第34話 甘王笑住の心配事(4)


 苺をのぞいた日坂高マルシェ部四人の体の火照りが治まった頃。

 笑住えすむは説明を終えた。


酩酊症めいていしょう。それがさっき皆さんも経験された姉の状態です』


『えとえと……あーちゃんはイチゴを食べると酔っぱらっちゃうってこと?』


 采萌ともえがタブレット画面を蜀黍こがねへ向けたところで、笑住が返事を戻す。


『その通りです、夏玉さん。姉は昔誤飲して以来、イチゴやその成分を摂取すると体内でアルコールが作られる珍しい病に罹ってしまったのです』


『その原因が、その……』


 笑住は口籠る木之香このかへ発端を説明する。


『はい、秋山さん。野菜の話ばかりする姉やその容姿を揶揄う者もいましたが、相手の良いところを見ようとする姉は、けして誰かを悪く言いません。常に明るく平気に振る舞い、だがその実は溜め込みやすい性格です。誤飲事件が起きるよりも前は、限界を迎えるより先に好物のイチゴを与えることで口を軽くさせ、母が上手く吐き出させていたそうです』


『だから苺は幼児化したってわけ、ね』


 納得し呟いた白菜へ笑住は補足する。


『はい、冬葉さん。姉は酩酊状態に陥ると幼児化して超甘えん坊になります。誤飲事件から数日後のこと、市場で仕入れたイチゴを抓んだ姉はこの時に初めて発症。母は運転中で危うく事故に遭うところで……わたしが姉をあやしました』


『笑住は、だから命に関わるって言っていたのか』


『一つ加えるなら、わたしはこの時に堕とされた。なの姉も萌え召されかけたでしょ?』


『……私には別に教えてくれてもよかったのに』


 菜花がいじけることなど予想済みの笑住は核心を衝く。


『逆の立場だったら、なの姉はわたしに教えた?』


『……教えない、独り占めするに決まってる』


 場が静まり返り、いち段落した様子を見計らった采萌はタブレットを置き、包みに入った手の平サイズの何かを四人へ手渡していく。


「急ぎこれを作ったから寝不足だったんだろ」


「いっちゃんから? なんだろう」


「部のお揃いだそうだ。お前らに直接渡すのは恥ずかしいからって頼まれただけだから、中身は知らん。笑住の話が終わった後にでも各自確認してくれ」


 采萌が再び構えたタブレット画面から笑住は呼び掛ける。


『――四人にお願いがあります』


 首肯する四人を見て笑住は続ける。


『イチゴを食べた後のことは、姉は覚えていないどころか、ちょっと素直になって寝ちゃうくらいとしか自覚しておりません』


『ん~?? あーちゃんに教えてあげていないの~? なんで? 忘れちゃうなら教えてあげればいいのに??』


『夏玉さんのおっしゃる通りですが、教えたことが原因で万一にも発散できなくなった時を考えると怖いのです。家族内で話し合い、結果、他に方法が見つかるまでは姉には今の認識でいてもらおうと決めました』


 疑念、はたまた納得や承諾、心配。

 それぞれが思案する中、菜花が口を開く。


『つまり、笑住がお願いしたいことって』


 笑住は首肯する。


『くれぐれも、姉には内緒でお願いしますね』


 慣れない環境下。野菜(触れ合い)不足。菜花とのすれ違い。

 ゴールデンウィークで抜く予定だったが、様々な要因が重なったことで予想よりも早く苺に限界が来てしまった。


 だが結果的には、今回の出来事で苺のストレスは緩和され秘密も守られ、苺と菜花の仲に進展の兆しも眺えた。


 及第点の結果に、


 笑住はようやくここ最近の悩み事を解消させ胸を撫で下ろしたのだ。


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