木山喬鳥版『文字禍』

読んですぐ
「これは木山喬鳥版『文字禍』だ」
と思った。

文字禍は山月記で有名な中島敦の小説である。
図書館でなにものかのヒソヒソ声を聞いた大王がそれは文字の精霊にちがいないと信じ、博士に精霊の調査を命じる。

博士は研究に没頭しすぎて字が読めなくなる。
文字が線の連なりにしか見えなくなり、文字の意味や音が消えてしまうのだ。
なんとか回復した博士は「これこそ文字の精霊のしわざ」と確信し、調査の結果文字を覚えて狩りが下手になった猟師や、弱くなった戦士がいるのを知る。
文字(の精霊)が人間を冒しているのだ。

この研究報告はインテリである大王の不興を買う。
蟄居を命じられた博士はある日地震で文字を刻んだ大量の瓦版に押しつぶされ死ぬ。
文字の秘密を知った博士に、文字の精霊が復讐したのだ……

まじめに木山さんはこの博士レベルで文字を研究していると思う。
違いは傲慢なところがある博士に対し、木山さんは謙虚で誠実だという点であろうか。


木山さんの謙虚さはとくに第四図『誰も独りでは読み方を知りえない』に現れている。

「文字は、普通その言語を使用する集団の構成員から学ぶのです」

才能ある物書きほどこの事実を忘れている。
自分の物語は誰にも頼らず、すべて自分一人きりで書いたものだと思っている。
それは大間違いだ。
先日放送されたアニメ『チ。地球の運動について』の名台詞
「全歴史がわたしの背中を押す」
のように、だれもが歴史の一員である事実から逃れることはできないのだ。

木山さんはそのことをよく知っている。
その謙虚な姿勢から『天涯に標されし十字架』のように勇壮かつ哀切な物語が生まれたと知って、自分はうれしくなった。

いろいろ書いたがユーモラスな好エッセイで、とくに「オデと犬」の話はジンときます。
ご一読をおすすめします。

その他のおすすめレビュー

森新児さんの他のおすすめレビュー154