今日は楽しいひな祭り

星来 香文子

彼女は歌い、笑う


「あかりをつけましょ、爆弾に。ドカンと一発、ハゲ頭」

「————ちょっと、やめてくれる?」

「何がですか?」

「その、替え歌よ。雛人形飾っている間に歌われたら、なんだかバチが当たりそうで嫌なんだけど……」


 私たちが暮らしている町にある公民館では、毎年、三月三日のひな祭りに合わせて、七段の雛人形を飾っている。

 昔から伝統的に、雛人形を飾るのは女性職員だけと決まっていて、去年まで取り仕切っていた所謂お局の職員が退職したため、その役割が今年から私たちに回って来た。

 私と一緒に担当している同僚の桃野もものは、そのお局職員の姪っ子らしい。


 叔母から色々と仕込まれているだろうと、頼りにしていたのだが、去年の写真を見ながら、人形の位置を確認して飾っている最中、桃野はずっと小学生のような替え歌を口ずさんでいた。


「ただの人形ですよ? 呪いの人形ってわけでもないんですから、大げさな」

「いや、それは、そうなんだけど……」


 閉館後に設置しているため、館内の照明は最低限しかついていなくて、薄暗い。

 私は昔から、こういう日本人形的なものを見ると、どこか怖いと思ってしまうところがあって、本当は触るのもなんだか緊張してしまう。


「なんというか、不謹慎な気がするのよ。こういうのって、ほら、子供の成長を願うものじゃない?」

「真面目ですねぇ、そんなに気にしなくても。ただの替え歌ですし。それに、あたし、ひな祭りって大っ嫌いなんですよね。いい思い出が何もない」

「なにそれ、どういうこと?」

「むしろ、恨みしかないというか……本当に、ドカンと一発爆発でもしてくれればいいのに」


 なんてことを言い出すんだ。


「あたし、誕生日が三月三日なんです」

「誕生日が? ああ、わかった。あれでしょ? クリスマスが誕生日の人がクリスマスケーキと自分の誕生日ケーキが一緒にされて損した気分になる的な」

「それもありますけど、違います。ひな祭りの日に生まれたから、節子せつこなんて名前をつけられて……」


 確かに、若いのに節子だなんて随分古風な名前だなとは思っていたけれど、そういう理由だったのかと驚いた。

 もし私が親だったら、そんな名前はつけない。


「あたしの年代なら、せめてヒナコじゃないですか。ひな祭りに生まれているんだし、年代的な流行があるじゃないですか」

「そうね、うちの子も三月三日生まれだから、陽菜ひなだし」

「あら、同じ誕生日なんですね。いいなぁ、普通そうですよ。可愛い名前で羨ましい限りです。あたしなんて、節子です。この名前のせいで、あたしは『火垂るの墓』が金曜ロードショーで放送されるたびに、からかわれるようになった……というのが、一つ目の恨みです」

「やっぱり恨みなんだ。二つ目は?」

「あたしの叔母は、三月三日が近づくと、毎年家に来て私の部屋にこれとおんなじ、七段の雛人形を飾りに来るんです。あたしの部屋ですよ? たった六畳。兄のお下がりの無駄に大きい学習机とベッドがあるから、そんなに広くもない部屋です。そのせいで、部屋の半分が雛人形で塞がれます。このサイズですからね、めちゃくちゃ邪魔でした」


 桃野には上に少し年の離れた兄が一人いて、兄が大学生になって実家を出るまで、リビングと直結している和室が桃野の部屋だったらしい。

 他の家族の洋服ダンスも置いてあったらしく、ただでさえ窮屈な思いをしていたのに、ひな祭りになると自分のスペースがさらに狭まったのだそうだ。


「叔母さんのところは、子供が三人いて、三人とも男でしたからね。次男が検診の時に女の子だって言われていたらしくて、それで生まれる前から雛人形……それも、七段のクソでかいやつを頼んでしまっていて、それがあたしの部屋に。本当に迷惑でした。これが二つ目の恨みです。そして、三つ目が」


 まだあるんだ。


「初めてできた彼氏に、奥さんと子供がいると判明した日です」

「……はい?」


 予想外の話が飛んで来て、私は思わず左大臣の人形を落としそうになった。


「かわいい女の子でした」

「いや、待って。それ、なんでわかったの?」


 奥さんと子供がいると判明したということは、その彼氏は独身だと嘘をついていたってことだ。

 不倫なんて最低だし、その彼氏が悪いだろうが、それが判明したのがよりにもよって、誕生日の三月三日だなんて……一体、何があったのだろうか。


「誕生日だから、てっきりお祝いしてくれるものだと思うじゃないですか。でも、その日は日曜日で、どうしても外せない用事があるからって、言われて……————あたしだって、日曜日だったので期待して予定も何一ついれてなかったんですよ。それで、仕方がないので、せめて自分で自分をお祝いしてあげるしかないなと、普段あまり行かない、ちょっとお高めのデパートのスーパーで、お惣菜でも買ってこようとしたわけです。そしたら」

「そしたら?」

「なんとそこに、彼氏がいたんですよ。奥さんと娘さんと三人で来ていて、オードブルを頼んでいたみたいで」

「うわぁ……」

「奥さんの方は、途中で少し離れたので、あたしには気づいていないようでした。なので、その隙に問い詰めたんですよ。どういうことって、この子は誰って」


 なんという修羅場。


「そしたら、そいつ、悪びれもせずに自分の娘にあたしを紹介したんですよ。『パパのお友達の節子ちゃんだよ』って。本当に最低です。あんな小さい子の前で、『あなたのパパの浮気相手だよ』なんて言えるわけないですし……というか、あたしとしては本気だったわけで————しかも、その子、ヒナちゃんっていうんですって」

「え……?」

「奥さんの躾が行き届いてるんでしょうね。ちゃんとお辞儀をして、『今日が誕生日なんです』って言ったんです。『ひな祭りが誕生日だから、ヒナちゃんって名前なんです』って」

「ちょっと、待って。それって——……」


 まさか、そんなはずがない。

 でも、娘の誕生日も名前も、名付けの理由まで一致している。

 夫が、浮気?

 不倫?

 桃野と?


 確かに、ひな祭りと誕生日のお祝いに、スーパーでオードブルを頼んだことはある。

 この街でデパートといえば、一箇所しか思い当たらない。

 確かに、お惣菜は、美味しいし、特別な日は、利用している。

 家からも近い。


 でも、そんなこと、あるはずが————




「先輩の娘さんと同じ名前ですね」


 桃野は雛人形を手に、笑いながらそう言った。


「ね、いい思い出なんて、何もないんですよ。爆発すればいいんです。ひな祭りなんて」




【おわり】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日は楽しいひな祭り 星来 香文子 @eru_melon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