第9話 滝川の本気の怒り

電車に乗った滝川だったが満席だったのでつり革につかまって立っていると臀部に違和感を覚えたので窓に映る自分の姿を確認すると男に尻を撫でられていた。滝川はいい尻をしていると褒められることが多く戯れに女子からも触られることもあるのだが、まさかそれを中年男性からされるとは思ってはいなかった。

痴漢であることは間違いはなく、男は気づかれないと思っているのか気づかれてもいいと考えているのか尻から手を離そうとはしない。

その状態から三十分が経過した。

満席で密着状態だし偶然触れたとでも言い訳をすれば確かに通用しそうな雰囲気ではあるが、確信犯を見逃すわけにはいかない。

怒りや悲しみなど様々な感情が滝川の心に去来した。

その場で逆腕を取ったり手首の関節を外すことは簡単だ。体の自由を奪って警察に突き出すこともできるだろうが根本的な解決になれるとは考えられなかったし、彼に家族がいた場合悲しみが悲しみを生むだけだとも考えられた。そこで滝川はこれ以上被害者を出さない選択肢を取った。

電車が駅に停車した時間を狙って一瞬で男の耳元に顔を寄せて囁く。


「私以外にはしないように」


滝川の青い瞳から発せられる言葉にできぬほどの圧力――決して怖い顔をしているだけではなく口調も穏やかながら――圧倒的な畏怖を刻み込まれた男は顔中から滝のような汗を流し口を半開きにし、手を小刻みに震わせることしかできない。

念には念を入れて彼の手首を掴んで関節を外す。通常ではありえない方向に曲がる手首を見させられ、男は激痛で言葉を発することもできず目を見開くことしかできない。

すぐに関節を元に戻した。次同じようなことをしたらこうなると無言のメッセージを込めたのだ。彼の脳髄にまでトラウマを叩き込んだ滝川は踵を返して電車を降りた。

これでもうあの男は痴漢をすることはないだろう。

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