サレ妻とサレ夫の断罪プラン~探偵しながら復讐するの余裕です~

絵名チル

1この状況はあなたでも見るでしょう?

 わたし秋月紅緖あきづきべにおは、コミュ障である。

 そしてそれにそぐわないであろう好奇心が、29才の今も尚、静かに旺盛だ。

 子どもの頃の夢はもちろん?「探偵」になること。

 しかし、わたしよりもわたしを理解している両親から現実を諭され、町役場職員に落ち着いた。

 それはそれは感謝している。

 例えば聴き込みとか……ムリムリ、声が小さ過ぎて気付いてもらえない。例えば潜入とか……ムリムリ、意識し過ぎて返って悪目立つ。

 

 夫と娘と暮らす今が幸せだ。まあ、刺激が足りないといえば、そうかも。

 今も布団の中で怪事を求めてスマホをポチポチ「つぶやきつまったー」というsns内を散歩中。


(ふぅん、女性の平均寿命が90才に、か)※物語上


 ・

 

 ひな祭りの3月3日。

 この日も保育園から琴里ことりをピックアップして帰宅。

 都心へのアクセスも良い郊外に、新築一戸建てを3年前に購入した。

 同じハウスメーカーの両隣さんとは柵で仕切られているが、建物同士は2メートルは離れているし、庭も広くゆとりのある設計が気に入っている。


「ママー! みてみてー」

 日が落ちてしまうと、3月に入ったとはいえ凍る様な空気。

 コートを着たままに2階ベランダで冷えた洗濯物を取り込むわたしに、部屋の中から琴里の声が駆けてくる。

「ハイハイ、なになに?」

 振り向くと、目を輝かせた琴里が立っていた。

 手には、折り紙で作ったお内裏様だいりさまとお雛様ひなさまが仲良く並んでいる。


「うわぁ、かわいいね! 保育園で作ったの?」

「うん! ねぇねぇ、どこにこだわったと思う?」

(ほんと毎度それ聞くねー)

「んーそうねぇ、着物に描いたサクラ柄に琴里のセンスを感じるわ」

「ブー!!」

(かぶせ気味! わかるか!)

「メイクよメイク! お雛様の!」

「えっと、確かにアイシャドウが素敵ね」

「でしょう。涙袋なみだぶくろ描いてみたの」

「なるほどねぇ。あのさ、これ終わったら夕食の準備するから手伝っ──」

 琴里は急いで踵を返し、階段を駆け降りて行った。


 わたしは小さな背中に若干の非難の目線を送り、竿に残ったバスタオルを肩にふわっと掛けた。


 いつもの流れ作業で、窓を閉めようとした時──

 カサカサッ。

 外から葉擦れの音がした。

(ん? 風なんて吹いてないのに)

 今度は──

 ザクッ……ザクッ……

 土にスコップを突き立てるような音と、が交互に繰り返されている。

(こんなに暗くなってからガーデニング? っと、お腹を空かせている我が子に、一刻も早く美味しい夕飯を作らねば!)

 

 わたしは再びベランダのサンダルに右足を突っ込んだ。

(一刻も早く済ませるわ)


 ベランダの手すりに身を預けて庭を覗き込む。

 防犯目的で設置した四隅のガーデンライトが、ふんわりと灯っている。

 秋月家の庭を一言で表すと「芝生広場」。

 一目瞭然に異常なしだと分かる。


 ザザッ……ザザッ……

 いつの間にか、硬い材質の物に土をかけているような音に変化した。

 音の方向は左側のお隣、近田こんたさん宅の庭からだ。


 わたしは暗闇に必死に抵抗して目を凝らした。

 近田邸の1階の掃き出し窓が開いている様子で、室内の明かりがこぼれていた。

 ほんの一瞬、紅葉もみじの木の枝葉の隙間から、うずくまる黒い人影を見た気がする。

(近田さん? ベランダの端っこまで行けば、もっと良く見えるかも?)

 わたしは琴里の水鉄砲やシャボン玉を、そおっと端に避ける。


「ねぇ、お前、何してんの?」

「ひゃ! シーッ!」


(夫よ、この緊迫が伝わらんか!)

 仕事から帰った夫が、背後にきょとんとして立っている。


「忙しそうだね」

「まあね。ご飯、もう少し待ってて」

「あー、いや、後輩らとうなぎ食べてきた」

「ん」

「あのさ、俺、家、出(ザッザー)」

「ん」


(足場の確保オッケー)

 嬉々としてベランダの端に横歩きで進む。

 しかし耳を澄ませど、すでに1階の窓は閉まり、音も人影も消えていた。

(あーあ残念。明日、明るい中で失礼して覗いてみちゃおうかな)


 部屋の中に戻ると、そこに居た夫の姿はもうなかった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る