第3話 アデラフィールド・マニー城

「着いたな」


 召喚された場所から20分ほど移動したところで、王子は窓の外を指さした。

 僕は、指の方向に目を向ける。


 高台の上にそびえる、大きな建築物。

 2つの星の光を浴びて、闇夜に白く浮かび上がっている。

 城塞として建てられたのか、屋敷と城郭を兼ね備えているように見える。

 城の前には広い庭園があり、門から城館内までかなり距離があった。


「あれがアデラフィールド・マニー城。通称、アデラ城だ」

「美しいですね」


 堅牢な建物だけれど、柔らかな曲線が女性的でもある。

 城については詳しくないけれど、卒業旅行で見たフランスの中西部の城に近い気がする。たしかガイドが、ルネサンス様式の城だと言っていたっけ。


「ありがとう」


 一拍置いて礼を言われて、僕はハタと気付く。

 そうか。あの城は、王子の屋敷なのか。

 城に住むという感覚がなくて、観光地にある名所を訪れている気分になっていた。


 馬車は城館の前に乗り付け、扉が外に向けて開けられた。


「お帰りなさいませ」


 召使たちが頭を下げる中、王子が先に降りて、僕に手を差し伸べてくる。

 まさかここで手を取らないわけにもいかず、僕は居心地の悪い思いを抱きながら手を乗せた。


「うわっ」

「おっと」


 ステップがぐらついて、前のめりになると、王子が胸で受け止めてくれた。


「すみません」

「いや。慣れていないと誰でもそうなるさ」


 王子は気にした様子もなくそう言って、僕の手を取ったまま、城の中へ入っていく。


「リディアン様」


 入り口で最初に出迎えてくれた人が呼び止めたけれど、王子は手で制した。


「話はあとだ」


 王子に言われて、渋々といった体で、その人は道を開ける。

 召使らしき同じ服装の女性たちの前を通り過ぎ、更に奥へと王子は進む。

 みんな一斉に頭を下げていったけれど、王子は気にも留めずにすたすたと歩く。

 城の最深部かと思われる奥まった場所に辿り着くと、大きな扉の前で足を止めた。


「ここが、お前の部屋だよ」


 王子が告げると、後ろに控えていた赤髪の青年が前に出て、うやうやしく扉を開ける。


 最初に目に飛び込んできたのは、天蓋付きのベッドだ。

 キングサイズくらいある。

 奥には、天井から床まで広がる、一面の硝子窓が見える。


「今は暗くてわからないだろうが、ここは庭に面している。明日にでも見るといい」


 王子はそう言ってから、僕の頭にポンと手を乗せた。


「あとは、そこにいるカミロに聞いて。夜食も用意してあるし、湯浴みもできるから、好きに使って休んでくれ」


 そして、まるで子供にするように頭を撫でてから手を放した。


「じゃあ、また明日。おやすみ、フリートム」

「おやすみなさい。リディアン王子」


 王子は一度足を止めて振り返り、口端を上げて笑ってから部屋を出ていった。

 僕はその背中を見送り、しばらく動けずにいた。


 男の僕が見入ってしまうくらいに、王子は王子そのものだ。

 見た目も中身も、絵本に出てくる王子様って感じがする。

 金髪碧眼で、背も高く、優しい微笑みを浮かべている。

 

 疑いも持たずに付いて来てしまったけれど、あの王子を信じていいんだろうか。

 他の人たちに比べてあまりにも好意的なせいで、僕は警戒するのも忘れてしまっていた。

 でも、王子以外に頼れる人は、ここにはいない。


 僕は考えるのを放棄して、現状把握に努めることにする。


 部屋の中をぐるりと見回して、最後に入口付近にいる青年を目にした。

 黒髪の青年は、僕より少し背が低く、華奢に見える。

 大人びた雰囲気だけれど、リディアン王子があれで18歳だとしたら、もっと年若いのかもしれない。


「えーと、カミロさん?」

「カミロで構いません。サガン様」


 そして、胸元に手を当てて、膝を折って礼をした。

 ヨーロッパのカーテシーに近いけれど、あれは女性だけのはずだ。

 この国では青年もその礼を取るんだろうか。


「僕のことも、フリートムでいいですよ」


 すると、カミロは顔を上げて、翠色の瞳で鋭く僕を見た。


「そうは参りません。あなた様は、サガン様なのですから」


 サガンの立場はまだわからないため、何も言い返せない。

 僕は、一度口を閉じてから、次の話題を探した。


「できれば、お風呂に入りたいんですが」

「お湯浴みですね。かしこまりました。どうぞこちらへ」


 カミロは部屋の扉を開け、廊下に出た。

 湯浴みと言うから、てっきり部屋の中でたらいか何かを使って身体を洗うのかと思ったけど、そうではないみたいだ。


 扉の外にはもう一人、赤髪の男の人がいて、僕を見ると快活な顔で笑う。


「オレはグンターです。サガン様の護衛を務めます。どうぞお見知りおきを」

「あ、はい。よろし──」

「グンター様っ!」


 互いに頭を下げかけたところで、カミロが声を上げる。


「サガン様に先に声を掛けるなんて、不敬です」


 グンターと呼ばれた青年が、しまったという顔をして、僕に頭を下げた。


「いえ、僕のことはお気になさらず」


 慌てて止めに入ると、カミロは眉をひそめる。

 けれども、それだけだ。

 言い返してこようとはしない。

 

「湯殿までご案内いたします」


 感情を押し殺した声で言われて、僕は頷いた。


「はい、お願いします」

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