第7話 探索者協会詰所

「月岡さん、本日もお疲れ様でした」


 受付嬢が労いの言葉を掛けてくれる。

 覚醒者は塔で得たアイテムをここで売却することができるようになっている。


 買い取られたアイテムは世界中の国々に供給されることになるのだが、現在、塔で活動する覚醒者の数は8000人もいないのですべての国に行き渡らせることは不可能。


 どの国にどれだけ売るかについては探索教会がバランスを取っている現状があるのだが、塔の攻略が優先されているので俺たち覚醒者から無理やり奪うような行動は今のところ起きていない。


「本日の月岡さんの報酬は40,000円になります。現金で受け取りますか? それとも口座に入金しますか?」


 俺が活動をしているのは低層なので、素材についてもそこまで高額の物は手に入らない。

 お蔭で収入も少ないのだが、数時間で4万も稼げるのは夢があるのだろう。


「……現金でお願いします」


 稼ぎたければ、まだ誰も攻略していない上層に篭り、そこでレアな素材や魔石を手に入れてこなければならない。


 底辺覚醒者の俺は持ち合わせもあまりないので、現金で受け取ることを申し出た。


「はーい、少々お待ちください」

 彼女はそういうとテキパキと現金の用意を始めた。


 彼女の名前は白石しらいし伊織いおり。俺がこの6番ゲートを利用するようになって数ヶ月の付き合いになるのだが、低層を探索している俺に対してもいつも優しく接してくれている。


 元々は他のゲートを利用していたのだが、そこの職員が露骨に他の覚醒者と態度に差をつけるので、他の場所に移動しようと考えていたところ彼女のところに通うようになった。


 作り笑いではない温かい笑顔を見せてくれる白石さんには好感が持てる。

 俺が覚醒者にならなければ彼女のような美人と会話をすることもなかったので、少し得をした気分だ。


「それじゃあ、こちらになりますね」


 そんなことを考えている間に、彼女がトレーの上にお金を乗せた。

 俺が現金を受け取ると、白石さんは心配そうな顔をして塔を見上げていた。


 そこには数字があり『8792』と刻まれている。


「また……減ったよな?」


 俺が話し掛けると白石さんは顔を上げる。

 三日前に見た時、表示されている数字は『8794』だった。


「ええ、おそらくですが10層を探索していた覚醒者の方が亡くなったのではないかという話です」


 表示されている数字は現在生き残っている覚醒者の数を示しているのではないかと言われている。最初に腕輪を授かった人間が10000人で、映像の中で覚醒者が死んだ瞬間に数字が減るのを何度か確認できているのでその推測が濃厚だと考えられている。


「なるほど……10層に篭ってたのなら詳細がわからなくても仕方ないですね」


 5の倍数の階層では配信機能が強制的にオフになる。そのせいでそこで死亡した場合、誰が死んだのかわからないのだ。


「このまま、人数が減っていったらどうなってしまうんでしょうか?」


 彼女は不安そうな顔をするとポツリと漏らした。

 塔の最上階はどこまでなのかわかっておらず、攻略の目処も立っていない。


 覚醒者は歳を取るわけだし、増えたこともない。

 このまま最後の一人まで全滅してしまった場合、どのようなことになるかは国々も懸念している。


「月岡さんは、無茶しないでくださいね」


 彼女は瞳を潤ませると、俺のことを見つめてきた。本心から心配してくれているようで、俺のことをここまで親身になって考えてくれる人物は他にいないのでむず痒い気持ちになる。


「大丈夫ですよ、塔から戻ったら数日は休むようにしてますから」


 死亡する原因の多くはイージーミスだったり、疲労の蓄積だったりする。

 ただでさえ生死がかかっている塔の探索なので、俺はできる限り休暇を入れるようにしている。


「本当ですか? 他のゲートから入場してるとかないですよね?」


「してないですって」


 俺は疑いを抱く彼女に笑顔でそう答えるのだった。

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