マスターピース 書く読む物語

星ジョージ

第1話 山崎ひろし

(シーン15 大学 駅伝部更衣室)

 音を立ててロッカーに叩き付けられる学生A。

 その胸元をつかみ、顔を近づける白鳥翔。

 周りにユニフォーム姿の学生たちが集まって来る。

翔「何だって?もう一回言ってみろ!」

学生A「お前は自分一人で勝てたと思ってるんだろうが、そうじゃねえって言ってるんだ」

翔「なにぃ」

翔、鋭い目で学生たちを見回す。

 学生たちは、冷たい視線で翔を見ている。

学生A「誰もお前をチームだとは思ってない。仕方なく付き合ってるだけだ」

翔「この野郎!」

 翔、学生Aを強く殴る。ぶっ飛ぶ学生A。他の学生たちが止めに入る。

学生B「やめろ、白鳥」

翔「放せ!俺はてめえらとはレベルが違うんだ。それを合わせてやってるんじゃねえか。感謝こそされても、そんな口を叩かれる覚えはねえ」

 学生たちに両腕を抱えられて、必死に叫ぶ翔。

 冷ややかな表情で、翔を見ている学生Aほか。



(シーン20 大学 校舎間通路)

 白鳥翔が、K教授の後を追いながら話をする。

翔「どうして俺をゼミに入れてくれないんですか」

教授「君は評判が悪いんでね」

翔「能力は充分にあるつもりだ」

教授「成績は申し分ない。しかし、厄介を起こしそうな人間を取りたくはないんだ」

翔「先生から臓器について教わりたいんだ。そのために大学入ったんだ」

教授「いくら優秀でも特別扱いするわけにはいかない。君自身が変わってくれないとね」

 教授、足早に去って行く。

翔「ちくしょう。何でだよ!」

 翔、柱を蹴って地団駄を踏む。



(シーン25 遊園地)

 白鳥翔と恋人の花園圭子、ゴーカート乗場の前で立ったまま口論している。

圭子「ねえ、翔。あなたが頭のいい人で、才能にあふれてるのは、わたしも含めてみんなよく知ってるのよ。でも、もう少し人のことを受け入れるっていうか、優しくなったらどうかなって思うのよ。それで他人を敵に回すのって、損してると思うのよ」

翔「俺に説教するのか」

圭子「翔のことを思って言ってるの」

翔「お前は俺のこと何もわかってないんだ」

圭子「少しは私の言うことも聞いてよ」

翔「俺の気持ちもわかれよ!」

圭子「どうしてそんなに短気なの」

翔「もういい。帰れ!」

圭子「わたし、翔のこと好きだけど、ついて行けない」

 圭子、翔に背を向けて一人帰って行く。






「おもしろくなーい」

 1987年(昭和62年)12月、銀座一丁目の喫茶店。

 早川智美が、テーブルに原稿を置いて言った。レポート用紙を綴じた表紙には、『二十歳の彷徨』というタイトルが書かれている。

「そんな、身も蓋もない言い方。もう少しデリケートでオブラートな、お手柔らかな批評をしていただけたらと」

 山崎ひろしが、喫茶店の向かい席で肩を落とす。店には、TM Networkの「GET WILD」が流れている。

「優秀で何でも出来るけど、傍若無人で孤立している主人公。でも内に秘めた事情を持ってる。ひろしの脚本って先が読めちゃうのよね。その翔って人、白血病とかエイズとかにかかってるんでしょ。お得意なんだから、不治の病とか発狂したりとか、それで最後は死んじゃうんだよね、究極のワンパターン」

「全然デリケートでもオブラートでもないんですけど・・・」

「だいたい、セリフで説明し過ぎなの。頭がよくて才能にあふれてるのに他人を敵に回して損してるとか、そんな会話普通しないでしょ。鈴木先生の脚本の授業聞いてなかったの?」

「鈴木先生は、ナレーションと回想は使っちゃいけないって。そしたら、セリフで説明するしかないじゃないか」



 スーツ姿の二人は、専門学校の同級生。今は『小説之友社』という従業員20名くらいの小さな出版社で、ともに働いている。

 マスコミ志望の若者が学ぶ学校の映像科で、二人は映画の演出や脚本を専攻した。短い期間ではあるが、恋人同士だった。

 就職時期になって、ひろしは映像関係に進むのを断念し、元々小説好きだったこともあり、出版社を主に受けることにした。二人はすでに別れていたが、智美に未練たらたらだったひろしは、彼女が志望する会社をいくつか受けた。

