、興味の光を覗かせてこちらに向けられる。


「アレは、だな」


 その言葉にボクは頷きを返す。


「1つに銃弾には、1つの魔法。それが常識だ。でもテルは、1つに銃弾に2つの魔法を乗せた。結果1発目は俺に叩き落とされたが、2発目が当たった」


 そうだろう?

 タツミさんの言葉に頷いた。


「勝ちたかったんです。どんなことをしてでも。タツミさんは本当に強かったので、ただただ勝ちたかったんです。でも、後先考えずにやっちゃったので。こんな結果に」


 そう言って、壊れた種子島を見た。


「いいんだよ、そんなことは。また作ればいいだけだ」


 タツミさんはそう言うと、壊れた種子島を手に取った。

 昔を懐かしむ様に目を細めて、口の端を優しく上げた。

 それから。


「──それが。今ならできる気がするんだ」


 そういって、目を細めた。


「なんとなく、分かったんだ。俺は良いものを作ろうとしていた。完成形された武器を作りたかったんだ。でも、テルと戦って思い出したんだ。本気で戦う面白さ、ってやつをさ。それと一緒に、こいつのために武器を作ってやりてぇ、って。誰かのために自分の腕を振るいてぇ、ってな」


 タツミさんを見る。

 目があった。

 火のついた目だった。


「ぜひ、お願いします」


 そういって、ボクは頭を下げた。


「約束しよう。種子島こいつ以上の武器を作ってやる」


 タツミさんの差し出した手を、ボクは握り返した。

 強く、強く、握り返した。


「決まりだな。それともうひとつ。テルは俺に勝った。だから俺からも、テルに教えてやらないとな。テルが弱い訳じゃない、ってことを」


 そういえば、そう言う約束だった。

 勝負に集中し過ぎて、すっかり忘れていた。


「キリやキジナさんが、テルの弱い、と言わなかった理由だ。簡単だよ。お前は楽しんでるんだ。このゲームをな。ゲームって何のためにやっている? 一番になるため? ボスを倒すため? 違うな。他人に勝つため? 全部違うんじゃないか?」


 そういえば、なんでだろう。

 少し考えて、真っ先に浮かんだ言葉を返した。


「楽しいから、だと思います」

「そう、楽しいから、だ。テルはこの世界を楽しんでいる。それこそがゲームの意味だ。ゲームは楽しいんだよ。楽しさの前には、強いとか弱いとか、どうでも良いんだ。強さなんて練習や経験で、なんとでもなる要素だ。一番大切なのはそこじゃない。だからこのまま進め。そして、ボスを倒してこい」


 タツミさんの言葉に、ボクは頷いた。


「そのためにだ。テルにお願いがある。ちょっと面倒だが、テルのためになる事だ。頼めるな」


 なんだろう。

 この流れ、キジナさんの時にもあった気がする。


「キリの説得だ」


……ですよ、ね。

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