第31話 私はイチゴが食べたい(5)

 パチ。パチパチパチッ――


 フライパンの上で油が爆ぜる音は、幸せの音色そのものだ。


 やがて食欲そそる香りも立ち広がり、ゴクンと生唾を飲ませる。


「羽付きのやつが食べたい! さっきお店で見たやつ!」


 蜀黍こがねちゃんのリクエストで作った、こんがり狐色の羽付き餃子をお皿に移したら出来上がり。


「――さっ、た~んと召し上がれ!」


 一斉に「いただきますっ!」と始まった餃子パーティ本番。


 炊き立て白米と一緒に食べると、口いっぱいに多幸感の波が押し寄せ広がる。


(ああ、これこれ、これだよこれ!)


 語彙力消失。


 そんな私と違い、みんなは思い思いに餃子を食べ進める――。


「はふ、ほほ、あふい、でも……うんっまぁ~~!!」


 ぱくっと齧りつけば、肉汁がたちまち口内に広がる。


「プリップリ!! 甘くておいしい~!!」


 蜀黍ちゃんはエビの食感に大興奮だ。

 甘味の正体はお肉やエビの旨味に加えたコーンかな。

 お肉と一緒に食べるコーンって、どうしてこんなに美味しいんだろうね。


「蜀黍が美味しそうにするから、シロナもエビのやつ食べたくなったわ」


「シロちゃん、キノコの水餃子もモッチリしていて美味しいですよ? はい、あーん?」


 蓮華に乗った帽子型水餃子があーんと、白菜しろなちゃんの口へと運ばれる。


「っっ!?!?」


 チュルンとした皮の舌触り。

 閉じ込められたキノコと肉の旨味が噛むと爆発。

 ヤケドに要注意だ。


 水餃子の熱を冷ますのにハフハフと息を漏らし、涙目になりながらも白菜ちゃんは食べ切った。


「――死ぬかと思った……よくもやってくれたわね木之香このか!! あんたも味わいなさいっ!!」


 選ばれたひと際綺麗な餃子が、すでに口を広げ受け入れ準備バッチリな木之香ちゃんへ「あーん」と運ばれる。


 木之香ちゃんはモグモグと口を動かし、幸せそうに頬を押さえた。


 分かる。凄く理解る。

 焼き面はサクッと、でも皮はしっとり。

 噛むと程よい量の肉汁がハクサイの甘味と共に舌の上へ広がる。


 バランス良く、ザ・餃子って感じで病みつきになるよね。


「シロちゃんが包んでくれた餃子、とっても美味しいです」


「そうだった、木之香は熱いの平気なんだった……」


 五人の中で、猫舌の持ち主は白菜ちゃんだけのようだ。


「木之香ちゃん、水餃子はキノコ盛りだくさんだけど平気だった?」


「さすがに完全克服とはいきませんが微塵にして包まれておりますし、皆さんと賑やかに調理できたことも楽しく、そして、おいかわでしたので」


 よかった、と胸を撫で下ろした私は次に菜花ちゃんへ向く。


「菜花ちゃんはどう? 美味しい?」


「ハーモニー? っていうのかな。お肉と菜の花の苦味が絶妙に調和して、私好みで何個でも食べられそうだよ」


「よかった。菜の花の春餃子もね、キノコの水餃子のスープと合わせて食べても美味しいだろうから気が向いたら試してみてね」


「それなら、もう少しだけこのままの餃子を味わってから試してみるね」


 菜花ちゃんはニコリと微笑むと、お箸をお代わりへ伸ばす。


「どうぞ、シロちゃん。ブナピーちゃんのスープも美味しいですよ」


「いや、もういいから! それ絶対あっついやつだから、後で試すわよ!!」


 木之香ちゃんからぷいっと顔を背ける白菜ちゃんが向いた先には私がいて、ぱちりと目が合う。


「ねえ、白菜ちゃん。餃子の皮包むのどうだった?」


「どうって、上手に包めないし破けるしで、んあぁ、なんなの! って感じだったけど、まぁ? ……木之香やみんなと話しながらする分には楽しかったわ」


「えへへ、白菜ちゃんも楽しめたみたいで私も嬉しいっ!」


「苺はいちいち大袈裟よ」


 そうかな、と首を傾げる私に白菜ちゃんは「そうよ」と口角を上げる。


「ん~! ふーちゃん餃子も美味しいねー!! ほら、はーちゃんも食べてみて!」


「ふぇっ!? 夏玉さん、私は私のペースで食べたいかな。それに醤油じゃなくてポン酢がいいから取り皿に乗せないでって、遅かったかぁ~……」


 蜀黍ちゃんは項垂れる菜花ちゃんには気にも留めず「ポン酢もアリだなぁ」と、悪気なく瞳をキラリと光らせた。


「なんかさ、これを作ったって言っていいか分かんないけど、手ずから作った料理を食べてもらうのって……ちょっとドキドキするのね」


 たった一つの工程でも自身の手を加え、そこに楽しいという気持ちがこめられたならそれはもう立派な手料理だ。


「ふふ、また次も白菜ちゃんと一緒に楽しめる手料理考えておくね」


「ありがとう。苺。でも考えるならみんなでよ! シロナたちは同じ部員同士なんだから! ……ということであれよ、あれ! そろそろロシアン餃子といこうじゃないの!!」


「こういうのは言い出しっぺの冬葉が、ワサビ入りの当たりを引いたりするんだよね」


「春乃うっさい!!」


「順番はどうしましょうか?」


「じゃんけんでいんじゃない~?」


 じゃんけんの結果は、チョキを出した私の一人勝ち。

 二番手は菜花ちゃんで最後に白菜ちゃんと、春から冬の四季巡る季節順となった。


「どれがいいかなぁ――」


 悩んだ振りをしたものの当たりは一目瞭然だ。


「――これにきーめた!」


 私が選んだ物はなんお変哲もない色をした一つだ。


「じゃあ、私はこれにきーめた!」


 菜花ちゃんは躊躇なく薄赤色の餃子を選択した。


「え~、じゃ、あたしはこれにきーめた!」


「ふふ、それでしたら私はこれにきーめた!」


 白菜ちゃんは残されたワサビ色の一つを

「シロナはこれにきーめた……」と、声を震わせ取った。


 それから「せーの」と声を合わせパクりと頬張る。

 何が挟まれているのかなー……と、噛んだ一口目。


 塩味を想像していた私を裏切る、とてつもない衝撃が口内に広がった。


「なんか、メチャクチャ甘い……?」


「ん~! あたしのはチーズだ~!! うんっまぁ!!」


 チーズ入りということは蜀黍ちゃんが食べた餃子は、


「チーズ! ――しか勝たないよねっ」


 どこからともなく取り出したさけるチーズを構え、ドヤっている人は菜花ちゃんだ。


「私の餃子からは、ほのかにレモンのような香りがしますね」


「あっきーが食べたやつ、あたしのコレかも~!」


「夏玉さんのそれ、先週くれた塩レモンタブレットだよね?」


「そうそう。あっきー、どうだった~?」


「不思議と悪くない、いえ……むしろ美味しい部類だったかと」


 木之香ちゃんは食べ掛け餃子を凝視して固まってしまった。


「これが美味しい理由、いっちゃんは分かる?」


「塩レモンはね、万能な調味料でもあるんだよ」


 だから私も興味がある。


「ほへ~、あーちゃんがそう言うならあたしも食べてみたいかも」


「蜀黍ちゃん、私も試したいから一つ売ってもらってもいい?」


「たくさんあるから、あげるって~! で、みんなで食べよっ!」


 にしし、と笑う蜀黍ちゃんは塩レモンタブレットを袋ごと「はい!」と譲ってくれる。


「苺さんは先ほど、甘いと漏らしておりましたね?」


「意表を突く甘さで驚いたけど、パフェとかクレープみたいで美味しかったかな。もしかして木之香ちゃんが包んだ餃子?」


「私マシュマロが好きでして、手持ちのマシュマロを包んでみました」


 正体不明の甘さは、熱で溶けたマシュマロさんだったのか。


