第3話 最初の戦闘
「敵、か」
そう呟いて、スライムと向かい合った。
「だったら、倒すだけだ」
スライムは突き出した槍を、体内に戻し始めている。
ボクはスライムの横に回り込む。
スライムはボクを追うように、目を旋回させている。
でも、その動きはかなり遅い。
こっちに目が向くのは、たっぷり2秒はかかりそうだ。
ボクは、息を止めて足を後ろに振り上げた。
スライムの体を削るように、蹴り飛ばす。
水風船が弾けるような音を立てて、泥状の横脇が抉られるように飛び散った。
スライムは大きく震えた。
蹴り崩された場所は、すぐに体のほかの場所から補われて埋まってしまう。
でもその分だけ、全体の大きさが小さくなっていた。
──手応え、あり。この調子でいけば余裕で勝てる。
でも、すぐには攻撃しない。
スライムの攻撃を誘って、その後の隙を狙ったほうが安全だ。
次の攻撃を待つ。
スライムの目はボクを捉え、体から槍を作り出す。
その先端が、ボクに狙いを定める。
槍が一瞬、後ろに引かれる。
それから突き出すように、勢いよく伸ばされる。
攻撃が飛んでくる。
槍の攻撃は、その先端に注意すれば、おおよその攻撃位置が分かった。
あとはタイミングにさえ気をつければ、避けるのは難しくない。
地面を蹴って横跳びに避けて、そのままスライムの後ろに回り込む。
目がゆっくりと旋回しているのを見てから、泥の塊を蹴った。
スライムは再び、大きく震えた。
体の大きさはもう最初の半分くらいになっていた。
──あと一発、かな。
そう頭の中でつぶやき、スライムからの最後の攻撃を待った。
3度目の攻撃。
避けて回り込む。
──これで、おしまい!
最後の一撃を振るために、右足を後ろに振り上げた。
次の瞬間。
ドスッ、という衝撃を体に感じた。
それがなんだったのか理解するよりも前に、黒いスライムの変化の方が目に入った。
2つ目の目がこちらを見ていた。
そしてその体からは、2本目の槍が伸びていた。
その先端を目で追っていく。
それは、ボクの脇腹のなかに繋がっていた。
──何が起こっ
体の内側で槍の先端が開く。
そのまま、かえしになる。
それが、勢いよく引き抜かれた。
痛みは感じなかった。
ただ。
焼けるように熱かった。
手で傷口を抑える。
服の上からでも、その中が酷い有様になっているのが、分かって怖かった。
後ずさり、敵から距離をとる。
無理やり深呼吸をして、頭の中を傷のことから、なんとか切り替える。
一体、何が起こったのか。
理解しようとした。
──連続攻撃?
そんなのあり?
体力が減って攻撃が変化した?
そんなことある?
答えはすぐに出た。
──ある、か。
とあるゲームシステムが頭に浮かぶ。
時間経過や体力減少などを
「──発狂だね。でも発狂はボスの特権でしょ。なんでスライムなんかが?」
ボクは黒いスライムに向かって文句を言った。
「どんな敵でも気を抜くな、ってこと?」
考えを口に出すことで、少しずつ冷静さを取り戻す。
「それにしても、ノーヒントは反則じゃない?」
ボクの文句に、スライムは、ただ笑うように震えていた。
「初見殺しにしても、ちょっとヒドくない?
でもさ、おかげでいい教訓になった。もう大丈夫。初見殺しに二度目はない」
そう言って自分を奮い立たせた。
喋っているあいだに、だいぶ冷静になれた。
ボクは状況を確認する。
手の時と一緒で、痛みは無く、火で炙られたような熱さがあった。でも、それ以外は何もない。動きにくいとか、失血で意識が危うくなるとか、そんな感じや予兆はなにもない。
──スライムにはあと一撃。
こっちはまだ全然動ける。
最悪もう一発もらっても、たぶん大丈夫。
一発入れれば勝ち。
一発もらっても大丈夫。
圧倒的に有利だ。
大丈夫、落ち着いてやれば出来る。
深く呼吸をする。それから目の前の敵を見た。
周りの景色は希薄になり、黒いスライムだけが鮮明になる。
全部の感覚が、敵に集中していく。
ボクはスライムとの距離を縮めた。
一発目を誘う。
槍先が向けられる。
方向、予備動作、確認。
避ける。
回り込む。
攻撃準備。
2個目の眼球がこちらを捉える。
槍が作られ、伸びる。
避ける。
回り込む。
3発目?
相打ちで良い。
思いっきり蹴りぬく。
泥の感触。
水が弾ける音。
残った黒い泥のカタマリは小刻みに震えている。再生される様子はもう無かった。やがて泥は形を保てなくなり、崩れて沈んだ。その場で立っているのは、ボクだけになった。
微風が熱くなった通り過ぎた。その涼しさが、気持ち良い。
心臓が鳴る音が聞こえる。
息を止めていたみたいだ。
ゆっくりと息を吐くと、
張りつめた糸がゆるみ、肩が下がった。
「勝った」
思ったことが言葉になって、口をついて出た。そして、一度言葉にすると、その気持ちはしだいに大きくなった。
いままで、色々なゲームを遊んで、そのなかで何度も勝ってきた。何千回、何万回と繰り返し勝ってきた。
だからもう、空気のように当たり前なってしまっていた〈勝利〉の二文字。その二文字に、ボクは今、興奮していた。両腕を突き上げ、その味を噛み締めた。
「勝ったぁ!」
体の奥から痺れるような感覚が湧き上がってきた。全身が痺れが広がって、それが最高に気持ち良かった。
──スライムにだって気を抜けない。
全部が初見で、緊張感のある戦闘。
それが最高に面白い。
ダメージが体感できるのも。
そこで傷のことを思い出した。
右手の傷を見てみると、もう塞がっている。ミミズ腫れのような傷跡が残っているが、痛みも熱も感じなかった。体の傷も確認してみる。手の傷と同じように、もう塞がっている。残った傷跡を優しくなでる。ちゃんと触られている感覚もある。大丈夫みたいだ。
──痛みを熱にしてプレイヤーに体感させるのか。
そんなシステムいままで聞いたこともなかった。
でもそれが、斬新で面白い。
──もう一度戦いたい。今度はもっと上手にできるはず。
ボクは次のスライムを探して歩き始めた。
そしてすぐに、最初の絶望と出会う。
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