私の愛する元カレ

深海くじら🐋文フリ東京41完売御礼💕

私には元カレがいる

 私には元カレがいる。


 別れて三日しか経ってないのに、変わらない笑顔で話しかけてきた変な奴。私を好きだって自分から言ってきたくせに、つきあってた半年間なにもしてこなかったベジタリアン。それが不満だった私は、街でナンパしてきたイケメンの甘い言葉にいい気になって、ついふらふらとついて行った。

 翌日、彼への申し訳なさと自己嫌悪がたまらず、殴られるの覚悟で浮気を白状した。それなのに彼は謝ってきた。そうさせたのは自分の優柔不断のせいだって。おかげで私の覚悟は宙ぶらりん。逆ギレした私はその場で彼に別れを叩きつけ、速攻で前日のイケメンに連絡を取った。目の前の快楽に流れてしまったのだ。

 そんなことがあったのに、彼は前と変わらず「頑張れよ」って私を応援してくれた。毎年欠かさず届く手紙と同様に。


 私には元カレがいる。


 そう信じることが、今の私の心を支えてる。


          *


 十八の夏、私は人を殺した。ふたりも。


 ひとり目はつきあってるつもりになってたイケメンで、もうひとりはその仲間。あいつらはふたりがかりで私を滅茶苦茶にした。

 イケメンの言葉に騙された私は、本当に見る目がなかった。男との楽しい時間なんて二週間も続かない。夏休みに入ると同時に男の仲間の部屋に閉じ込められた私は、完全にふたりの玩具だった。昼夜を問わず殴られ、汚され、心も体もズタズタに。最後は子宮まで壊されて、子供を産む未来すら奪われた。


 ひと月近くで使い物にならなくなった私を、あいつらは「飽きた」と笑いながらゴミみたいに捨てた。いや、まさにゴミとして、街外れの処分場まで連れてきて放り投げたのだ。


 だから復讐した。


 仲間の方は尾行して、駅のホームで突き落とした。電車のブレーキに悲鳴と骨が砕ける音が混じって、私の手が震えた。

 イケメン男はアパート手前でまちぶせしてバットで殴って昏倒させた。縛り上げて転がしたイケメンの懇願を聞きながら、散々やつが自慢してた車でゆっくりと轢き潰した。タイヤが身体に乗りあがる瞬間は、心の枷が快哉ではじけた。

 身体に乗ったままの車を捨てて夜道を歩いてると溢れ出る涙が止まらなかった。でも後悔はなかった。あいつらが死んで、やっと息ができた。


 その足で警察に行き自首した私は、やつらに受けた暴虐への情状酌量が認められ、通常なら死刑のところを懲役十五年の量刑で結審した。


          *


 二度の模範囚で四年短縮し、事件の夏から十二年経った今日、私は刑期を終えて出所する。気がつけばもう三十歳だ。

 裁判が終わってすぐに両親は離婚。兄はそれより前に家から逃げ出していた。離散した家族なんて無情なもので、刑務所の娘などに連絡を取るはずもない。でもそれは仕方ない。私が悪いのだ。あいつらを殺したことは一片も悔いてないけど、見る目がなかったせいで家族まで傷つけた。謝っても許されるものじゃない。


 迎えなんて来ない。来るはずもない。


 鉄扉が開き、刑務所の外に足を踏み出す。十二年ぶりの外界は場違いなくらい明るく、真っ青な空に真夏の太陽が輝いていた。空調の効いた所内に慣れ切っていた身体にはむせかえる暑気は堪える。コンクリートの塀を背に、紙袋ひとつぶら下げた私は足がすくんで動けない。


「お帰り。待ってたよ」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、塀の日陰の中から白いポロシャツが現れた。元カレだった。飾り気のない夏の普段着の彼が、高校生のときと変わらない笑顔で私を見つめていた。優しい瞳。青年を飛び越して、少し疲れた大人になってる。


「どうして……」声が震えた。近づく彼が小さく笑った。


「出てくる日、聞いてたから。久しぶりに会えるのを楽しみにしてたんだ」


 出迎えてくれるなんて思いもしなかった。


「あの日、僕がちゃんときみを引き留めてればってずっと思ってて」


 涙が溢れた。そんなふうに思って、あれからずっと私を見守ってくれてたなんて。


「私、女として何の役にも立たない。人殺しだし、未来もない。それでもいいの?」


 彼は首を振って、私の手を握った。温かくて、少し汗ばんでた。


「べつになにも求めないよ。期待もしない。具体的なことはできないかもしれない。でも、近くにいて見守ってる。嫌なことがあったら話を聞く。つらいときは落ち着くまでそばにいる。寂しいときは朝まで寄り添う。きみが嫌と言っても」


 私はなんども頷いた。握り返す力が強すぎて、彼の手が少し赤くなった。足が震えて崩れそうだった。

 彼が来ないかって頭によぎってはいた。でもそんなはずはない。だって十二年も経ってるんだから誰もいないのが当たり前。そう言い聞かせてた。もう、頭がぐちゃぐちゃになって、涙が止まらない。


「でもさ、今は……」彼が言葉を切った瞬間、私の膝が力を失った。慌てて彼が支えてくれた。


「ごめん、言い方が悪かった。今はこれだけだよ。お帰り。そう言いたかっただけ」


「……ただいま」私が呟くと、彼は目を潤ませて笑った。


「うん。お帰り。まってたよ」


          *


 私には元カレがいる。


 女として壊れた私。人殺しの私。未来のない私。それでも、彼は十二年前と変わらない笑顔でそばにいてくれる。

 どんなに環境が変わっても、一生変わらない、特別で愛すべき元カレが。

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