第2話 港の過去と封印の解放
赤い波がうねるたび、港全体の空気が不気味に震える。風が止み、耳鳴りがするほどの静寂が辺りを包んでいた。
「……これは、ただの異変じゃないな」
東堂が低く唸る。レイも表情を引き締めた。
「海の中に何かいる……しかも、相当でかい」
「それもただの巨大生物じゃないわね」
俺は無意識に拳を握り締める。このままここにいても、状況は変わらない。だが、これを解明しない限り、後戻りはできない。
「……赤い海、封印されていた何か……昔の港について、詳しい話を聞くべきだな」
「そういうのを知ってそうなヤツに心当たりは?」
「龍神丸っていう居酒屋がある。元漁師の親父がやってる。あいつなら、何か知ってるかもしれない」
蠢く水面を背に、俺たちは一度港を離れることにした。
居酒屋へ向かい、答えを探すために——。
龍神丸は、川崎港の片隅にある古びた居酒屋だった。扉を開けると、潮の香りと焼き魚の匂いが鼻をつく。カウンターには、顔に刻まれた皺の深さがそのまま海で過ごした歳月を物語る老人が座っていた。
「すまん、話を聞きたいんだが……」
俺が声をかけると、店主はグラスを置いてゆっくりとこちらを見た。
「親父の代から言われてたことだが、この海には昔から“海の守り神”がいたんだとよ……でも、埋め立て工事が始まると、そんな話も聞かなくなった。」
「海の守り神……?」
「昭和に入ってから海は順々に埋め立てられて、50年前の大規模な埋め立て工事で、完全に漁場はなくなった。その、工事のときに——巨大な石碑みたいなもんが海底から引き揚げられたらしい」
レイが静かに呟いた。
「石碑……まさか、封印を壊したってこと?……でも、完全には覚醒しなかった」
店主は焼酎をあおると、重い口調で続けた。
「その後、工事関係者の何人かが事故で死んでよぉ。クレーンが倒れたり、船がひっくり返ったり……それでも工事は続いて、今の埋め立て地が出来たと」
「壊れかけた封印が50年かけて蘇ろうとしてるのか」
東堂がしっぽを揺らしながら言った。
「どうにかして、もう一度封じ直さないとまずいな」
俺たちは夜の川崎港へ向かうことを決めた。
赤い海の正体、封印されていた海の守り神——それを確かめに行くしかなかった。
俺たちは覚悟を決め、居酒屋を後にしようとした、そのときだった。
居酒屋の外から、低いうなり声が聞こえた。
夜の闇に包まれた港から、何かが、こちらを見ていた。
俺は思わず腰の銃に手を伸ばす。レイも緊張した面持ちで立ち上がる。東堂は耳をピンと立て、闇の中を睨みつけた。
「……何かいるな」
東堂の言葉に俺も警戒を強める。足音が近づいてくる。ズル……ズル……湿った地面を何かが這いずる、粘ついた音。
「……これはまずいな」
居酒屋の店主も、緊張した面持ちでカウンターの奥から木刀を取り出した。
外に出ると、そこには黒い影が蠢いていた。
闇の中で、何かがこちらをじっと見ている。人間の形をしているが、その目は異様なほど赤く光っていた。
「……おい、レイ」
「ええ、分かってる。こいつ、普通の人間じゃないわね」
男の足元から、赤黒い液体がじわりと染み出していた。
「……血?」
いや、違う。
「海水だ。赤く染まった、あの海の水だ」
男は唇を歪め、ゆっくりと口を開いた。
「海は……再び蘇る」
その声が港の潮風にかき消されると同時に、男の輪郭が揺らいだ。
霧のように溶け、潮風の中へと溶け込むように消えていく。
残されたのは、冷たい潮風と、俺たちの背筋を這い上がる嫌な予感だけだった。
「海の守り神は……東扇島を海に戻そうとしているんだ。」
レイが低く呟く。
「港に行こう。今すぐに」
こうして、俺たちは夜の川崎港へ向かうことになった。
そこに何が待っているのか——それを確かめるために。
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