神だけど
小城海馬
少女になった神
人間に生まれたかったな。今までに何度そう思ったことか。やることも無く退屈で、ただ人間を眺めるだけの毎日。これほどまでに暇で退屈な生き物なんて他にないだろう。私はため息をつく。私は何でこんな生き物に生まれてきたのだろう。自分の生まれを呪ってやりたい。私はふと前を見る。すると、人間が私がいる方へ歩いてきていた。1人の男の人間は私がいるところで止まり、5円玉を取り出して賽銭箱に投げ入れた。そんなことをしても私は願いを叶えてあげることは出来ないのに…。私は手を叩く人間を眺めながらそう思う。私は市ケ原神社という神社で祀られている神だが、あまり位は高くないので何か出来ることがある訳ではなく、本当にただ祀られているだけで何のために存在してるかも分からない様な神である。なので、私は誰かの願いを叶える事が出来る能力は持っていない。そもそも、もしそのような能力を持っていても私のような神はその能力を使ってはいけない。そういうことはもっと上の位の神が決めるからだ。私のような神が持っているのは、人が何を考えているかが分かる能力だけだ。
「一番願いを叶えてほしいのは私だよ…」
私は思わずそう呟く。人間のくだらない願いなんかより、私の人間になりたいという願いのほうがよっぽど重要だと私は思う。私は横になって空を見る。ああ、今日も空は青い。この青空を人間になって別の場所から見たらどんなに綺麗に見えることだろう。
「人間になりたいなー…」
私はそう言って目を閉じた。人間になりたいと私は強く願う。目をぎゅっと強く瞑り、視界に眩しいものが入らないようにする。1分くらいして私はどこか違和感を感じ、ゆっくりと目を開いた。目が開くと、そこはいつもと変わらない市ケ原神社だった。いつもと変わらず退屈でやることの無い静かな神社。なんだ、何も変わってないじゃん。私はそう思いながら起き上がる。すると、私はすぐに違和感の正体に気付いた。なんと私は――人間になっていた。私の体は人間の体になっていて、腰のあたりまで伸びている茶色い髪や、胸にある大きな脂肪の塊を見て、すぐに女の人間の体だと分かった。
「ええっ…?えええええっ!?」
私は思わず大声で叫んでしまう。さっきまで中性的だった声も、女の声に変わっている。私は困惑しながら人間になった自分の体を見る。白くてスベスベな素肌にEかFはありそうな胸の大きさ。そして、ほっそりとした腰回りが健康に育った少女のようだ。私は2分くらい自分の体を凝視する。すると、少しずつ戸惑いもなくなり興奮のような感情が湧き出てきた。なぜかは分からないけど、前からずっとなりたかった人間になれたのだ。せっかくだし、神社の外にでも行ってみよう。私は歩き出し、神社の外へ行こうとする。すると、向こう側から1人の男の人間がこちらの方へ歩いてきていた。私はその人間を見て重大なことに気付いた。そういえば、私、服着てなかった。私は今更自分が全裸なことに気付き、どうすれば良いか分からずあたふたしていると、人間は私がいることに気付き驚いた声を上げる。
「え…?ちょ、裸…!?」
私は咄嗟に手で胸と股間のあたりを隠す。人間は私の裸を見ないように手で目を隠している。
「おい!そこのにんげ…すみません!何か着るものはありませんか?」
私は人間に近づいてそう訊く。思わずそこの人間と言いそうになったが、私は今神じゃないことに喋りながら気付き、人間らしい言い方に言い直した。
(なんでこの子裸なんだ…)
そんな言葉が私の脳内に響く。どうやら人が何を考えているかが分かる能力はまだあるらしい。
「着るものですか?ええと…」
人間はそう言って着ていたジャケットを脱ぎ、私に渡した。私はそのジャケットを着ると、大きめのサイズだったので私の膝のあたりまで隠れた。
「ありがとうございます…」
私はジャケットのチャックを上げながら言う。
(この子靴も履いてないな…もしかして親の虐待…?一応訊いてみるか)
脳内にそんな言葉が流れたあと、人間が口を開いた。
「君はなんで裸でここにいたの?」
