第2話 訳アリのアリ

「通村さん、事故物件ってご存じですよね?」

「ええ、まあ、聞いたことはあります」

「それじゃ話は早い。通村さんにはその事故物件に入居してもらって、一定期間住んで頂きたいんです」


事故物件のアルバイト。

通村はその話を聞いたことがあった。


自殺、他殺、事故死、自然死は対応が異なるようだが、とにかく、そこで人が死んでいる。

しかし、そうなると次の入居者にそのことを告知しなければならない。

告知は義務化されているのかどうか、通村にはその辺りのことを詳しく知らなかった。だが、入居者希望者に何も伝えないのは、さすがにまずいはずだ。


解決方法としては、次の入居者の前に誰か別の人間がそこで一定期間生活すれば告知義務は消える。確か、そんな内容だったはずだ。


通村は自分の知っている知識を青木に話して整合性をとろうとした。

「よく知っていますね。そうです。ただ、これってかなりグレーゾーンで、うちみたいな不動産業にはリスクが高いんです」

「それじゃ、ダメなんじゃないんですか?」

「まあまあ、通村さん、話を最後まで聞いてください」

青木は宥めるように声を和らげた。


「ちょっと異質なケースなんですけど、通村さんには一時的に入居してもらう。これは確定事項です。それとなんですが・・・」

青木は急に歯切れが悪くなり、申し訳なさそうに通村は見つめた。

「実験というと聞こえが悪いんですけど、通村さんにそこで住んでもらって実際にどういうことが起こるのか、それが知りたいんです」

「どういうことって、それこそどういうことですか?」

通村にも青木が何を言いたいのか察しがついていたが、本人の口からきちんと説明してもらわれなければならない。


「そんなに怖い顔をしないでくださいよ。通村さんだって家賃を滞納して返す当てもないんでしょ?」

「まあ、確かにそれはそうです」

青木は突進してくる猛牛を振り払うように通村の突進を避けると、核心について話を始めた。


「その、うちの会社が、いえ、余所の所もそうなんですけど、結構ヤバイところがあって・・・」

「ヤバイって・・・要するに、怪奇現象が起きるということですか?」

「いやいや、そこまで大袈裟なことじゃないんですけど、誰が入っても1日もたないんです。こんなところにはいられないって青ざめた顔をして逃げていっちゃうんです」


「はあ・・・」

通村は盛大に溜め息を吐いて、肩を落とした。

「僕に選択肢はないですよね?」

通村は青木を見つめて小さく呟いた。

「いや、そういうわけじゃないんですけど、この方法がお互いにとって得になる。要するにwin-winだと私は思っています」


青木は明らかに通村を誘導している。

これはwin-winの関係にはならない。

しかし、金の無い通村には他に道はない。


「少しだけ考えさせてください」

通村はそう言って立ち上がると、青木が口をつけたお茶が入ったコップを握り締め、銭湯で風呂上りに牛乳を飲むように、腰に手をあてて喉に流しこんだ。


『洋二。私は止めたほうが良いと思うけど』

通村だけに聞こえる声の主は、諭すように、そして悔やむように何度も同じ言葉を繰り返した。



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