第13話 命の灯
通村は青木の言う通り、次の案件に移った。
イージーモードとはいえ、また孤独死の物件だ。
気が重いがやるしかない。通村はアパートに戻ると、コンビニで買った缶ビールを喉に流しこんだ。
トン、トン、
ドン、ドン、ドン。
ドアを叩く音が聞こえる。
最初は遠慮しているように聞こえたが、段々と強くなっていく。
「おい、ミナミ、大丈夫だよな?」
『大丈夫ってどういうことよ?』
「だから、俺が何か連れて帰ってきてないかってことだよ!」
『あ、そういうことね。平気じゃない?』
ミナミの物言いは他人事だ。同居していると言ってもおかしくない関係ないのに、随分と冷たい。
「通村さん、いるんでしょ?」
聞こえてきたのは、大家の声だ。家賃を滞納していた通村が悪いのだが、大家は年配の女性で、底意地の悪そうな顔をしていた。
「はい、今、開けます」
バタン、ドアを開けると、大家は泥棒でも見るような疑いの眼差しを向けていた。
「家賃を払ってくれるのは有り難いんだけど、あんた、随分と羽振りが良いみたいだね?まさか、変なことをしていないだろうね?」
まるで通村が犯罪を犯しているような物言いだ。青木はアルバイトのことを話していないので、金の出どころを大家が知るはずがない。しかし、大家の言葉には棘があり過ぎた。
「大家さん。そういう言い方は・・・」
『通村さん、もうよしな。この婆さんはもう長くないよ。言わせておけばいいんだ』
ミナミではない。としゑの声が通村の頭の中で響き渡る。
「なっ!」
「なんだい、素っ頓狂な声をだして。ともかく、厄介事は御免だからね」
大家は忌々しそうな顔をして、「あー、嫌だ、嫌だ」とわざわざ声をだして通村の部屋を後にした。
「としゑさん、どういうことですか?」
『どうもこうもないよ。あの婆さん、近々、死ぬよ』
恐ろしいことを平然と言ってのける。
「ミナミ、おい、どういうことだよ?」
『私に聞かれてもわからないわよ。でも、としゑさんがそう言うなら、その通りなんでしょ?』
『あの婆さんは成仏できるといいねえ』
としゑは、寂しそうに、祈るように、そっと呟いた。
通村の中で会議が開かれているよう錯覚に襲われる。
あの婆さんは成仏できるといい。
それはとしゑが成仏できていないということではないのか?
としゑに問い質したいが、怖くて聞くことができない。
通村は汚れの目立つ万年布団に飛び込むと両手で耳を塞いだ。
自分の体が何か別の物に浸食されていく。
いつか、自分が自分でなくなってしまう。
考えないようにしても、頭にこびり付いて離れない。
✦
青木から2件目の依頼を受けた翌日。
大家は心筋梗塞で、この世を去った。
その事実が青木を酷く狼狽させたが、もう後戻りはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます