名札のスイッチ

男子トイレの前でスカートを下ろしかけてから大体一時間、社会の授業が終わっただがまだ黒板の内容をノートに書かなければならないので誰も立ち上がらない。

するとチャイムが鳴ったとたん後ろから鶴谷瀬楽がひょっこり顔を出した。

まだみんなノートを纏めている途中なので皆がちょっとチラ見してまたノートにペンを滑らせている 先生も何か言いそうになるが一様授業は終わったので少し疑いの目を向けながら教室を出ていく。

この学校の先生は生徒の事情もあってか生徒間でトラブルが合っても関わってこない。特に寮生は 僕がスカートを下ろしかけたのに何も言われないのもその為だ、先生よりも年上の糸真の生徒の方がよっぽど叱ってくれるし助けてくれる。

相葉が吉場先生に目を向けていると鶴谷は相葉の耳に囁く様に口を近づけ手で覆った。

鶴谷は変だチャイムが鳴っても皆がまだ授業の延長線にいるのに彼女だけ休み時間が来ている そのくせ耳に囁くという配慮をする。「ねぇイサオくん 何でさっきスカート下ろそうとしたの 本当に見せようとしたの?」 やっぱりそうだよな、そこだよな気になるのは

「見せるつもりは無かったよ あの人が止めてくれると思ってたから」相葉はまだ書ききれていないノートを埋める「止めなかったらそのまま? 」彼女は相葉の机に勝手に顎を乗せ顔を覗いてくる「そーだよ」肯定すると目をかっ開いて信じられないと言いたげにガン見された「やっべーじゃん」

相葉と鶴谷がコソコソ話をしているとそろそろみんなノートを埋め終わったのか近くの人と話し込んだりトイレへ行ったり用事もなく廊下へ出たりしていた、「ねぇ何の話せてるの」飴田恩さんだ、特に誰かと濃い仲を作る訳でもなく気の向くままに色んな人に声を掛けている人。 「さっきイサオくんがトイレの前でオモネちゃんと話してたでしょ その話してたの」飴田は鶴谷の言葉に耳を貸しながら相葉を見る「なるほどね」何かに納得した。 相葉は みんな見てたしなという思いとやり場の無い今更な恥ずかしさで頬が熱くなった気がした。

相葉が自分のしでかし掛けた出来事にむず痒がりつつも飴田さん鶴谷さんと話していると クラスメイトの視線が教室後ろの扉に集まっていることに気づく。オモネちゃんだ、どうしたんだろ 好きな人がこのクラスに居るとか?なんかソワソワしてるし マジで!? いっつも友達と居るのに今日は1人で何しに来たんだろ 確かにー 話しかけに行こうよ。 相葉は思った 他クラスに行く事はそんな珍しい事ではないのに来るだけでみんなに話されるほどの人気がある人なのかと

そんな僕も気になってみんなと同じ様に視線の先を追うがより先に「失礼します イサオくんは居ますか」と言う声が皆の視線の先から聞こえて来た。驚いて思い切り振り返ると鶴谷さんと飴田さんが なるほどなと言いそうな顔で僕とあの子を交互に見ている。さっきの事で抗議でもしに来たのだろうか、アレについて文句を言われても返す言葉が無くは無いがだいぶ苦しい ヒヤヒヤしながら名乗りを上げようか腰を宙にして迷っていると そばの影が動く気配がする「どしたのオモネちゃん」飴田が相葉と鶴谷の側からスルリと離れ凛道の元へ寄っていっていた。 「メグちゃんこのクラスだったんだ」凛道は安心した様な驚いた様な顔で飴田を出迎える そーだよー あとイサオくんならそこの席に居るよ 期せずして売られた気がした


相葉と凛道はクラスメイトの嬉々とした視線と言葉を浴びながら廊下に出ると、人気の無い階段下まで歩いた。教室を出る前に飴田さんと鶴谷さんに助けを求めたが飴田さんはニコニコしながら見送って鶴谷さんは口を笑わせていたが目が笑っていなかった、彼女はたまに怖い 何かを隠す様なでも気づく人には気付かせる愛想笑いをする。

階段下の裏まで来はしたが2人の中には気まずい空気が舞っていた。このままではダメだと空気を壊す様に僕は頭を下げる「ごめんさっきはひどい事しかけて」 彼女はびくっと体を震わせたが、その震えは恐怖では無いらしく 「イサオくんが謝る事じゃないでしょ アタシがあんなこと言わなきゃ良かっただけだし だから アタシこそごめんなさい」 僕は少し頭を上げて彼女の顔を確認する、明るく長い髪をぱっと見サイドテールに見える様にまとめている。表情のよく分かる血色のいい唇と髪の色に似た瞳 この人が人気な理由が分かった気がした。 自分が悪いとハッキリ言える性格と 誰が見ても好印象になるであろう容姿。 僕が見つめていると伏せていた目が前を向き目が合う「アタシの名前 凛道阿 《リンドウオモネ》って言うの イサオくん貴方の名前は」

突然で驚いたが僕は脊髄反射で答えた 「名前って知ってるじゃんイサオっ言い切る前に凛道さんが僕の両肩を叩いた 「違う!! そんなもん知っとる!漢字とか名字とかさそういうのが知りたいんだよ!イサオくん名札のスイッチ消してるじゃん」

この学校ではボタン一つで隠せる名札を採用している、隠す理由は一貫校ゆえの保護者からの心配の声による配慮 、数年前に1人の糸真生徒が年上の生徒に好意からくる嫌がらせを受け、その嫌がらせのきっかけになったのが名札の個人情報によるものだった。あ、そうかそういえばそうだったなと思い僕は名札の横についたボタンを押して見せた。「相葉沙終 すごい名前だね」 自分から聞いておいて凛道さんは不思議そうに驚く 「あいばいさおだよ」もう一度言う 「沙終くん–––か 」目を伏せ口元を歪ませる彼女を僕は少し気持ち悪いと思ってしまった。


休み時間が終わる数分前に僕らはお互いのクラスに戻った

戻ると鶴谷さんが駆け寄って来て口を開いた、が 名札を見て口を閉じた。

「オモネちゃんに見せたんだね名札」 少し黙ってから出た言葉はそれだった。

「え」 僕は名札を見る スイッチは付いたままだった。

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