大学で誰もが彼女にしたい女の先輩が清楚系Vtuberであることを知っているのは自分だけ。自分といる時はオタク女子全開で接してくるんだけど!?

綾瀬桂樹

第1話 仮想世界でもリアルでも

 「っと、そろそろ時間だな」


 とある一室に置かれたデスクチェアへと勢いよく座るとデスクの上に設置された機材を起動させた。

 目の前にあるディスプレイには長くもなく短髪ともいえないほどよい長さの黒髪の男のキャラクターが満面な笑顔で映し出された。

 まるで、キャラクターがこちらを見ているかように……。


 「ツールも立ち上がったし、音声は挨拶と一緒にやるとして、『アオバ』もちゃんと動いてるから始めますか!」


 パソコンで様々なツールを立ち上げ、ディスプレイに映し出された『配信開始』のボタンを勢いよくクリックする。


 「みんなおっす! 夢は異世界転生先で勇者になること! 蒼海蒼葉そうみ あおばです! 今日も一緒に遊ぼうぜ!」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 :やっと来たよ、来るのが遅いぞアオバ!

 :アオバくん、やっほー! 待ってたよー

 :べ、別に来てほしかったわけじゃないんだからね!


 俺が声をかけると同時に目の前のディスプレイには大量のメッセージが表示されていく。

 この配信を見てくれているリスナーからのメッセージだ。

 

 :初見です! 見た目が自分好みの可愛い女の子だったので来ちゃいました!


 ふと、流れてきたコメントを見て、乾いた笑いが出てしまう。

 

 (まあ、確かに中性的な顔つきだから女に見えなくもないんだけど……)

 

 ディスプレイの中にいる男のキャラクターは童顔な顔立ちから女に見られることもあるけれども、生物学上は男である。

 見かけもそうだが、声も高い部類に入るのが拍車をかけているようだが、こればかりはアオバの中身である大塚葵おおつかあおい自体の声が高いから仕方がない。

 声変わりしたら、少しは男らしくなるのかと思ってたのになあ……。

 

 :残念だったな、初見さん。 アオバは男だぞ

 :マ?

 :こんな可愛い子が男なわけ……

 :逆に考えるんだ、こんな見た目のアオバは男の子でもいいさ……って

 :な、なるほど……お前天才か!


 「いやいや、逆に考えなくても俺は男だよ!」


 リスナーたちの会話内容を見て思わず、大声をあげてしまう。

 その直後に画面いっぱいに『www』というメッセージが大量に表示されていった。


 

 「まったく、みんなと遊ぶために急いで宿題片付けたのに……」


 :宿題なんて久々に聞いたな。

 :ちゃんと宿題やるなんてアオバくん偉い!

 :まさかとは思うけど人のを写してないよな? 宿題は自分の力でやらないと意味がないんだぞ

 :クソ真面目な奴がいて草


 (俺も久々に宿題なんて言葉使ったよ……)


 テキストを見ながら俺は心の中でそう思った。

 蒼海蒼葉というキャラクターは高校2年生という設定である。

 ちなみに演じている中身は校則という縛りから解放されたほぼ自由な生活を謳歌中の大学生だ。


 「これ以上雑談してると変な話が始まりそうだから、ゲーム始めるよ!」


 話しながら、デスクの上にあるデバイスのボタンを押す。

 ディスプレイの中が切り替わる。

 中央に大きなテレビ画面が表示され、画面にはゲームの画面が映し出されていった。


 「それじゃ続きやっていくよ!」


 愛用のゲームコントラーを手にしながら勢いよくスタートボタンを押していった。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「って、もうこんな時間か、明日も学校あるしそろそろ寝ないと!」


 デスク上の時計に目を向けると配信を開始してからそれなりの時間が経っていたことに気づく。

 ちょうどよくセーブできそうなので、ここで終わらせるのがちょうどいいのかもしれない。


 :やっば、明日仕事なのに起きれるかなぁ

 :明日有給とっていた俺に死角はない、まったく予定はないが

 :無駄に有給使ってて草


 リスナーのメッセージを見ていると、あるメッセージに釘付けになっていた。


 :(RioRio)アオバきゅん今日も頑張ったね!

 

 そのユーザー名には見覚えがあったものの、気のせいだろうと思いながら配信を終了させようとしていたが、自分と同じくそのメッセージに気づいたリスナー達が騒ぎ始めていた。


 :ちょいまて、今、リオたんいなかったか?

 :いやいやリオたんがこんなところに来るなんて……ってマジでいる!

