Re:GAW ~Game of Another World~

文月やっすー

AWへようこそ

第1話 プロローグ

 

 ゲームの筐体に座りスタートボタンを押す。

 同時にボクの中でスイッチが入り、周囲の音が、すぅと消えて行く。ボクの全てが、目の前にある画面に注ぎ込まれる。


 ゲームの中のキャラクターは、微風に前髪を揺らしていた。それに連動して、筐体から風が送られてくる。ゲームの中のボクが感じている微風を、画面の外のボクも感じている。画面の外のボクは画面の中のキャラクターボクにシンクロして、一つになっていく。

 自分の体を確かめる様に、大きく背伸びをした。


「そろそろ始まるよ」


 そう声を掛けたくれたのは画面の中、ボクの隣に立つパートナーだった。

 真っ白い魔道服に、赤のラインが装飾されている。回復から攻撃までオールラウンドに頼れる魔法使い。その頭上には『ハギ』の文字が浮いている。

 ボクの一つ年上の先輩で小さい時からの遊び相手。


「シンは、準備はいい?」


 ボクのキャラクターの上には『テル』の文字があるのに、ハギさんはいつも苗字の方で読んでくる。

 それは幼馴染の親近感、そして信頼感。

 左右のホルダーから拳銃を抜き、両方を構えて応える。

 ハギさんは、ふっと笑い。「大丈夫そうだね」

 ボクに背を向けて、前を向いた。


 敵が来る。

 最初は微風、それから突風。

 地面を覆い尽くすような巨大な影が、一瞬でボク達の上を通過。大気を唸らせ旋回。それから暴風を撒き散らして目の前に降りてきた。

 20mを超える赤黒い巨躯。

 4対8枚の翼。

 不吉の月のように真っ赤な瞳。

 その上には禍々しい赤文字で『邪竜神ニーズヘッグ』。

 あかの双眼をこちらに向け、苛立ちげに首を振り、それから一際大きな咆哮を放った。


 それが開始の合図。


 画面右上にタイマーが表示され、1/100の位の数字が目まぐるしく変わりながら時間を刻んでいく。

 ボス討伐タイムアタック。

 誰よりも早く目の前の敵を倒す。

 2人と1柱が火花を散らしダンスを踊る。



 §



 夕方には少し早い時間。

 行きつけのファミリーレストランに、ボクとハギさんの2人で来ていた。

 まだ早い時間なので、他のお客さんはまばらだ。店員さんもカウンターの中で、小声で話しをしている。

 そんな落ち着いた場所で、ボクとハギさんはささやかな祝勝会を開いていた。


「それじゃ、優勝おめでとう。乾杯」


 そう言って、グラスを鳴らした。


「今回は調子よかったね」

「はい」それから「でも」

「最後のこと、気にしてるんでしょ」

「はい。練習ではあんな攻撃したことなかったのに」

「表彰式のあと、開発部の人と話ができたから聞いてみたよ。大会用の隠しギミックだって。5分以内に最終フェーズに突入すると攻撃パターンが変わるって。要は上級者向けの初見殺しってことだね。でもシンはそれに気が付いた」

「もっと早く気が付ければ、2人でクリアできました」

「まぁね」そう言ってハギさんはグラスに口をつける。

「そういえばさ、シンはなんで助けたの? 別にシンは気が付いていたわけだから、オレを助けなくても、シンが避けきれば良かったでしょ」

「すみません。反射的に、危ないと思って。気が付いたら体が動いて」

「シンのそう言う所、良いよね。ゲームの主人公みたい」


 そう言ってハギさんは笑った。

 それは、冗談や、からかっているような感じでは無くて。ボクは歯がゆさと恥ずかしさに、顔を赤くすることした。


「それはそうと、シンはこの優勝特典に参加する?」


 そう言って一枚のチケットを取り出した。

 今回の大会の主催者であるゲーム会社『ゲームギア』。そのゲームギアが現在開発中のゲーム『Another World』。そのβテストに参加できる招待チケットだった。


「行こうと思います。世界初のVRRPG、って、聞いただけでワクワクしちゃいます。ハギさんは行かないんですか?」

「今回はパスするよ。実は、別の伝手でさ、もう既に体験してるんだ」

「いつの間に」


 その言葉に、ハギさんは「ふふ」と笑った。


「すごく楽しかったよ。VRを使ったアクションRPGなんだけど、本当にゲームの中に入って体を動かしている感じなの。完全にゲームの世界に没入できることを『フルダイブ』と言ったけれども、まさにそんな感じだったよ」

「ホントですか。とうとうVRタイプのアクションRPGが出来るんですね。それは、スゴく楽しみです!」


 ボクの言葉に、ハギさんは優しく目を細めて言った。


「帰って来たら是非感想を聞かせてよ」


 そうしてボクは、世界初のVRRPG、AWアナザーワールドを体験することにした。

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