0x01:ペアでプログラミングすることをペアプロと言う。クマー、それはベア。
奥村 駿君は、私の三年あとに入社した後輩。
私は三十ニ歳。
年の差はそのまんま三つなので、奥村君は二十九歳。
後輩だけどしごでき男子なので、もうすぐ新しいプロジェクトのプログラマリーダーを任されそうである。
入社当初は丁寧で人当たりの良い子だなあと思っていたけど、気づけば私に対してはフランクかつ容赦ない。
おかしいな?
私だって、一応奥村君の先輩だゾ!
なのになんで??
先輩感皆無だから!?
あと、どうしてこうなったのか、私にもよくわからないのだけど……。
「……」
奥村君はいま、私のデスクでキーボードをガッツリ掴んでディスプレイと睨みあっています。
「……」
つまり私は、手持ちぶたさん。
席に座ったまま、うさぬいをギュッとして身を縮こませているのです……。
席ぎゅーぎゅー!
「……ほえー……」
いやあの、大変助かるけど、それ私の仕事では?
厳密に言うとバグを残して早々に帰った罪深き者の仕事だけど、奥村君がやることではない!
「外川さんとペアプロするの、久しぶりですね」
説明しよう! ペアプロとは!
そのまんまだけど二人ペアになってやるプログラミングのことである!
厳密には今の状況はペアプロとは言い難い。
なぜならば、奥村君がキーボードを占拠していて、私は隣でじーっと見てるだけだからである!
「そ、そだクマねー」
「それは
「……」
「……」
「あっ、奥村君ストップストップ! 今それっぽいのあったよ」
「えっ、どれですか?」
「もうちょっと上にスクロールして……ううん、キーボード返してぇ……」
「エラー見終わるまでちょっと待ってください」
ぴえん。
助けてくれるのは良いけど、距離が……居場所が……。
「……ねえ奥村君」
「なんですか?」
「距離、近くありませんか?」
「そんなことないですよ?」
そんなことあると思うんだけどなああ〜〜!!
距離近すぎていたたまれない!
キーボードが奪われたので、私は隣でぼーっと見ていることしかできない! 悲しい!
はっ! そうか!
距離感については私が席から離れれば良いんだ! これは天才の発想だね!!
椅子を引いてすすすーっと遠ざかろうとしたけど、何故か奥村君に椅子の背もたれをガッ! とつかまれてしまった!
「ぬるぽ!!」
「はいはい。ガッ。エラー吐いて遠ざからないでください」
またまた説明しよう!
我々の言う『ぬるぽ』とは!
NullPointerExceptionというエラーの一種である!
外川は逃げられない!
どうする!?
コマンド一、平然とする。はい無理なのでこういう状況なのですがー!
コマンド二、机の下に潜り込む……いや逆に逃げられなくない?
コマンド三!
私は、推しの前にお供えしていた今日の
「おっ、奥村君、豆大福食べる? お昼に裏の和菓子屋さんで買ったから、柔らかくて美味しいよぉ?」
声が裏返ってしまった。
「それ外川さんのお楽しみですよね?」
はいそうです。
こんなことになるとは思わなかったので、一個しか買ってない……。
でも豆大福はまた今度買いに行けるし。
「なんかこう……巻き込んでしまって申し訳なく……もごもご……」
「ふふっ」
「なんでそこで笑うかな?」
「外川さん可愛いなぁって」
「かっ!?」
「そういうとこです」
「可愛いのはこの子! この子のほう!」
膝の上で抱きかかえていたぬいぐるみをずずいっ! と奥村君に押し付けると、ポンポンと優しくぬいぐるみの頭を撫でた。
「うんうん。レモンも可愛いですよね」
ちなみにレモンと言うのが、このうさぎのお名前です。
ワタクシおこちゃま扱いされてません?
奥村君から見ると、数歳しか違わないけど一応歳上ババアなんだけど!?
「でも正直な話、奥村君お腹空いてない?」
ちなみに私は空いている!
「このあと食べに行こうと思ったんです」
「それなら帰りなさいな。ここは私に任せて、先に帰るんだー!」
「外川さんに声かけて、一緒に食べに行こうと思ってたんですよ?」
「ふぁっ!?」
ニコッと笑う奥村君に、思わぬ不意打ちを食らってしまった!