 :マジ!? リオたーん! この前のライブすっげーよかったぞー!

 

 リスナーが言っている『リオたん』というのはアオバとほぼ同時期にデビューした女性Vtuber、『碧南璃碧あおいなりお』のことだ。

 同時期といってもあちらは既にチャンネル登録者を50万人を超える大人気のライバーだ。

 こっちはまったく登録者数が増えず、収益化もできない弱小ライバーだ。


 「それじゃ今日の配信は以上になります! みんな明日も一緒に遊ぼうなー!」


 リスナー達は突然の来訪者に大はしゃぎしているが、明日の予定もあるので最後に挨拶を言ってから配信を終了させた。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「ふぅ……切り忘れはないな」


 配信終了をしてからきちんと終わっているかを確認してから、かけていたヘッドフォンマイクを外してから一息をつく。

 蒼海蒼葉から大塚葵に気持ちの切り替えをするためにこの動作をしている。

 

 「配信切り忘れとかシャレにならないからな……」


 勢いよく両手を上に伸ばすとパキパキと両腕の関節が音を立てていた。

 何時間もずっと指先しか動かしてなければそうなるよな……。


 「……チャンネル登録者数全然増えてないな」


 動画サイトのマイページを見て、思わずため息が出てしまう。

 何せ、チャンネル登録者数に変化がないからだ。

 ポジティブに見えれば減らないだけマシだとも言えるけれども……。

 

 「配信者向いてないのか……」


 配信を始めてからそろそろ1年が経ち、配信すると常連と呼べるほどの数人のリスナーが来てくれる。

 そのリスナーたちが盛り上げてくれるので、配信を続けようと思っているが、現実を見せられるとネガティブな考えも出てきてしまう。


 「……俺じゃあの人のようになるのは無理なのか」


 ——あの時の俺を元気づけてくれたあの人のように。

 

 いやいや、何を言っているんだ俺はあの人の様になるって決めたんじゃないか!

 それまでは何があっても絶対に辞めるわけにはいかないんだ——

 そう呟きながら、俺は両頬をパンと叩き、自分をの気持ちを舞していった。

 

 「よし、寝よう……ってその前に明日の授業は何限からだったかな」


 これ以上考えても気分が沈むだけなので、ベッドにダイブしてからスマホのスケジュールアプリを開いて確認すると、午後の時間が記載されていた。

 

 「それなら昼前まで寝られるな」


 スケジュールアプリを終了すると、そのままベッドに倒れ込んでいった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「お、誰かと思ったら葵じゃねーか」


 次の日、大学の学食で注文したカツカレーを食べながらスマホで動画を見ていると声をかけられた。

 顔を上げると黒のパーカーにジャージのズボン姿、金髪に近い明るい茶髪のスポーツ刈りといかにもいった風貌の男が目の前に立っていた。


 「誰かと思ったら聡太か」

 「何でそんなに残念そうな感じなんだよ」


 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら目の前の男、駒込聡太こまごめそうたは俺の目の前の席に座る。

 

 「葵が学食で飯を食ってるなんて珍しいな」

 「今日は珍しく午後だけだからその前にお昼を食べておこうと思ったんだよ」


 いつもはギリギリまで家で過ごしているが、今日に限って言えば家に食べ物がほとんどなく、買いに行く時間が勿体無かったので学食で済ますことにした。


 「もしかしてそれって昨日のリオたんの配信か?」


 俺のスマホを指差す聡太。

 画面には碧南璃碧がゲームや最近気になっていることを話していた。

 俗に言う雑談配信というやつだ。


 「昨日の夜にやっていた配信。 配信時間ちょうど寝ててアーカイブでみているんだよ」


 アーカイブとはリアル配信していたものを録画で保存していつでも見れるようにしたものだ。

 ちなみに彼女が配信を始めた少し後に俺も配信を始めていた。


 「リオたん可愛いよなあ、声もいいし……!」


 横から聡太が覗き込む様に俺のスマホを見ていた。

 一見、陽キャの様に見えるが、外見だけで中身はVtuberオタクだ。


 「そういや、アオバの配信でリオたんが来てたみたいだぜ?」


 聡太の口からアオバという言葉が出た瞬間、反応しそうになってしまう。

 

 ——今の俺は蒼海蒼葉ではなく大塚葵だ。


 「へ、へえ……そうなんだ」

 「リオたんに『お疲れ様』って言われてたんだぜ、羨ましすぎるぞアオバぁぁぁぁぁ!」


 テーブルをドンドンと叩きながら叫ぶ聡太。

 

