第15話 血の誓い

 キジナさんの家を出る時。

「外は危ないから持って行け」と、武器を渡された。

 それからキリさんが行きそうな場所を教えて貰い、「頼むぞ」と送り出された。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 森の夜。

 月の光が、光の筋になって差し込んでいる。

 風は、暖かくも冷たくもない。

 キジナさんから教えて貰った場所に、キリさんはいた。

 大木の幹に寄りかかりながら、空を見上げ座っていた。

 木々の隙間から差す月の光は赤くはれた目を照らしている。

 出て行ってもいいのか。ボクは迷った。


「テルだろ」


 キリさんは夜空に向かって、そう言った。

 それからこちらに顔を向ける。


「出てこいよ。それとも覗き見が趣味なのか?」

「違います。断じて」


 そういいながら、キリさんの前に出て行った。


「気がついていたんですね」

「私は猟兵レンジャーだぞ。周囲の気配くらい分かるさ」


 それから話題を探すような沈黙があった。


「面白いものを持っているな。その背中の武器はどうした?」

「キジナさんが貸してくれました。夜は危ないからって。護身用に」

「師匠は一緒じゃないのか?」

「はい。場所だけ教えてくれました。テルだけで行けって」

「なんだろ。師匠なりに気を使ってるのかな。あんなこと言っておきながら、変なところで優しいんだ」


 そういうと、手で瞼を覆い、苦笑を浮かべた。

 そこにはいつものキリさんはいなかった。

 何かに疲れたような、1人の大人がいた。


「見苦しい所をみせたな。悪かった」


 ――気にしていません。ボクの方こそ。


 そう言おうとした言葉を飲み込んだ。

 そんな空気みたいな、ありふれた言葉を言いに来たんじゃない。


「何があったんですか?」

「ああ?」


 キリさんは威嚇するような返事をした。

 その語気に身体がすくんだ。

 でも、歯を噛みしめ耐え、聞いた。


「キリさんにはチューターをできない理由があるって」


 緊張と恐怖で声が震えた。

 あまりにも情けない声に、キリさんは溜め息をついてから話してくれた。


「いちいちビちょっとしたトラウマだ。誰にだって1つくらいはあるだろ」

「聞いてもいいですか」


 キリさんは黙って、こちらを見た。

 その目は鋭く、無言に「教えない」といっていた。


「キジナさんに聞いたんです。キリさんのこと」

「じゃあ、知ってるだろ」

「キジナさんは教えてくれませんでした。『直接聞け』って。『そうじゃなきゃ、キリのためにならない』って。だからこうして、頑張って聞いているんです」

「師匠の考えている事は、わかんないな。それに、テルの考えていることも」


 キリさんが諦めるような、静かに長い息をついた。


「別に大したことじゃないよ。誰だって1つや2つくらいある、嫌でいやでたまらない思い出。まぁ、心的外傷トラウマってヤツだ。私のせいで、仲間を一人、ゲームオーバーにさせちまった。


 最後の瞬間、目があったんだ。

 その顔が今でも忘れられない。

 それが不意に瞼にうつるんだ。

 きっと、自分がしたことを忘れさせないように、だな。


 だから私は一人でいることにした。それが誰にも迷惑をかけないし、私にとっても楽だったから。それだけの話なんだよ」


 ボクが言葉を探していると、キリさんが言った。


「だから私は、テルのチューターは出来ない。いや。それじゃ言い訳だな。私はテルのチューターは。でも乗りかかった船だ。チューターの件はなんとかするよ。師匠がチューターをしないって言った時には、どうしようと思ったけど。そいつを解決するのは、簡単な話なんだ」


 そういって立ち上がった。


「師匠の家の前まで送ってやる」


 ――はい。 そう言いかけて、その言葉の違和感に気が付いた。


「送るって、どういう事ですか?」

「私は戻らない。そのまま旅に戻るよ。今回の原因は私だ。私が居たから、師匠は私に預けようとしたんだ。だから、私がいなければ、師匠はテルを見てくれる。まぁ後味は悪いが、それは時間が洗い流してくれる。これがベストだ」


 キリさんは歩きだし、ボクの横を通って行った。

 すれ違いにボクの肩に手を置いて。


「私も楽しかったよ。攻略、頑張れよ」


 そう言った。キリさんは本気だ。

 このままだと、本当にどこかに行ってしまう。

 また一人で。たった一人で旅を続ける。

 そう思った瞬間。

 ボクから離れていく手を「ボクは」離さないように握っていた。


「どうしたらいいですか?」

「ん? 何だ?」

「どうしたらキリさんは、ボクのチューターになってくれますか?」


 キリさんの溜め息が空気を揺らした。


「師匠から、何か言われたのか?」

「違います。これはボクの気持ちです。ボクも楽しかったです。キリさんと一緒で。ほとんど迷惑かけただけですけど、一緒にいれて楽しかったんです」

「そうか。それは良かったな」


 キリさんの言葉は、どこか遠くから言われているような気がした。

 さよならだよ。

 そう言われているような響きだった。


「ボクはキリさんと一緒にいたいです!」


 自分でも驚くほど、大きな声だった。

 キリさんは一瞬ビックリしたような表情を浮かべたが、すぐに無表情に戻り、溜め息をついた。


「随分と気に入られたみたいだな。テルがそう言ってくれるのは嬉しいよ。でもダメだ。一緒にはいられない。そう、駄々をこねないでくれよ」

「キリさん言ってたじゃないですか。大切なのは挑戦する意志と、折れない心だって」

「その意志と心が仲間を殺した。もう誰も、死ぬところを見たく無いんだ」

「影と戦った時、ボクは死ぬと思いました。でも、キリさんが一緒だったから助かったんです。だから、これからもボクを助けて下さい」


 その言葉に、キリさんは下を向いた。

 それから、深い溜め息をついた。


「本当はこんなこと言いたくないんだけどな。私がテルと一緒にいた本当の理由を教えてやる。師匠は言葉にできない理由だって言ってたけどな。本当は違うんだ。言葉にしたくなかったんだ。師匠や、テルに嫌われたくなかったから。でも、もういいよ。──言ってやる。


