第14話 次の大家

大家が死去したからといって通村が葬儀に参列する必要はない。

ただ、としゑの言葉通り、突然の訃報に通村は呆然とした日々を送っていた。


トントン。

インターホンさえ備え付けられていないアパートのドアをノックする音が聞こえる。

「通村さん、いますか?」

聞いたことのない男性の声だ。通村は疑心暗鬼に陥っていた。

聞こえる声、音が、本当に現実のものなのか、その見極めが難しくなっていた。


トン、トン、トン。

「すいません、新しく大家になったものです。借金の取り立てではないですから安心してください」

声に反応して立ち上がった通村は、ふと動きを止めた。


借金の取り立て?

どうしてそんなことを知っている?

亡くなった大家が余計なことを吹き込んだのか?


頭の中がぐるぐると回るが、このままでは埒があかない。

通村は恐る恐るドアへ近づくと、「は、はい」と情けない声を上げた。


「どうも。私はこの度、新しく大家になった赤木と言います」

前髪が薄く、酷く華奢に見える男性は、にこやかな笑みを浮かべると握手を求めるように手を差し出してきた。

「ああ、そうですか、それはご丁寧にどうもありがとうございます」

握手はしない。通村にはこの男は信用できないという直感が働いていた。

「私は亡くなった母の次男なんです。まあ、大家が不在というわけにはいかないでの、この度、私が正式に大家に就任したんです」


大家の赤木。

不動産会社の青木。

これで黄色が揃えば信号機の出来上がりだ。仮に出会ったとしても胡散臭い人間だろう。


「私は母のように厳しい取り立てはしません。どうかご安心ください」

そうは言うが、通村ニには赤木の目が笑っていないことに気付いた。

「しかし、通村さんは家賃を滞納する常習犯、いえ、言葉が過ぎましたね。結構な頻度で滞納していたようですね」

言葉を変えたところで、意味は変わらない。

通村は俯いたまま、「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と小さく呟いた。

「いえいえ、別に責めているわけじゃないんです。まあ、どうしていきなり滞っていた家賃がいきなり支払われたのかのは気になりますが・・・」

そのとき、赤木はドア越しに通村の部屋の中を覗き見た。

「変なことを聞くようですが、通村さんはお独りで住んでいらっしゃるんですよね?」

「ええ、まあ・・・」


赤木の意図がわからない。

ワンルームの、しかも古いアパートだ。風呂はついているが、なぜかお湯が出にくく、通村は銭湯に通うことが多かった。

そんな部屋で同棲するというのは、なかなかに難しいだろう。


「失礼しました。それでは今後ともよろしくお願いします」

赤木はぺこりとお辞儀をすると、静かにドアを閉めた。

足音が遠ざかる。通村はこのやりとりだけでやたらと疲れていた。


『通村さん、あの人には気をつけないといかんね』

『としゑさんもそう思ったの?私もそう。洋二、あいつは何か変よ』


ミナミととしゑが世間話をしているようで、妙な感覚に襲われる。

 

「言われるまでもないさ。俺だって冷や汗が止まらない」

通村は蛇に睨まれた蛙のように委縮していた。


これならば、前の大家に長生きして欲しかった。

通村は不謹慎だとわかっていながら、そう思ってしまった。

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