 彼の目論見は的中し、『小説之友社』に二人は同期入社した。入社式で初めてそれを知った智美は、驚きと嫌悪の混ざった露骨な表情を、ひろしの前で隠さなかった。



「『小説之友社』に入ったのに、どうして小説じゃなくていつまでも脚本書いてるの?まだ映画監督あきらめてないの?」

「そういうわけじゃないけど。シナリオの方が楽なんだよ。ト書きとセリフだけだからさ、細かい描写とかするのが面倒で」

「セリフじゃなくて、描写で説明出来るのが小説でしょ。それにあなたも言ってたじゃない。脚本は映画にならなきゃ日の目を浴びないし、監督が全く別物にすることもあるって。小説は、一人で書いて作品として完成するんだよ」

「書き方がよくわからないっていうか。文章に自信がないのもあるし。智ちゃんみたいに書けないんだよ」

「智ちゃんなんて呼ばないでよ。会社で誤解されちゃうでしょ」

「ここ会社じゃないからいいじゃん。智ちゃん、小説ってどう書くの。ねえ智ちゃん」

「わたし、もう書いてないから。そんな時間ないの。ひろし、小説いっぱい読んでるんだから、真似すればいいじゃない。あなたも前に1回小説書いたことあるよね。『或る少女歌手の死』だっけ」

「あれは、映像化前提のシナリオじゃない方がいいと思ったから。でも、やっぱり苦手だなって感じた」

 ひろし、長い前髪を手でかき上げる仕草をすると、おかわりで入れてもらった熱いコーヒーをスプーンですくって飲む。

「こら、やめなさいって。いくら猫舌だからって、それだけはみっともないからやめてって。社内人になったのに、まだやってんの?」

「うるさいなあ」

 ひろしは大学を卒業してから、映像を学ぶために専門学校に入ったので、高校を出て入学した智美より4つ年上である。ところが同級生ということか、一時期でもつき合っていたせいか、元々態度が大きいのか、智美はひろしを呼び捨てにする。

「あーあ、せっかくのランチタイムがもったいない。先に会社戻るね」

 智美がバッグを手に立ち上がる。やっとコーヒーをカップから飲みかけているひろしに、少し身を屈めてささやく。

「でも、今までで一番ましだよ。がんばれば?」

 BGMは、光GENJIの「ガラスの十代」に変わる。

 店を出て行く智美の、お尻にピッタリとしたタイトスカートを見る。今どきはこういうのが流行りで、ボディコンと言うらしい。少し安産型の智美にはよく似合っている。


 残されたひろし、冷めかけたコーヒーを飲み干し、ため息をつく。

 学生時代からひろしの作品を読んで来た智美の批評は、痛烈で容赦ないが的確だ。以前は小説を書いていた実作者だけに、反論の余地がない。

 そして情けないことに、ストーリー展開もすべて見透かされていた。






(シーン30 ランニングコース)

 晴れた青空の下、川沿いの歩道を白鳥翔が走っている。軽やかに、どこまでも走れそうな勢いで駆け抜ける。

 が、突然咳き込みながら立ち止まる。ゴホゴホという咳を手で受け止めて開くと、手のひらが真っ赤に染まっている。

 蒼ざめた表情でそれを見る翔。



(シーン32 病院)

 CTの機械の中へ入って行く白鳥翔。



(シーン33 診察室)

 医師Sが写真を見せながら、翔に説明している。

医師「残念ですが、病気が進んでいます」

翔「先生、具体的に教えてくれ。俺はあとどのくらいなんだ」

医師「私にもわかりません」

翔「俺が十五のとき、あと10年くらいって言ったよな。あと5年残ってるはずだ」

医師「その半分くらいかも知れません」

 それを聞きながら、顔をこわばらせる翔。






 ひろしが目下書いているシナリオ『二十歳の彷徨』の主人公・白鳥翔は、頭脳明晰でスポーツ万能の大学生である。

 埼玉の裕福な家に育ち、幼い頃から何でも出来た彼は、勉強はもちろん、野球でもサッカーでも敵う者はいない完璧な少年であり、もちろん女子にも人気があった。

 中学3年生15歳のとき、臓器の病気が見つかる。残念ながら現代医学では全治出来ないと言われるもので、思春期の少年は10年生きられるかどうかという宣告を受ける。

 そのとき彼は医者になることを決める。医学を学び、自分の病気を研究し、少しでも長く生きることを、あるいは寿命が来る前に自分で治療法を開発することを目指す。

 東京の大学に入った頃、自分の時間があとわずかしかないならば、自分のためだけに生きようと決心する。残された時間で、やりたいことだけをやり尽くそうと考えた。

 それは他人から見て自己中心に映ったし、誤解を生むこともあった。実際、自暴自棄にもなったし、気も短くなり時に喧嘩も辞さなかった。喧嘩をしても、やはり彼は強かった。

 所属する駅伝部の学生や、大学の教授、恋人の花園圭子なども、愛想を尽かして離れて行く。進行する病に抗う力も失われて行く頃、彼の周りには誰もいなくなっていた・・・。






 山崎ひろしのアパートは、赤羽駅東口徒歩15分にある。

 赤羽は東京の端で、荒川を渡った次の川口駅はもう埼玉である。京浜東北線に乗って30分弱で勤め先の銀座には行けるし、赤羽線で池袋まで3駅だ。赤羽線はそのうち新宿まで延びるという。赤羽に住んでいると言うとよく笑われるが、家賃は安いのに便利な穴場だと思っている。

