お雛様を持っていくと
野林緑里
第1話
「ねえ。これ持っていかない?」
高校の卒業式を終えて、大学へ進学するために荷造りをしていた私に母が突然一体の人形を持ってきた。
なんの人形だろうとみるとそれはお雛様だった。それなりに年季の入っている古めかしいお雛様だ。でもこんなお雛様って我が家にあったのだろうかと首を傾げていると「昔からあったわよ」と母が告げた。
「お母さんのお母さんのお母さんのお母さんのお母さんの……」
「それ以上いわなくていい。相当古いのはわかったから」
私は永遠に『お母さん』を繰り返しそうになっていた母の言葉をせいした。
「とにかくものすごく古い品物よ。だからもっていきなさい」
「それ意味わからないから」
「でももっていったほうがいいわよ。私も実家をでるときもってきたもの」
「お雛様だけ? お内裏様は?」
「お内裏様はあなたが結婚するときにもたせるわ」
「はあ? なにそれ?」
母の言っていることは全く理解できない。なぜ実家をでるときお雛様を持っていくことになっているのだろう?ほかの人形はどうしているのかしら?そもそもこんな古いお雛様が我が家に飾られたことがあるのだろうか。
私は記憶を探ってみた。
なくはない。
幼い頃に雛壇が飾られていた記憶はある。しかし、果たして母がいま手に持っているお雛様だったからどうかは定かではない。
でもまあ。あって困るものではない。
新居にでも飾っておけば御利益があるかもしれない。
「わかったわ。持っていく」
「そう! この子もすごく喜んでいるわ。ありがとう」
この子?
その言葉に違和感を覚えながらもそのお雛様を受け取った。
それからしばらくして私は故郷を離れ大学のある土地へと旅立った。
新居はそれなりにセキュリティのある建ってから数年という真新しいアパートであった。学生向けということで家賃もさほど高くはない。
私は荷物を段ボールから出していく。
そして母から渡されたお雛様を出して棚へ飾ってみる。けどなんかさみしい。
だってお内裏様も5人官女もいないし、屏風とかもいっさいない。殺風景なひな飾りになってしまっている。
さてどうしようかなあと悩んでいると「大丈夫」とどこからか声が聞こえてきた。
あれ?
どこから聞こえてくるのかしら?
私はあたりをキョロキョロするもだれかいる気配はしない。
「ここよ。ここ」
また声が聞こえてくる。
どこ?
どこから?
「ここよ。あなたの目の前」
私はようやくお雛様を振り返った。するとなんと座っていたはずのお雛様が立ち上がっていたのだ。それどころかおすまし顔が満面の笑みを浮かべているではないか。
私が目を丸くしていると彼女は扇子で口元を隠しながらオホホと笑い始めるではないか。
私はなにがなんだかわからずに茫然とする。
「あら? 固まっているわよ。これから忙しくなるのに何かたまっているの」
「え?」
私はお雛様を手に取るとどこかにスイッチが付いていないか探す。
「ちょっとお! 突然何するのよ」
温かい。
なんかものすごく温かいんだけど。
それになんか皮膚が柔らかくない?
明らかに人形じゃないわよ?
生きてる人間みたい?
え?
え?
「えええええええ! 人形がしゃべったああああ!」
「いまさら悲鳴あげるの?」
お雛様は驚きのあまり座り込んでしまった私の手から逃れて床に着地する。
「そうよね。驚くわよね。そういうかとであなた! 必死に殿方探してね」
「はい?」
「だから、殿方よ! あなたの結婚相手! いいこと、あなたは二十歳までに結婚相手探すの! そうしないとあなたは死ぬわよ」
「へっ?」
「だから必死に探すのよ。もちろん私が手伝ってあげるわ」
なんかものすごく偉そうなんですけどお。
とにもかくもわけもわからないまま、このしゃべるお雛様ともに彼氏探しが始まるであった。
お雛様を持っていくと 野林緑里 @gswolf0718
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