「エラー原因見つかるまで時間かかりそうなので、お言葉に甘えて豆大福頂きます」
奥村君は私の手からもちもち豆大福を奪い取っ……いや、上げようと思ってはいたんだけど!
「あっ」
私の豆大福……なんて思ってないよ!
でも奥村君が魔眼大福を受け取ったと思ったら、それを半分こにしてその片方を私に差し出してくれた。
「はい、どうぞ」
「ご、ご丁寧にどうも……?」
二人して豆大福片手に、もぐもぐしながらディスプレイをじーっと監視する。
私はなんか食べる気になれなくて、豆大福をもみもみする。
ちらっと隣を見ると、食べ終えた奥村君がぺろっと唇を舐めていた。
ちょっと……色っぽいな?
距離近いし、ちょっと変な想像しちゃいそうだな?
ひたすら無心で画面を睨みながら豆大福をもみもみほぐしてると、私の方を見て奥村君が声をあげた。
「あっ」
「えっ?」
厳密に言うと、彼が見ているのは私の膝上のパートナーのレモンうさぎさんです。
「レモンうさぎ、頭真っ白になってます」
「えっ!?」
なんということでしょう!
レモンうさぎの頭の上で豆大福をこねこねしていたので、豆大福の粉で真っ白になってしまったのです!
「わーー!! レモンうさぎー!! しっかりしてーーっ!!」
粉をはたこうにも、私の手には豆大福があるので何もできない!!
私がわたわたしているうちに、奥村君はどこからともなくウェットティッシュを取り出して手を拭いている。
「貸してください」
私の膝の上からレモンうさぎを救出すると、ゴミ箱の上でポンポンして粉をはたいた。
「はい。キレイになりました」
「あ、ありがとう……あっ」
受け取ろうと思ったけど、まだ私の手は豆大福の粉がついてるんだった!
ダメだこりゃ! と思って手を伸ばしたまま固まってると、奥村君はまたもやスッとウェットティッシュを取り出して私の手を恭しく拭く。
いやだからそのウェットティッシュどこから……って突っ込むとこはそこじゃなーーい!!
「えっ……と???」
拭いた? なにを??
豆大福を持ってない方の私の手を!! な、なんで!?
私はお姫様だったっけ? 世界で一番お姫様!?
否! ちがーう!!
「外川さんの手キレイですね」
「ぎゃーーーす!!!」
思わず奇声をあげながら手をシュバッと奪い返した。
「な? なんでいま手を拭いたの??」
「手に粉がついてるから以外に理由はないですよ?」
ん? たしかに? と思いかけたけど、いや自分で拭けるし!!
片手塞がってるけど、豆大福さえ食べちゃえば両手空くし!!
……と言うわけで慌てて豆大福を食べて、手を洗いに行ってから、レモンうさぎを受け取りました。まる。
「外川さん、なんで豆大福買ったんですか?」
「美味しいから以外に理由はないけど??」
ぎゅーっとうさぎを抱きしめてむぅっと答えると、奥村君がぷはっと声を上げて笑った。
……次はおててが汚れないお菓子にしよう。
「エラー見つけたら、一緒に美味しいご飯を食べに行きましょう」
「その台詞、どう考えてもフラグっぽいよ」
エラー原因はちゃんと見つかるだろうか!
俺たちの戦いはこれからだ!!
……ちなみにその後、エラーの原因は見つからずに終電の時間が来たので、慌てて帰りました。
翌日犯人を締め上げました。まる。
「奥村君、手伝ってくれてありがとうね」
「外川さんが困ってるのを見てたら放っておけなくて」
奥村君、ほんと仕事できるし良い子だね。
「夕飯、一緒に行きたかったですね」
あんまりにも奥村君がしょんぼりしてるので、そんなに美味しいもの食べに行きたかったのかな……。
「帰り早い日に私から誘うよ」
いっぱいお世話になってるしね。
……あれ? 先輩の私がお世話になるのおかしいな??
「ありがとうございます!」
昨日は大変だったけど、嬉しそうに微笑む奥村君の笑顔に、今日はほっこりしたスタートを切るのでした。
早く帰れると良いな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます