貴方に「好き」と言えるまで。

雨乃りと

序章

『過去』(1)

雨が降っている。土砂降りというわけでは無いが、風が強かった。

休日とはいえ、余程の理由がない限りこんな日に出歩こうとは思わないだろう。

加えて今の時刻は朝の九時。

いつもは、小学生たちの明るく楽しそうな声が響いている公園も今日は違う姿を見せている。

閑な公園は、佇んでぼうっと見入ってしまいたくなるような、どこか神秘的なものに見えた。

よく見ると、奥のベンチに人影があることに気づく。

姿かたちからして恐らく男。そして歳は、十歳ぐらいだろうか。

少年は傘を持っていなかった。ベンチに浅く腰かけ、大きく前のめりになって深く俯いている。表情は分からないが泣いているように見えた。

彼の周りの空気は重く淀んでいて、誰も話しかけるなと言うような、そんな拒絶的な空気を彼は纏っていた。


やがて少年はゆっくりと顔を上げて立ち上がり、徐に歩き出す。

そして、強風に煽られて暴れているブランコの前で立ち止まった。ブランコはじっとりと濡れていたが気にせず掛けて、やおら漕ぎ出す。

少年は顔は年相応に幼い可愛らしい顔をしているのだが、表情はやけに大人びていて、それが何だか奇妙だった。


彼の心は透き通っていた。

『透き通っている』と言うと、一見爽やかな良い印象を受けるが、ここではまったくの逆だった。

少年の心にはドロドロと何か醜いものが渦巻いていた。何か特定のものに憤りを感じていたり、恨んでいるわけではない。

漠然とした不安が、孤独が、絶望が、彼の心を暗い方へ暗い方へと追いやっていた。


一度に感情が溢れすぎたあまり、少年は茫然自失となっていた。

今は何月だ、今は何時だ、どうして自分は家を飛び出した、どうしてここにいるのか、どうして一人なのか、どうしてどうしてどうして、どうして――。

思考は働いているのに何も分からない。何も、感じない。何も無い。僕にはもう、何も無い。


――さあ。

少年は勢いよく地面を蹴り上げた。ブランコの振り幅がだんだんと大きくなる。

――死ね。

やがて頂上に達する。

――死んでしまえ。

大きく息を吸って、飛び降りようとした。


しかし、出来なかった。


どういうわけが身がすくんでしまった。怖いとか、痛い思いをしたくないとかそんな気持ちは持ち合わせていないはずだ。


本能、というやつだろうか。

体が小刻みに震え出す。

――やめろ、止まれ。

まるで体が他の誰かに乗っ取られているような錯覚を起こして心底気持ち悪く感じた。

なおも止まらない震えに少年は舌打ちをして、ブランコから飛び降りる。と同時に駆け出した。


――嗚呼、死にたい死にたい死にたい。今すぐここから消えたい。底無しに虚しくて、情けなくて、苦しい。けれど、心のどこかに住み着いた甘い自分が死ぬなと言う、決して諦めることを許さない。

『生きているうちは何とかなる』。それは本当なのか?何も聞きたくない。信じたくなんてないから、確証が無いなら生半可な光は見せないでくれ。

自分はまだ子どもだから今の生活を変えられはしない。

他人からすればそれすら言い訳になってしまうのだろうか。変えるために何もしていないのに、尤もらしいことを言うなと思われてしまうのだろうか。

分からない、僕には分からない。


彼――観月結都みづきゆいとの歪んだ心は、いつだって憎む対象を求めていた。底なしに湧いてくるやるせなさの受け皿が欲しかった。

悩んでも悩んでも答えが見つからず、どれだけ苦しく、しんどくても、彼は生きている。生きる意味など知らぬまま、少年は今日も息をする。























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