第25話 王国第二王子 上

「わぁぁぁぁ……」


 王都郊外某所。

 知り合ったばかりの謎多き少女で、『勇者』様? でもあるらしいアリスに呼び出され、王家別邸にやって来た僕は眼前の光景に感嘆を漏らした。

 壮麗さを感じさせる巨大な正門と、奥に見える豪奢な屋敷。

 敷地内には巨大な軍用結界が幾重にも張り巡らされ、純白の軍装を纏った近衛騎士様達が周囲を厳重に警戒している。

 ……どう考えても場違いだ。

 頬を引き攣らせ、僕は両隣の少女達へ訴える。


「ね、ねぇ、リディヤ、シェリル。や、やっぱり、一般人の僕が王家の別邸に入るのは不敬だと思うんだ。ア、アリスには君達から――」

「駄目よ」「大丈夫よ、アレン。私が許可を出してあげるから」

「……うぅ」


 取りつく島もない。どうしよう、どうすればっ。

 こ、このままだと……約二百年前の魔王戦争以来、獣人族が誰も成し遂げていない『王家の私的空間へ足を踏み入れる』ことになってしまうっ!

 もし、それが学内で噂にでもなったりしたら……。

 背筋に寒気が走り、僕は思わず身震いした。

 ――王立学校に入学して二カ月。

 日頃はリディヤ達の影に隠れ、可能な限り平穏に過ごしている僕にだって何が起こるかは容易に理解出来る。


 絶対に、厄介事になる! 主に貴族絡みでっ!!


 学校長の胃薬がこれ以上増えるのは気の毒だし、何より学内の居心地はより悪化するだろう。数少ない挨拶してくれるニケ・ニッティさんにも無視されるかもしれない。何とかして打開を……。

 必死に考えを巡らすも、名案はまるで浮かんでこない。

 それどころか、頭の上に小鳥が降り立ち鳴き、消えた。


『アレン、早く』


 僕はその場にしゃがみ込み、シフォンの頭を抱きかかえた。

 ……流石は、御伽噺で語られる大英雄様。

 どういう原理かは皆目見当もつかないけれど、僕の居場所を正確に把握しているらしい。逃げられそうにない、や。

 黄昏れていると両脇から手が伸びてきて、強引に立たされた。


「バカ。しゃんとしなさい。近衛騎士達が見ているわよ?」

「……いやでもさ、リディヤ」

「言い訳禁止! ――大丈夫よ。文句を言ってきたら、斬るだけだし」

「……うん、止めよう。近衛騎士団副長らしい君のお兄さんが泣いちゃうよ?」


 嘆息しつつ窘める。

 リディヤ・リンスター公女殿下なら本気でやりかねない。

 仮にも王家別邸でそんな事件を起こしたら、リサ様だって怒――られるかなぁ? 状況によっては、激賞されそうで怖い。


『一学生に負ける近衛? そんな程度で王家と国を護れるとでも?? ――……リチャードとよくよく話をする必要がありそうね』


 ……どうしよう。

 公子殿下の人となりを僕はまだよく知らないけれど、学内で遭遇してきた『大貴族の子息』感のない方だった。迷惑をかけるのは心苦しい。


「――アレン」

「? シェリル??」


 僕が悩んでいると、王女殿下は半歩距離を詰めてきた。

 緊張しているのかな? とても真剣な表情だ。シフォンも、ちょこんと座り直す。

 そのまま言葉を待っていると――


「なっ!?!!!」「シ、シェリル!?」


 長く美しい金髪が風で靡き、右腕を優しく抱きしめられた。

 僕とリディヤが驚愕する中、王女殿下は恥ずかしそうに早口で説明。


「わ、私はウェインライト第一王女です。こ、こうしていれば、誰も文句は言いませんし、言わせません!」

「い、いや、それは」


 黒混じりの炎羽が舞い、地面に足が叩きつけられ轟音。

 亀裂が走っていく中、頬をピクピクと引き攣らせたリディヤが拳を握りしめる。


「……は~ら~ぐ~ろ~王女ぉぉぉぉ……」

「リ、リディヤ、お、落ち着こう。こんな場所で騒ぎを起こすのは――」

「あら? リンスターの公女で、私に模擬戦で負け越している方がはしたないこと」

「シェリル!?」


 この局面で猛火に大量の油を!?

 案の定、リディヤは瞳を見開き「……へぇ」憤怒で紅髪は立ち上げた。

 漏れ出る魔力は大気を揺らし、前方の近衛騎士様達も騒ぎ始める。まずいっ!

 僕は一縷の望みをかけ、足元のシフォンへ目線を向けるも……あ、あれ? い、いない?? 

 愕然としていると、少し離れた街路樹近くに駆け込み、シェリル直属護衛隊のお姉さん達に保護される白狼が見えた。

 そ、そんなっ! シフォンだけは味方だと信じていたのにっ!

 笑みを深め、ゆっくりとリディヤが剣の柄を握りしめる。


「……はぁ? 誰が誰に負けている、ですって??」

「勿論――リディヤ・リンスターがシェリル・ウェインライトに、です♪」

「……事実誤認も甚だしいわねっ。どう数えても、私が大幅に勝ち越しているでしょう? こんな妄想癖持ちが王女でこの国は大丈夫なのかしらねぇぇ……」

「ええ、確かに。勝ち越していますね。――でも」

「っ! シ、シェリル、骨が、骨が軋んで、いるんだけどな!?」


 この隙に逃走を試みるも、拘束された右腕はピクリとも動かない。身体強化に限っていえば、おそらく王女殿下は現時点で王立学校最強なのだ。

 細く白い指が伸びて来て、僕の頬に埋まる。


「そこから『アレンが直接見学をしていた模擬戦』を除けば、私が大幅に勝ち越しています」

「――……へっ? そ、そうなの??」


 間の抜けた声が漏れてしまった。

 リディヤとシェリルが、僕だけが受けている選択講義中によく模擬戦をしているのは知っていたけれど……いや、でも俄かには信じ難い。

 入学試験で出会って以来、僕もリディヤと朝練を欠かさずにしてきた、幾度となく手合わせも。

 けれど、一度もまともに勝ったことはない。

 幾らシェリルが未来の王国を担う俊英でも、大幅に勝ち越すのは――。

 視線を黙り込んだ公女殿下へ向ける。


「えーっと……リディヤ?」

「………………ウフ」


 一気に剣が抜き放たれた。

 あ、まずい。完全に照れ隠しで『取り敢えず、全部斬る。斬って後から考える』状態だ!

 慌てる僕に対し、シェリルは余裕綽々。


「フフフ……馬鹿ですね。今回、アレンを手中に収めているのは私なんですよ? ――貴女に勝ち目があるとでも?」

「――……斬るわ★」


 嗚呼! どうしてこんな事にっ!!

 一触即発な少女達から目を背け、僕は天を仰いだ。良い天気だなぁ。……どうやって、止めよう。

 悩む僕の耳朶が次に捉えたのは、荒々しい足音と鎧が擦れる音だった。


「貴様等っ! こんな場所で何をしているっ!!」

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