 「カレーが飛ぶから机を叩くな」


 聡太に声をかけると気だるそうに返事をしながらゆっくりと顔をあげていた。


 「うお、渋谷先輩だ!」


 聡太は目を見開きながら遠くを指さしていた。

 それに釣られるように、そちらへと視線を向けると、学食の入り口に1人の女性が経っていた。

 肩までスラッと伸びた栗色の髪に黒のニット系のセーター、その上に白いダウンコートを羽織っている。


 「……知ってる人?」

 「いやいや、むしろ知らない方がおかしいだろ? 去年の学園祭でミスコンに選ばれた渋谷悠香しぶやはるか先輩だよ」

 

 聡太は興奮気味に説明をしていたが、全くわからなかった。


 「……そういや葵、学園祭の時バイトだと言って全く顔だしてなかったな」

 

 聡太に言われて思い出した。

 学園祭の存在を忘れてそのまま配信のスケジュールを入れてしまっていた。

 たしか土日だから長時間耐久配信をやっていたはず。

 

 「リオたんとも知り合いたいけど、渋谷先輩ともいい感じの仲になりてーなあ!」


 そう呟くと聡太は顔を突っ伏しながら再びドンドンとテーブルを叩き始めていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 『アオバさんお疲れ様です』


 本日最後の授業が休講となったのですぐに家に帰り、予定していた配信の準備をしていると机の上に置いていたスマホがガタガタと音を立てていた。

 画面を見るとマネージャーの名前が表示されていたので、通話を開始するとすぐに元気な女性の声が聞こえてきた。

 たしか自分よりも年上なはずなんだけど、幼く聞こえるのは気のせいだろうか。


 「お疲れ様です、どうしました?」

 『急で申し訳ないんですが、今から会社の方にこれたりしますか?』

 

 彼女の言う会社というのは事務所のことだろう。

 自分の家から30分ほどで行ける場所にあるので問題はないのだが……


 「暇でしたので大丈夫ですよ、それよりも何かあるんですか?」

 『先日、とある会社さんから案件をいただいたんですよ! 知ってますか? NESOBERUってマットレスの会社さんなんですが』

 「たしかネットの広告でみたことありますね」


 マットレスの性能を知っていると言うよりも名前が特徴的だったので、覚えていた。


 『そうなんです! その案件にアオバさんもご参加いただきたく! アオバさんとリオさんのお二方で!』

 「俺とリオさんがですか……?」

 「はい! 企業さんからの予算が思っていた以上に多かったので、リオさんともう一人頼もうって話になったんです!」


 人気絶頂のリオさんはわかるけど、何で俺も?

 

 「誰にしようかと悩んでいるところにリオさんから、アオバさんの名前があがったみたいなんです!」


 興奮気味に話すマネージャー。

 疑問に思うことは多々あるが、俺はすぐに事務所へ向かうことにした。


 「……にしても見るたびに思うけど、すごいビルだよな」


 30分ほどで事務所がある高層ビルの入り口に到着した。

 もちろんこのビル全部が事務所ではなく中の1区画のみだ。

 壁にかけられた企業名を見ると、CMなどでよく耳にする企業の中に『株式会社イラストレーション』と書かれたプレートが載っている。


 受付で諸々済ませてからエレベーターで事務所があるフロアへと向かい、扉を開けて中に入った先でポニーテール姿に紺色のスーツ姿のマネージャーの姿を発見した。

 その隣には……


 「あ、アオバさん!」


 俺の姿に気づいたマネージャーはこちらに向けて手を振っていた。

 彼女の隣に立っている女性もこちらへと振り返る。

 横顔ではっきりとしなかったが、マネージャーの隣にいるのは昼間、聡太が話していた先輩その人だった。


 「アオバさんは初めてですよね? こちらは碧南璃碧です! 本名は渋谷悠香さん!」


 マネージャーから紹介された渋谷先輩は笑顔でお辞儀をしていた。

 ってか、リオさんが渋谷先輩??


 「で、こちらが蒼海蒼葉さん……本名は大塚葵さ——」


 マネージャーが紹介する前に渋谷先輩は俺の手を両手でがっちりと握っていた。

 目を大きく見開いて……


==================================

 【あとがき】

 お読みいただき誠にありがとうございます。


 お久しぶりです!久々の投稿になります!

 気長にのんびりと出していければと思いますので

 どうぞ、宜しくお願いいたします。

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