私は返答に困る。さすがに神から人間になったからとは言えないし、もし言っても頭のおかしい奴だと思われるだけだろう。
「言えないのなら言わなくても大丈夫だよ」
人間は優しい声で言う。
「君、どこか行くあてはあるの?」
私はそう訊かれ、首を横に振る。
「じゃあ、俺の家に来ない?少しの間暮らさせてあげるよ」
この人間、なんだかやけに親切だな。人間という生き物は普通自分さえ良ければ何でも良い生き物なんじゃないのか。何か裏があるの違いない。きっと私を家に連れ込んで変なことをしようとしてるんだ。そうだ、そうに違いない。
(やっぱり虐待とかか…?なら俺が匿ってあげるのが一番だな。でも、どう見ても高校生くらいの女の子を家に連れ込むのってヤバいか?でもそんなことを言っている場合じゃないな)
いや、違う。この人間、本当に私のことを考えてくれている。おかしい。そんな人間がこの世に存在したのか。…でもまあ、せっかく私のことを心配してくれている人間がいるのだから、その言葉に甘えよう。
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
私は人間から目を逸らして言う。人間に助けてもらうなんて神のプライド丸潰れな気がするが、まあ良いだろう。
「俺の名前は水沢流河。君は?」
名前…!?そんなもの無いよ!でも、名乗られたからには何か名乗らないと…。私は咄嗟に思いついた言葉を口に出す。
「…めぐみ、市ケ原めぐみです」
「市ケ原?この神社と同じ名前だね」
「はい、そうなんです」
私は冷や汗をかきながら言う。なんとかこの場はやり過ごせそうだ。
「とりあえず俺の家に行くか、めぐみちゃん。…あー、でもめぐみちゃん靴履いてないな…俺が担いでいってあげるよ」
流河と名乗った人間はそう言ってしゃがみ、私に背中に乗るように促す。
「ありがとうございます。流河…さん?」
「流河で良いよ。」
私は流河の背中に乗る。
「一応さんは付けておきます」
「分かった。じゃあ行くよ」
流河は私を担ぎながら神社の外へ歩き出した。市ケ原神社は周りが家に囲まれている小さな神社で、外がどうなっているかよく見えないので今まで外の世界を見たことは一度も無かった。神社で祀られている神は神社の外へ出てはいけないからだ。しかし人間になった今、私は神社外に行くことが出来るのだ。あと10歩で外に出る。あと5歩。4、3、2――私は神社の外に出た。あれ?なんか呆気ないな。もっと感動的に感じると思ってたのに。神社の外は道の狭い住宅街で、一軒家やアパートなどが建っていた。おお、これが外の世界か。すごいな。流河は少し古いアパートの階段を上り、奥から2番目の部屋の前で私を降ろして鍵を開け、ドアを開けた。
「さあ、入って」
ドアを開けると中には小さな玄関があり、横には靴が何足か置いてあった。
「これで足を拭いてから上がって」
流河はそう言って棚の上に置いてあるウエットティッシュを取って私に渡した。私は少し古いそれを受け取り、足を拭いた。足を拭くとウエットティッシュは黒くなった。私は足を拭き終わると流河の後を追った。
「少し狭いけど入って」
流河はリビングに繋がる扉を開けた。扉の中は狭くて古い感じの部屋だったけど、綺麗に整理されていて良い匂いがした。私はフカフカのソファに座り、部屋の中を見た。ソファの前には小さいテレビがあり、壁には8月のカレンダーが掛けられている。本棚にはたくさんの本や漫画があり、なんというかここで人間が暮らしているところを想像させるような部屋だ。
「ちょっと待ってて」
流河はそう言ってリビングから出て、少しして「I♡NY」と書かれた白いTシャツと半ズボン、そして男用の下着と肌着を持ってきた。
「俺はリビングの外にいるから、その間にこの服に着替えて。着替え終わったら教えて」
「分かりました」
流河はそのままリビングの外に行ってしまった。私は着ていたジャケットを脱ぎ、下着と肌着を着てその上に半ズボンとTシャツを着た。
「着替えましたー」
私は大きめな声を出す。すると、流河はリビングに戻ってきた。
「良いじゃん、似合ってるよ」
