親も同然、子も同然① 「大家と店子」

ハマハマ

ひなまつりに草餅を。


 お……?

 お前さん、もしかして末吉まつきちかい?


 よく見りゃ確かに末吉だ。なんだってんだ、一年も経ってから姿見せるたぁ一体いってえどういう了見だい。


 こんなとこじゃ人目がわりいや。ま、上がんなよ。


 それにしたって末吉。

 そりゃ大家のわたしのとこに顔出そうってのは殊勝なことで結構だがな。丸一年も放っておいてほっぽっといてよ、恋女房のお栄ちゃんや子どもら差し置いてわたしんとこに顔見せるってのはどうかと思うぞ。


 ん? なんだいボソボソ喋りやがって。

 なんでぇ、一旦は顔出したってのかい。けどダメだったって? そりゃまぁダメなこともあるだろうけどよ、だからってサクッと諦めちまっちゃどうにもなんねぇだろうによ。


 だからボソボソ喋ってるんじゃねぇよ。聞き取りにくくてかなわねえっての。


 お? おぅそうだったな。あんな事があったちょうど一年前も、確かに雛祭りが目前に迫ったこの時期だった。


 末吉よ、お前さんとこのお千代ちよちゃんも楽しみにしてたんだぜ?

 いまいくつだ、おぅそうだ六つになったとこだったよな。

 普通ならお前さん、母娘ははこで紙雛こさえてよ、てて親はどこぞで草餅のひとつもあがなって帰る。ここらじゃ大体みんなそうさ。


 なのにお前さんは急に居なくなっちまいやがるもんだからよ、兄貴の平助にしたってまだちいせいしよ、おえいちゃんは女手ひとつでてんてこ舞いよ。

 そのあたりどう考えてやがるのさ末吉よ。


 ん? そうかよ、反省してやがるってか。

 しかし聞き取りにくくてかなわねぇなお前さんの声はよ。もうちょいと腹に力入れて喋んなよ。


 そんで? ほう? 去年の雛祭りを取り返してぇ、やり直してぇ? そりゃ良いじゃねえか。


 だからわたしんとこ?

 そりゃ筋が通ってやがるな、分かった。

 大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然。ひと肌脱ぐのにいなやは無えよ。


 わたしに出来ることならしてやるよ。なんでも言ってみな。言うだけならタダだかんな。


 草餅? そりゃそれくらいならわたしが買ってやるのは構わねえがな、わたしのおあしで贖ってお前さんは満足なのかよ?


 なに? 井戸? 明日朝イチで水汲んでくれ、だと?


 そうだお前さん井戸で思い出した。

 あんなとこに落っこちやがるもんだからこちとら難儀したんだぞ。

 幸い夏のことでも無えしひと晩のことだったしで大したことないってなもんだけどよ、幾らなんでもそのまま水使うには気持ちのいいもんじゃねぇ。

 一旦ぜんぶ水さらってよ、苦労したんだぜ。


 しかしお前さん、なんだって井戸なんぞに落っこっちまったんでえ? 

 あ、おいこら――……

 なんでぇ、消えちまいやがった――





 ――てな事が昨夜あってよ、末吉の言う通りに井戸水汲んでみりゃ桶にコロンと一朱銀よ。

 ちと草餅には額が大き過ぎるからよ、お千代坊が嫁に行くまでわたしが毎年草餅買って届けさせて貰うからね。


 なに良いってことよ。大家と言えば親も同然、ってヤツさ――






 そんでなんでえ末吉。

 お前さん心置きなく成仏したんじゃねえのかよ。


 そりゃまぁ構わねえよ。どうせ男やもめのひとり暮らし。お化けの一人や二人、そう嵩張かさばるもんじゃねえ。心残りがなくなるまで居りゃ良いさ。


 ってのも大変だね、だと?


 まぁもう慣れたよ。

 お前さんみたいな店子はこれまでもたくさん居たからね。


 気ぃ遣ってくれるってんならよ、とっとと成仏してくれりゃ、そいつが何よりの大家孝行ってなもんさ。

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親も同然、子も同然① 「大家と店子」 ハマハマ @hamahamanji

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