深淵ちゃんねる

明(めい)

第1話

Y社月刊夕闇編集部の狭い会議室に、内田玲奈は編集長から呼び出されていた。


Y社は大手出版社だが、本社から百メートル離れた狭いビルにその編集部はある。


一階がオフィスで二階三階が、資料室だ。


主にオカルトを取り扱った、五人しかいない編集部。


月刊誌「夕闇」も、昨今のスピリチュアルブームでパワーがあると噂の神社やお寺、占い師などの紹介をしているに留まる。


なぜなら、ネットのない時代に流行った口裂け女などは、読者への配慮から扱えなくなっている。


人面犬も犬がいたずらされるという理由で危うい。


口裂け女はもともと、アメリカが情報伝達の速さを調べるために作ったデマという説もある。


たまに本当にオカルトの怖い話を「夕闇」に載せる時もあるが。


玲奈は入社二年目。入社したての頃、月刊夕闇編集部の研修で、大正、昭和の時代に流行った遊び、玩具、オカルト、事象、現象などを学んだ。


なにもオカルトが好きで入社したわけではない。


せっかく苦労して出版社のY社に内定が決まって喜んだのも束の間、文芸編集が希望だったのに辞令でここに配属されてしまったのだ。


黒髪ぱっつんの髪型がオカルト好きの雰囲気でも醸し出していたのだろうか。


オカルトも今の時代では下火になっているが、一部のマニアからは人気がある。月刊誌「夕闇」も古くからの固定客がいて、そこそこ売れている。


もちろん、ファッション誌や漫画雑誌と比べたら雲泥の差、月とすっぽんであるが。


「……で、前置きはこのくらいにして。夏に久々の大々的なオカルト特集を組もうと思ってる」


「幽霊とか、肝試しとか、そういうやつですか。本格的な」


一昔前もテレビ局なら許可を取っていたのかもしれないが、廃墟等も今は許可なしで

は不法侵入の扱いだ。素人が面白がって入れば逮捕される。中々に厳しいご時世だとは思う。


昭和や平成の始め頃は大分緩かったのだと思う。


「面白い動画を見つけたんだ。それを紹介しようと思う。都市伝説をもっと身近にした雰囲気といえばいいかな」


「それはどういう?」


訊ねると、メモした白い紙を渡された。



「深淵ちゃんねる」

「天満省」

「文光九十三年」



と走り書きがしてある。


玲奈はじっくりと目を通した。


「二番目は『てんましょう』ですか? 『てんまんしょう』ですか? 大阪にありますよね」


編集長は頷く。


「大阪の地名、天満てんまとは全く関係ない。『てんまんしょう』と読む。そして、それらが特集を組もうとしている動画タイトルだ。こちらで似たようなサイトをでっちあげて作ってもいいが、まあ二番煎じの自作自演っていうのは編集部の誇りが泣く。とりあえ ずこの三つをチェックしてほしい。この案件は君に任せたい」


「夏に向けて大々的に記事を書け、ということですか」


「そうだ。もっともらしく書いてくれれば助かる」


大きな仕事になるかもしれない。


動画を見て怪しげにオカルトチックに紹介する記事を書くだけならば、あらゆるお寺や神社を走り回らなくていいぶん楽かもしれないけれど、そんなに簡単でいいのだろうか。動画掲載の許可は必要になるが。チェックも厳しくなるのかもしれない。


「かしこまりました。動画を見て記事を書けばいいのですね」


「でも、ちょっと問題があってな」


「問題、ですか」

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