流河は私が脱いだジャケットをハンガーに掛けながら私の着ている服を見て言う。
「本当に似合ってますかね…むしろダサいような…」
私はつい思ったことを言ってしまう。でも実際、この服は私には似合ってないと思う。私は自分の着ている服を見下ろす。真っ白なTシャツに書かれた黒い文字のIに赤い文字の♡、そしてその下にある黒いNYの文字。とてもじゃないが似合ってるとは思えない。
「そう?まあ良いや。めぐみちゃん、お腹空いてない?」
お腹が空いてるかって?ああ、さっきから感じるこの不思議な感覚が空腹なのか。食べたこともない食べ物が無性に食べたくなるこの感じ。
「空いてますけど…」
「分かった。そこの椅子に座って待ってて」
流河はそう言い、冷蔵庫から冷凍食品を取り出して電子レンジの中に入れ、スイッチを押した。すると、電子レンジはウーンという音を立ててオレンジ色の光を出した。5分すると電子レンジはピーという音を鳴らして音を立てるのを止めた。流河は電子レンジの中から湯気が立ち上る冷凍食品を取り出し、スプーンと一緒にテーブルに置いた。
「これは何ですか…?」
私は思わず尋ねる。
「ドリアだよ。冷凍ドリア」
私はスプーンを手に取り、流河がドリアと呼んだ食べ物をすくう。全体的に茶色くて、チーズのような黄色の食べ物が上に乗っている。私は鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。良い匂いだ。私は恐る恐るそれを口に近づけ、思い切って口の中に入れる。
「熱っ!」
「熱いから気を付けて」
私は火傷しないように口を開けながら食べる。すると――
「おいしい…!」
私は気付けばそんな事を言っていた。この不思議な良い感じの感覚が美味しいということなのか。私はあっという間にすべて平らげ、水を1杯飲んだ。
「流河さんって一人暮らしなんですか?」
私は私が食べた冷凍ドリアの皿を片付ける流河に訊く。
「うん、そうだよ。早稲田大学に通うために長野から上京してきたんだ」
一気に知らない単語が3つも出てきた。早稲田大学?長野?上京?私がぽかんとしていると、流河はそれぞれの単語の意味を教えてくれた。
「早稲田大学は日本を代表するような頭のいい大学で、長野はここ東京の北西にある都道府県のこと。上京は東京以外の場所から東京に移り住むこと」
「へえーそうなんですね。ていうか流河さん、そんなすごい大学に通ってるんですね。そんなに頭良いんですか?」
「そこまででは無いよ」
流河はそう言いながら私が使ったコップを片付けた。
「めぐみちゃん、テレビ見る?」
「テレビ…?」
私は一応テレビという物の存在は知っていたけど、それをどうやって使うのかは知らなかったのでとても興味があった。
「見ます!見てみたいです!」
「じゃあ、はい」
流河はそう言ってたくさんのボタンが付いている棒状の物を私に手渡した。
「あのー…これは…?」
「ん?リモコンだけど」
流河はよくわからない単語を言う。
「り…りも…?」
流河は少し驚いたような顔をする。そして、すぐに顔を元に戻してリモコンとやらの説明をする。
「リモコンっていうのは、ボタンを押してテレビを遠隔で操作することができる機械のことだよ」
「どうやってテレビの電源をつけるんですか?」
「そこの赤いボタンを押すの」
私は流河が指差した赤いボタンを見る。よく見たら、ボタンの上に白い文字で電源と書いてある。私は試しにそのボタンを押してみる。しかし、テレビの電源はつかない。
「こうやってリモコンをテレビに向けてボタンを押すの」
流河はそう言って私にリモコンを持たせたまま、リモコンの先をテレビに向けさせて赤いボタンを押した。すると、テレビの電源がついて画面が光った。
「おお…!」
私は思わず感動しそうになる。なるほど、こうやって使うのか。テレビに映ってるのは日テレというチャンネルの、ミヤネ屋というニュースだった。
「速報新宿駅南口で男が通行人を次々襲う…」
流河はテレビに書いてある文を読み上げる。
「怖いな…そんな事があったのか」
