第10話 吸収

今までの出来事が嘘のように静まり返った部屋。

しかし、明らかに違うのは、よれよれのパジャマを身に纏った白髪の老婆の姿が通村に視えてしまっているということだ。


「旦那が死んだときに私も死ぬべきだった」

「子供たちは恩知らずなんだよ・・・」

「薄情者たちが。そんなに私のことが邪魔なのかい・・・」

「寂しいよ。お父さん、早く会いたいよ」


恐らく通村の首を締めあげていただろう老婆は、まるで別人のように力なく頷き、愚痴と怨嗟の声を上げ続けた。


老婆は両手は顔にあてて、幼子のように泣きじゃくっている。

通村は呆気にとられ、だらしなく口をポカンとあけていた。


『もう、大丈夫。寂しかったね。悲しかったね。わかるよ、だからもう泣かないで、おばあちゃん』

ミナミの励ます声が聞こえる。老婆の姿は視認できるのに、ミナミの姿を見つけることができない。


『ええと、凄く言い難いんだけど、洋二、あんたの中にお婆さんをしまいこむから』

「はあ?何を言っているんだ?しまうってどういうことだよ!」

『言葉通りよ。あんたがおばあさんを連れていくの』

「ちょ、ちょっと待った!ますます意味がわからないぞ!」

『意味なんかわからなくていいの。もう諦めなさい』

「ぐあ・・・」

通村は突然、金縛りにあったように動くことができなくなった。


体が暖かい。心地良い暖かさが徐々に熱を帯び、熱いへ変化する。

通村の眼前に黄色い球体が浮かび上がり、通村の意思とは関係なく、形を変えずに体の中に溶けていく。


「はあ、はあ」

鎖でつながれていたように身動きできなかった通村の体に自由が戻る。


『はあ、疲れた・・・ほら、終わったわよ』

何が終わったのか、通村には何もわからなかったが、ミナミの声は酷く疲れているように聞こえる。


「ミナミ!説明をしろって!」

通村が語気を強めると返ってきたのはミナミの言葉ではなかった。

「通村さんっていうのかい?ごめんね、迷惑をかけて」

ミナミではない声が聞こえる。声質で年配の女性だということがわかる。


通村は言い知れぬ恐怖で体を震わせた。


感覚でわかる。語りかけてきた人物が、先ほどまで自分の首を絞めていたということが。


しかし、殺意は感じない。恨みや辛みなどの負の感情もないように思える。


『洋二、まあ、そういうことだから』

「まてまて、何がなんだ?」

『そんなに興奮しないの。少しの間だけ、あんたの体を間借りさせてあげるだけなんだから』


間借りだと?

俺の体を?


ハンドミキサーでメレンゲを泡立てるように忙しく頭を回転させるが、ぐちゃぐちゃになるだけで何もわからない。


理解はできないが、ミナミではない、別の人間の存在を感じとってしまう。


『通村さん、さっきは酷いことをしてすまなかったね。私のことはとしゑと呼んでおくれ』

老婆が優しく語りかけてくるが、それは決して喜ばしいことではなかった。」


ミナミ、としゑ・・・同居人が増えてしまった。

ミナミの存在さえわからないのに、今度も見たことも聞いたこともない老婆だ。


通村は借金を作ってしまったことを深く後悔した。

しかし、それは後の祭りだった。

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