「チョコや果物も一緒に包めば、それこそクレープになりそうだね」


「イチゴもあるし後で作ろうっ! いっちゃん!!」


「菜花ちゃんが食べた餃子は、やっぱりイチゴだったんだね」


 一人静かにしていた白菜ちゃんが、私と菜花ちゃんの会話に混ざる。


「苺のためにシロナが買ったやつよ」


 イチゴが好きだと言った私にサプライズで買ってくれたのだろう。

 いじかわいい白菜ちゃんに物申そうとする菜花ちゃんを遮る形で、私は白菜ちゃんへ「ありがとう」とお礼を告げる。


「菜花ちゃんもね、ありがとう」

「……今は楽しい時間だもんね」


 イチゴを食べることは禁止されている。

 事実を打ち明けるのはパーティが終わってからでいい。

 楽しい時間に水を差したくない。

 私の気持ちに気付いてくれた菜花ちゃんを見つめ、心の中でもう一度お礼を言っておく。


「なに? シロナのターン終わり? 苺と春乃はどうして急に二人の世界に入ったわけ?」


「てかさ~? その前に、ふーちゃんさー?」


「シロちゃんはどうして一人だけ食べていないのでしょうか?」


 ポツンと残されたワサビ入り餃子が脚光を浴びる。


「……これ、もの凄く緑色しているじゃない?」

「だね~?」


「……どうしても食べないと、ダメ?」

「シロちゃん、実際に食べてみたら美味しいかもしれませんよ?」


「食べたいなら木之香が……分かったわよ! 食べるわよ、食べればいいんでしょ!!」


 木之香ちゃんが薄目を開いたことで、白菜ちゃんは投げやり気味に餃子を食べた。


 今にも襲いかかる辛みに耐えるため、目をギュッと瞑り、そして――


「かっらー…………くないわね????」


 引かれた弓のように首を傾げた白菜ちゃんは、二口目で残りをひと息に食べ切る。


「――やっぱり。鼻に抜ける感じはするけど辛くないわね」


「まさか本当に美味しい餃子でしたか?」


「木之香の真似じゃないけどむしろ美味しい部類よ」


「あーちゃん、何入れたの?」


 蜀黍ちゃんの純粋な問い掛けに全員の視線が私に集中する。


「わさびだよ」


「苺さん、辛味の無いわさびもあるのですか?」


「私は理解っているよ。隠し味にいっちゃんの愛が籠められていたから辛くないんだよね」


 うんうん、想いも籠めているから愛情と言っても過言ではないかもしれないね。


「わさびでもね、チューブじゃなくて生のわさびを使ったんだよ」


 辛味が原因で野菜嫌いを加速させてほしくない。

 そのため市販されるチューブのわさびよりも辛味成分が少なく清涼な香りを運ぶ、ちょっとお高い『生わさび』を使用した。


 私の説明に一同「へぇ」と漏らす。


「むしろ私が食べたいくらいだったんだけどね」


「じゃ、もう一回する~?」


「いいわね! 負けっ放しも面白くないし、次はチューブの辛いやつも入れてリベンジといこうじゃないの!!」


「シロちゃんたら。立派なフラグ立てましたね」


「木之香こそね!!」


 白菜ちゃんにとってのリベンジ戦。

 その結果は、確定していた未来だったとだけ。


 胸もお腹もいっぱいとなる笑い声の絶えない、おいかわ時間が過ぎごちそうさまをした後。


 一人洗い物へ取り掛かろうとするも、菜花ちゃんが追ってくる。


「菜花ちゃんもゆっくりしていて平気だよ?」


「――いっちゃんと、二人切りでお話したいなって」


 苦い事実を打ち明けられる時間がきたということだ。


「そっか。私もそんな気分かも――」


 はい、と手渡すエプロンを受け取り、身に着けた菜花ちゃんは静かに隣へ並ぶ。

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