第02話 売る私。売られる私(2)

 お母さんと笑住えすむと三人で閉店作業をこなし、お父さんに指定された二階客間へ入ると。


「あれ、大道寺だいどうじさん?」

「苺ちゃん、お疲れさま」


 一目で機嫌がいいと分かるほどの笑顔で、大道寺さんは隣の座布団をポンポンと叩く。


「苺、大道寺様の隣に座ってくれ」


 大道寺、様? 疑問に首を傾げながら、上座に座る大道寺さんの隣へ腰を下ろす。

 正面には部屋の奥から笑住、お母さん、お父さんが座る。


 これから一体何が始まるのだろうか。

 お父さんがお得意のゲンドウポーズをする時は、大抵よくない出来事が起こると甘王家の相場で決まっている。


 妙な胸騒ぎから、

 お父さんが考えなしで大量に仕入れた野菜を売り切れるかどうか、

「廃棄は絶対に嫌!」「売り切ってみせる!」とその時以上の嫌な動悸がする。


「苺、隣街にできた大きなショッピング施設は知っているだろう?」


「うん?」


「実はだな、その影響のせいか少し経営が苦しくてな。あいつら、商店街で商いするに俺達にとっては野菜をダメにする害虫みたいなやつらだ」


 お父さんは悔しそうに拳を握りしめる。

 開店当初は多少客数が減ったけど、今ではあまり影響がないように感じていた。


「嘘言わないで下さい、邦白くにしろさん。いっちゃんのおかげで、むしろ青果店の売上や客数は伸びています。経営が苦しいのは、あなたが飲食店の方で利益度外視の商いを続けたせいでしょう? しかもそれを私たちに内緒でずっと隠したりして。挙げ句の果てにいっちゃんを……」


 いつもニコニコ、のほほんと優しいお母さんの苦言。

 これは本気で怒っている証拠だ。

 現にお父さんは額や首から大量の汗を流し始めた。


 でもそっか。道理で安すぎると思った。

 売るだけ赤字が増える程に安く、大盛りでいて美味しい。

 そりゃ連日繁盛する。


「――いやちょっと待って! 私がなに?」


「すまん! 苺!!」


 うるさい、いきなり何? 大きな声や音のせいで笑住が驚いたでしょ!?


「いっちゃん、体には気を付けてね。イチゴは食べたら駄目だからね」


 お母さん?

 だからといって、みかんを手渡されても困る。私は説明がほしいよ。


「お姉ちゃんの部屋貰っていい?」


 笑住? それじゃまるで私が家から出て行くみたいな質問だよ?


「ふふふっ、苺ちゃん。三年間よろしくね」


 私を抱き寄せる大道寺さん。

 綺麗な大人の人に対して失礼かもしれないけど笑顔が可愛い。そして良い匂い。あと柔らかい。ギュッと抱き返したくなっちゃう……


 ……じゃないっ!

 え、もしかして私だけ何も知らないの?


「ええっと、三年間?」

「説明するわね――」


 大道寺さんは私の頭を撫でながら教えてくれた。

 大道寺さんは様々な会社を経営しているらしく、お父さんは飲食店を開くのに融資を受けていた。だが青果店の利益だけでは赤字の補填ができず、とうとう返済が滞り始めた。

 借金返済を待つのに、大道寺さんはお父さんへ条件を突き付けた。


「苺ちゃんには、私が運営する神奈川県の鎌倉にある私立鎌倉日坂高等学校へ入学してもらいます」


 ふーん、確かそこって担任の先生がやけに強く推していた高校だったな。

 偶然?


「……私、進学は考えていなくて、それに借金するくらいだからお金とか?」


「掛かる費用については私が全て負担するから心配いらないわ」


 凄い、太っ腹。それならいいのかな? いきなり過ぎてよく分からなくなってきた。


「……私、笑住が心配で?」

「わたしもお姉ちゃんと離れるのは寂しいよ」


 そうだよねっ、それならっっ!?


「――でも、いい機会じゃないかな? いい加減に妹離れした方がいいと思うし。最初は寂しいって言ったけど、毎晩毎晩、布団に入り込んで抱き枕にされると疲れちゃうよ」


「そ、そんな寂しいこと言わないでっ!?」


「だってお姉ちゃん寝相も悪いんだもん。だから、ね? 苺お姉ちゃんっ」


 う、うう、首を傾げる笑住が可愛いよぉ、ずるいよぉ、でもお姉ちゃん泣いちゃうっ!


「……大道寺さんにどんなメリットが?」


「週に一度でいいの。私のために美味しい野菜料理を振る舞ってほしいなって。私にとってはただの栄養だった野菜が、苺ちゃんと出会ってからは大切なものに変わった。今ではすっかり苺ちゃんのファンになっちゃったの」


 豪胆だなぁ、お金持ちのお金の使い方って感じ。

 バグってる。


 でも私ってただの野菜オタクですよ?


「……私、菜花なのかちゃんと離れたくないな?」

「春乃菜花さんなら、間違いなく苺ちゃんに付いて来てくれるわ」


 私もそんな気がする。


「……私、その――――」


 気付いてしまった。お父さん、お母さん、笑住、大道寺さんの全員が結託していることを。王手にかかった状況だということを。というか詰みだ。


「いっちゃん、大道寺さんはいっちゃんを尊重してくれるからお母さんも安心なの。県外はちょっと驚いちゃったけど、高校は通ってもいいんじゃないかな? 将来、家を継ぐつもりなら見識を広げることは悪くないと思うわよ」


 分かる、理解できる。

 借金の返済を待つだけでなく利子までなくしてくれた。

 おまけに三年間の生活を保障してくれて、至れり尽くせりで怖すぎるくらいだ。


 家を継ぎ、世界中の野菜を使った料理で野菜の魅力を伝えるという私の夢にも繋がる。

 断る理由というか断れない状況など最初から分かっているけど――


 笑住と離れたくない。

 私は地元が大好きなのぉ~~~~!!!!!!


 と、そんな我儘など言えるわけもない私「甘王苺」は父の借金の担保として、大道寺さん改め「大道寺静香だいどうじしずか」様へ差し出されることになった。


「ふふ、正式な手続きを踏みました。よろしくね、苺ちゃん」


 大人ってこわいっ!


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