流河は深刻そうな顔で言う。ニュースのアナウンサーは私たちに構わず続ける。
「本日3時10分頃、新宿駅南口で30代くらいの男がダガーナイフで通行人を次々刺し、9人が意識不明の重体とのことです。現場から中継で繋がっています。田川さん!」
アナウンサーがそう言うと、テレビの映像はスタジオから事件現場にいるリポーターに変わった。現場には大量のパトカーや救急車が停まっていて、たくさんの人間が集まっていた。
「先ほど、男がこの場所で通行人を次々襲い、9人が意識不明の重体とのことです。男は最終的に持っていた、弾が1発しかない拳銃で自殺したとのことです」
リポーターはマイクを持ちながら言う。
「物騒な世の中になったな…」
流河はソファに腰掛けて言う。
「テレビって他のチャンネルもあるんですか?」
私は少しこのニュースに飽きたので、気になって流河に訊いた。
「あるよ。その数字のボタンを押せば他のチャンネルになるよ。今は4チャンネル」
私は試しに1と書いてあるボタンを押した。すると、テレビはNHKというチャンネルに切り替わった。しかし、このチャンネルでもさっきの事件のニュースがやっていた。私は順番に他のチャンネルも見るが、大体のチャンネルで新宿という場所の事件のニュースがやっていた。
「まあ、あれだけの事件が起きたんだから、しょうがないな」
流河はソファから立ち上がって言う。人間の生死は人間が増えすぎないように、人間の生死を司る神が決める。今回の事件もその神が起こしたのだろう。私もそれくらいの位の神になりたかったな。まあ人間になれたからいいけど。私がそんなことを考えていると、ふと股間のあたりに不思議な感覚を覚えた。落ち着かないソワソワするような感覚。そしてその感覚を感じる場所は、おそらく膀胱だ。ということはこれは尿意?
「すみません、トイレはどこですか?」
「ああ、トイレならリビングを出て左の扉を開けたらあるよ」
流河はリビングを出るための扉を指差しながらそう言う。
「分かりました。ありがとうございます」
私はリビングを出て、左側にある扉を開けた。すると、中には洗面台があり、その右にもう1つ扉があった。私はその扉を開けると、中には蓋のついた白いトイレがあった。私はそこでトイレをして、トイレを出た。飲食をしたり排泄排尿をしないと生きていけないなんて、人間も大変だな。私は手を洗おうとすると、ふと洗面台の鏡が目に入った。私は息を呑む。なんと鏡に写っていたのは、驚いた顔をする絶世の美女だった。18歳か19歳くらいの見た目で、世界一の美人と言われても信じてしまいそうな顔をしている。というか実際そうなんじゃないか。目は茶色くて鼻は小さく、まるで何かの作品のキャラクターみたいだ。私は1分くらいずっと自分の顔を見ていた。あっやべ、手洗いの忘れてた。私は水を出して手を洗い、リビングに戻った。
夜の11時、私は目に不思議な感覚を覚えた。私は何となくこの感覚を眠気だと思った。
「眠くなってきた?」
あくびをする私に流河はそう訊く。
「はい、ちょっと疲れちゃって」
私はあくびをして涙目になる。
「じゃあもう寝るか。俺はそこのソファで寝るから、めぐみちゃんは俺の部屋のベッドで寝な」
流河はあくびをしながら言う。
「いや、私がソファで寝るので、流河さんはベッドで寝てください」
「俺は大丈夫だから、君がベッドで寝て」
「いや本当に私はいいので、流河さんがベッドで寝てください」
「いやめぐみちゃんが」
「いや流河さんが」
「めぐみちゃんも中々譲らないね」
「流河さんこそ」
「うーんどうしよっか…じゃあこうするか」
「どうしてこうなったんだろ…」
私は今流河と同じベッドで寝ている。小さいシングルベッドだったので、流河との距離が近くなんだか変な気分だ。
「お互い譲らなかったからね」
流河は苦笑しながら言う。私はうつ伏せになり、目を閉じる。やっぱり人間って楽しいな。そんな事を考えていると、私は眠りについた。
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