第8話 食べ方が汚いところも好き
滝川の声は穏やかで耳によく浸透する。
小鳥のさえずりよりも公太の耳に明確な意味をもって届き、彼の目を覚まさせた。
大きく伸びをして隣を見ると滝川が美しい笑顔を見せていた。
公太は目を擦ってから言った。
「おはよう」
「おはよう。公太君。朝ごはんできているけど、食べるかな」
「うん。お姫様抱っこ、して?」
目を潤ませて訴える公太に滝川は優雅に彼をお姫様抱っこにして部屋を出て、階段の手すりを滑って食卓に風のような速さで到着すると、あらかじめ引いてあった椅子に彼を座らせた。
対面に座った滝川はぱくぱくと食べる公太をうっとりと眺めた。
「口にジャムがついてるよ」
「え?」
「ほら、取れたよ」
身を乗り出して公太の顔をナプキンで拭く。
「ありがとう」
「どういたしまして」
よほどお腹が空いていたのか無我夢中で食べる公太のティーカップにさりげなく紅茶のおかわりを追加する。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかった」
「喜んでもらえて私も作り甲斐があるよ」
公太の食べた方は食べかすをこぼしたり口の周りを汚したり音を立ててスープを飲んだりと上品とは程遠く非常に子供っぽいのだが、滝川には彼の食べた方は素直で正直で魅力的に思えた。
行儀にとらわれ食べ物の味がわからなくなるよりよっぽどいい。
両親や親族が何度も彼の食べ方を矯正させようと骨を折ったのだが、結局彼は上品な食べ方を習得することはできなかった。
ふと滝川の脳裏に夜桜家の食事会に招かれたことがよぎった。
上品な所作で食べる滝川を見て、夜桜の叔母がぽつりと言った。
「公太も麗ちゃんを少しは見習ってほしいんだけどねぇ」
滝川はフルフルと首を振って。
「私は彼の食べ方は素敵だと思います。公太君は公太君のままでいてほしいです」
「そう……」
叔母は何を思ったのか、滝川を不思議そうに見てから話題を変えた。
「滝川?」
公太の声で滝川は現実に引き戻される。
過去を振り返っても仕方がない。幸せな今の方がずっと大切だ。
滝川は意図的に口角を持ち上げて。
「公太君、今日は何をして遊ぼうか」
「テレビゲームする?」
「うん。やろう」
「手加減はしないでね」
眼鏡のブリッジを指で持ち上げて滝川は微笑した。
「もちろんだよ」
この日、ふたりは飽きるまでテレビゲームで遊んだ。
家が隣同士で他の家族もいないので好きなだけ遊ぶことができた。
ふたりで遊ぶ休日が滝川にとっては何よりも尊い時間なのだ。
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