ひな人形と言えば、こんな話があるよ

加藤ゆたか / Kato Yutaka

ひな人形と言えば、こんな話があるよ

 三月。卒業と別れの季節。

 私、神崎春花が高校を卒業したのは、つい四日前のことである。

 春からの新しい生活はもう決まっていて、私は大学に進学し、県外で一人暮らしを始める予定だ。

 今日はそんな私の引っ越しの荷物をまとめる手伝いのため、りえ子先輩が家に来てくれていた。


「いやあ、光栄だね。後輩の晴れの門出に立ち会えるなんて。」

「いえ、こちらこそ。わざわざ来てくれるなんて思ってなくて。ありがとうございます。」


 りえ子先輩は私が所属していたミステリー研究部の部長だった。高校を卒業後は地元の大学に進学していて、私もたまに連絡を取り合っていた。

 ずっと親元を離れたことのない私が、本当に一人でやっていけるのか。

 少しの期待と少しの不安。

 先日、私はそんな気持ちをちらりと、りえ子先輩にこぼしてしまった。

 先輩はすぐに私のところへ会いに来ると言ってくれた。


 ——引っ越し。大変だろうから手伝うよ。


 そんな切り出し方だったけど、私のことを心配してくれているってすぐにわかった。

 そんな先輩だから、私以外の後輩にも今でも結構慕われているらしい。



「それにしても荷物、こんなに持っていくの?」

「はい。家にもずっと置いておけないし。」

「ふーん。もしかして、これも?」

「はい。」


 先輩が私の部屋の一角を指さして聞いた。

 おそらく先輩は冗談のつもりだっただろう。

 でも私は本気でそのつもりだった。


「ひな人形?」

「はい。」


 先輩があっけにとられたという顔でもう一度聞いた。

 私の答えは変わらない。

 先輩は私から視線を外して、顎に手をやって、んーっと言ってから口を開いた。


「そういや、昨日は三月三日か。ひなまつりだったね。私も昔持ってたけど、今はどこにやっちゃったかわからないや。大事なものなの?」

「はい。私が小さい頃、欲しくて欲しくて、親にねだって買ってもらったものなんです。ずっと飾っておくって言って聞かなかったって。」

「へえ。」

 

 それを聞いて興味を持ったのか、先輩は私のひな人形を珍しげに観察すると、唐突に話を切り出した。


「ひな人形と言えば、こんな話があるよ。」


     *


「これは大学のクラスメイトに聞いた話。その子は小さいころからずっと忘れられない友だちがいたんだって。幼稚園から一緒で、小学校も同じクラスで。よくお互いの家へ遊びに行ってた。その子は友だちの家に行くとき、いつも不思議に思ってたことがあったんだって。」


 先輩が私のひな人形に目をやる。


「その友だちの家では、いつもひな人形が飾ってあった。」

「……いつも?」

「うん。春だけじゃなくて、夏でも秋でも冬でも。いつ遊びに行ってもひな人形があったんだって。その子はそれがずっと気になっていてね。」

「普通は三月三日にしか出さないものだからですか?」

「そうだね。それもあるし、その友だちの親がそのひな人形をとても大事にしていてね。その子にもその友だちにも、いっさい触らせなかったらしい。その子は子どもながらに恐くて、今でも少しトラウマがあるって言ってたよ。」

「たしかにそれは不思議ですね。その友だちじゃなくて、親の方がひな人形を大事にしていたんですね。」


 先輩はこういう話をし出すと長い。

 私はひと息つこうと床に座った。

 先輩にも座布団代わりのクッションを差し出す。


「いや、ありがとう。」


 先輩はそう応えたが、座らずに話を続けた。


「それでね。その子はある時、友だちに聞いたんだって。なんでいつもひな人形を出してるの? って。友だちはなんて答えたと思う?」

「そんなの知らないですよ。」

「そう。知らないって答えたんだって。その友だちのひな人形なのに、その友だちはなんでいつも出したままなのかを知らない。それを聞いてその子は友だちに言ったんだって。それって変だよ、って。」


 先輩は私を見下ろすようにして窓際に立っている。

 窓から入る光が先輩の顔に影を作る。

 先輩はそういう演出もやるのだ。


「それでどうなったんですか?」

「うん。その子はその友だちに、片付けた方がいいよって言ったらしい。ひな人形には、三月三日を過ぎても片付けないでいると娘の婚期が遅れるなんて言い伝えもあるからね。その子は親によくそう言われて片付けをやらされていたらしい。」

「そんなの迷信ですよ。」

「まあね。でも小さかったその子は信じてたみたいだよ。そう、だからね。親切心からだったんだ。」

「……片付けたんですか?」

「その友だちの親の目を盗んで。ひな壇にのぼって。お内裏様に手をかけた。友だちと一緒に。そっと持ちあげて。おひな様が入っていたであろう木箱を見つけて、その中にしまった。」


 先輩が沈黙する。

 私は思わず息を飲んだ。

 ずっと片付けなかったひな人形。

 子どもが触るのを、親は怒るくらい嫌がった。

 きっと何か理由があったはずなのだ。

 それを子どもたちは無邪気にも破ってしまった。


「ふふ。恐くなった?」

「え? ……その後、二人には何もなかったんですか?」

「いや、親にこっぴどく叱られたらしい。」

「何か呪いとか?」

「いや? 幸いにもまだ何もないらしい。もっとも、結婚なんてのはまだ先の話だから、結果はわからないけれど。」

「はあ……。私はてっきり、ひな人形の呪いで、片付けたらその友だちが死んでしまうとか、家ごと消えてしまうとか、そういう話かと思ってました。」

「まあ、それはそれで面白いけどね。」


 りえ子先輩が目を細めていたずらっぽく笑う。

 そういう何気ない仕草が私たち後輩を惹きつけていたことを、今更ながら私は思い出した。

 

「つまりね。ひな人形は早く片付けましょうって話。もう三月四日だよ? 私は春花の婚期が遅れちゃったら悲しいよ? だって私は結婚式にも呼んでもらうつもりなんだからさ。」

「……ああ。」


 りえ子先輩。

 私は私のひな人形を見てから、申し訳ない気持ちで先輩に答えた。

 

「あの……先輩。これ、私もずっと出しっぱなしだって言ったら、どうします?」

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ひな人形と言えば、こんな話があるよ 加藤ゆたか / Kato Yutaka @yutaka_kato

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