 鉄の階段を上り、六畳台所トイレ付き風呂なしの部屋の鍵を開ける。

「はい、帰りましたよ。ただいま~、なんちゃって」

 誰もいない部屋にそう言って、電気を点ける。

「おかえり」

 何者かの男声が闇の中から返って来る。

 灯りが点くと、そこにサングラスに革ジャンを着た若い男が逆立ちをしている。

「だ、誰?」

 男はさかさまの顔で、ひろしを見るとニヤリと笑う。

「どなたか存じませんが、部屋をお間違えでは?え、俺が間違えてる?」

 と、一瞬ひろしは思うが、河合奈保子のポスターを見て、自分の部屋に間違いないと確認する。いまだに5年前の水着ポスターを貼っているのは自分だけだ。

「え、強盗?こんな家に入るわけないか」

 男はまだ逆立ちをしている。ひろしは男の前にしゃがんで、恐る恐る顔をのぞき込む。

「ここは僕の部屋なんですけど。出て行ってもらえませんか」

「あまあま、いなてわあ、いなてわあ」

「なに?」

「逆さから言って、まあまあ、あわてない、あわてない」

 男のくだらない冗談に、それまで下手に出ていたひろしも一瞬でむかつく。

「バカなことを!勝手に人の部屋に上がって何なんですか、あなた」

 逆立ちした男を突き飛ばす。男はくるりと回転し、上手に着地すると素早くふり返る。

「まあ、そう怒ってないで、ここにお座んなさい」

 男、座布団を差し出す。

「ここは俺の部屋だよ!」

 ひろし、本気で腹を立てる。

「こわいこわい、意外と怒りっぽい人なんだね」

 ひろし、男の革ジャンの襟を引っ張り上げ、立ち上がらせようとする。

「出て行ってくれ!」

「いてててて。ちょっと待ってくれよ。俺、あんたに会いに来たんだ」

「何だって。何者なんだ、あんた」

 ひろしが少し力をゆるめたので、男は手を振り払って、革ジャンを少し整えたあと、少し偉そうに顔を上げてひろしを見る。

「白鳥翔」

「しらとりしょう?」

 ひろし、2秒ほど考える。

「何、それ?」

 白鳥翔と名乗った男、ひろしの反応にガクッとなるが、すぐに立ち直る。

「あんたが書いてるシナリオの」

「二十歳の彷徨!」

「白鳥翔です。ヨロシク」

 白鳥翔、髪をかき上げて、握手を差し伸べる。ひろし、その手をひっぱたく。

「ヨロシクじゃないよ。ふざけるのもいい加減にしろ。警察呼ぶぞ。気がふれた泥棒がいるって」

 ひろし、電話機に手をかける。

「信じないのか」

「お前、そこにあった原稿読んで、それで人をからかってんだろ。馬鹿にするなよ。ちくしょう、本気で頭に来たぞ」

「昭和42年2月28日生まれ、20歳、うお座、血液型B型、埼玉県出身、父親は不動産会社経営、母親は精神科医。帝国大学医学部2年、駅伝部所属、JR御茶ノ水駅徒歩10分青葉荘201号室、吸ってる煙草ハイライト、行きつけのサ店フロリダ、恋人の名前花園圭子」

 ひろし絶句する。受話器を置く。

「どうです。これが俺の自己紹介。もっと続けましょうか」

 ひろし、唖然として次の言葉が出て来ない様子。

「いや・・・いい。ちょっと外に出て話さないか」

 白鳥翔という男、ニヤリと笑って先に部屋を出て行く。

 ひろし、それについて出て行くふりをするが、男が出ると同時に扉を急いで閉める。

「あ、ちくしょう!きたねえぞ、この野郎!」

 男が扉を蹴って悔しがる。

「手の込んだジョーク、ご苦労さん。それ以上騒いだら本当に警察呼ぶからな。おやすみ。お大事に」

 しばらく外で男がののしる声と扉を叩く音が続くが、やがてあきらめたのか、その音も消える。

 ひろし、さっきまで男がいた場所に戻る。ふとテーブルを見ると、小さなビンがある。中に薬のようなものが入っている。それを一度手に取るが、ゴミ箱に捨てる。

 最近は頭のおかしい奴が増えて来た。都会の一人暮らしも物騒なものだ。しかし、さっきの男はどこかで見たような気もするな。

 そんなことを思いながら男がいた場所を見渡すと、一気に疲れが押し寄せる。男が置いた座布団を片付け、寝る支度を始めることにする。

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