 テルを免罪符にしていたんだよ。


 誰かを助けることで、自分のしでかしたことが許されるような気がしてさ。

 だからさ。本当は誰でも良かったんだよ」


 キリさんはボクに背を向けた。


「悪かったな」


 キリさんの意志はもう固まっていた。

 どうやっても変わらない。

 そう思ってしまうほどに。


「さぁ、行くぞ」


 でもボクは。

 その意志を変えられるかもしれない、たった1つの方法を知っている。


「キリさんが一人でいるのは、仲間が死ぬのが嫌だから、ですよね。だったら、ボクは死にません」

「口では何とでもいえる」

「そうですよね」


 ボクは短剣ダガーを抜いた。


「だからこうします」


 キジナさんが教えてくれた。

 この世界で偽りなき誓いを示す方法。

 月明かりに照らされた刃を左手で握る。

 横に引く。

 握った手の中が熱くなる。

 傷のあつさと、血の熱さ。


「ボクは血に誓います」


 キリさんは驚いた表情を浮かべ、それからすぐに苦い顔をした。


「それがどんな意味か知ってるのか」

「キジナさんから聞きました。偽りなき誓約の証だって。ボクは本気です。だから血に誓います。キリさんと一緒にいるあいだ、ボクは死なない。それがボクの誓いです」


 キリさんは目を瞑った。

 閉じた瞼は、悪夢でも見ているように、ひくひくとした。

 深い溜め息をついて。

 獣のように鋭い目が僕を見た。


「これが最後の忠告だ。その誓いは、お前が思っているほど軽くは無い。思いつきでのことなら、今すぐ取り消せ」

「ボクは本気です」


 瞬間、頬を切りつけるような、鋭い風が吹いた。

 気がつけば喉元に短剣ダガーを当てられていた。

 その向こうに、短剣ダガーよりも鋭いキリさんの目があった。


 「取り消せ」さもなければ首を切る。その目はそう言っていた。


 その言葉を言うのに、なんの躊躇いもなかった。


「ボクは、キリさんとこの世界を歩きたい。そのためにできることなら、ボクはなんだってやります」


 キリさんは目を瞑って、

 歯を噛みしめて、

 息を止めて、

 それから、

 溜め息をついた。


「──とんだ、大馬鹿野郎だ」


 それから、なぜか一度だけ笑って。

 ボクの顔を見た。


「その誓約、違えるなよ」


 短剣ダガーを戻して、刃を握った。

 横に引く。


「血は水よりも濃く、誓いは想いより強く。私はテルに、私の知識を渡そう。テルが怪物を倒すその時まで。この血に誓って」


 そういって、傷ついて血を流す手のひらをこちらに向けた。


「合わせろ」


 いわれるがまま、ボクはキリさんの右手に、手を合わせた。

 キリさんの五指が、手に絡んだ。

 互いの手を握り返す。

 キリさんの冷たい手と、熱い血が、一緒くたに混ざり合う。

 その感覚は熱く、全身を巡り火をつけた。

 眩暈がして体が崩れた。

 それをキリさんが支えてくれた。


「すみません、ちょっと眩暈が」

「テルには刺激が強すぎたみたいだな。だが、ちゃんと誓いは結ばれた。見てみろよ」


 そういって、キリさんは手の甲を見せた。

 そこには、幾何学的な模様が入っている。


「誓約が正しく結ばれた証拠だ。立てるか?」

「はい」

「そいつは良かった」


 キリさんはそういうと手を離して、背を向けた。

 首に手を当てて、左右に曲げる。


「さて、早速だが最初のレッスンだ」

「え? 、はい。ずいぶん急ですね」

「それは向こうに言ってくれ。テルの熱烈な追っかけだ。可愛いワンちゃんが2匹。前方と後方。挟撃体制だな」


 キリさんがそういうと、草むらが揺れた。

何かいる。


「背中の武器ヤツ。使い方は大丈夫だな?」

「はい。キジナさんから教わっています」

「上等。準備しな」


 ボクは背中にさしていた細長い武器を持ち、構えた。

 木でできた持ち手。

 そこから伸びる長い鉄の筒。


 ――そいつは武器だ。


 キジナさんの言葉が、頭に浮かぶ。


 ――この世界では想いは力になる。

   その武器は想いを銃弾にして発射する。

   だが想いを力に変えるのは、

   初めは難しいだろう。

   だから言葉をつかえ。

   想いを言葉にして、銃弾に込めろ。

   そうすれば、放たれる弾丸は世界の理ではなく、お前の理に従う。

   それがこの『みんな大好き種子島』の使い方だ。


「弾は?」

「入ってます」

「何発?」

「2発です」

「ちょうどピッタリだな」


 そういって、キリさんは口の端をあげた。


「1匹は引き受ける。その間にもう1匹を仕留めろ。各個撃破だ」

「はい」

「それじゃあ」


 キリさんの口の端が釣りあがる。


戦闘レッスンの開始だ」

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