トラブルメーカー1

@nirakuronu

第1話 始まり

 約1年前の事だった。


 WCSCCで働き始めて4年目。情報科企画部で仕事をしていた時、事務の方に電話がかかった。

 内容は、店に設置している機械が暴走したとの事。全自動のレジが、アームが移動のための足、暴力行為のための手となって客を襲った。警察が捕らえた物を、私達が預かった。

 原因はウイルスだった。外部から、レジのデータファイルに侵入されたらしい。ロジックボムにボットを費やしたような……上書き型のウイルスだ。

 ただ厄介だったのが、通常の隔離方法が通用しなかった事。最も性能の高いウイルススキャンが効かなかった事。その時は、機械を分解し、内部のSSDとCPUを入れ替える事で解決した。

 開発課研究部でウイルスを調査し、ウイルスの駆除方法と対策ソフトを作り出した。

 駆除方法をリンクロード、対策ソフトをCPP(コンピューターパーフェクトプログラム)と名付けられた。

 方法を詳しく説明すると、CPPを取り入れたスマホ型の機械を、ウイルスが発生した対象の機械と繋ぎ合わせ、対象の通常の機械にはないプログラムを、外部からデリートする。

 隠れんぼのような事から、ウイルスはハイドウイルスと名付けられた。

 ちなみに、対策ソフトは制作に時間がかかり、精巧な部品を扱うため、WCSCC等の世界的機関と、医学機関の機械に優先的に作られている。まだ世間には広く出ていない。


 これらを踏まえて、WCSCCは、制御課という部門を新しく作り、社員や警察から引き抜いた。このハイドウイルスを専門に、ウイルス排除を行う者。


 私もその一員。


 とは言っても、日常的にそう言った出来事が起きているわけではない。

 選ばれた人は、元の仕事をしながら、割り振られた場所で発生したウイルスを隔離する事になっている。

 WCSCCの中から選ばれた人は、場所によって遠隔で仕事をする事になっているのだが、幸運な事に、私はWCSCCの存在する街を担当する事になっている。

 その代わり、適切な人材が多くないため、各場所で問題があった場合、私はこの広い街を走り回らなければならない。


 そんな日々を過ごしていたある日だった。

 作業途中、画面に緊急メールが届いた。腕時計型の携帯機がピピッと音を鳴らして、すぐにページが空に浮かび上がる。

 人事部からだ。立ち上がって、内容を読みながら向かう。

 《緊急談話室へ》というタイトル。文章を見ると、面接に来た人の相手を頼むと言った内容だ。その人のファイルも送られる。

 炎火アヤト、17歳。赤髪の青年。制御科志望。制御科は、急遽作られた部署である。本業として活動するには難しいけど、彼は他に、この街で料理店のバイトを幾つか掛け持ちしている。

 もしかしたら、同じ地区を受け持つ事になるかもしれない。そうなると嬉しいが、何が問題なのか。

 続けて、彼の履歴書が送られる。

 なるほど。謎が解けた。


 エレベーターが1階に到着し、エントランスホールの右の通路にある、談話室の扉をノックする。

「失礼します」

 面接官の前の椅子には、もちろん写真と同じ人物が座っている。資料の写真もそうだったが、面接だと言うのに、服装はさほど良いと言えるものではない。

「こんにちは」

 彼は笑って挨拶をした。

「代わりますよ」

 面接官の2人にそう言って、席を立ってもらう。2人が出たのを確認して、もう一度資料を見直す。

「そこに立ってもらえる?」

「あ、はい!」

 椅子から立ち上がり、私が指を刺した壁の方に立つ。

 資料を小さくして、下に身体グラフ化アプリを開く。対象を移す事で、身体の筋力等を読み取ることが出来る。

 腕力Aクラス、握力Aクラス、脚力Aクラス…凄い、かなり高ステータス。健康体だし、悪くはない。

「ありがと、座って良いよ」

「はい、失礼します」

 丁寧にお辞儀をして座る。礼儀はOK。

 彼等が困っていたのはこの資料。履歴書だ。孤児院暮らしで、中等部卒業後からずっとバイトを行ってきたらしい。成績から見ると、頭は良くも悪くも、と言った所かな。

「どうして制御課に入りたいの?」

 尋ねてみると、しっかりと目を合わせて口を開く。

「今問題になってる機械の暴走で、一度襲われた事がありました。警官の方が早急に来てくださって、避難誘導で難を逃れられました。貴方の仕事の様子を拝見しました。危険な中助ける姿や、淡々とした所に憧れて……」

 そういう風に見てもらえていると、仕事に達成感がある。

「…なので、制御課になりたいと思ってます」

「なるほどね」

 人事部の人達にメールを送る。タイトルは《合格》。研修生として、少しずつ学んでいく形で頑張ってもらおう。

 すぐにそのような内容が返ってくる。

 せっかくだから、今から案内も受け継ぐ。

「アヤト君、合格!」

 そう言って笑ってみせると、彼は顔を輝かせる。

「ありがとうございます!」

「時間大丈夫?案内するよ」

「今日はバイト入れてないので、大丈夫です!」

「それじゃ、行こうか」


 まずは1階を歩いて行く。

「制御科に所属しながら、バイト続けるの?」

一応今後の予定を聞いてみると、彼は頷く。

「はい。機械の事も詳しく知らないので、勉強も込みになりますね」

「そっか、頑張ってね。そう言えば、携帯機つけてないんだね?」

「あ、それはちょっとお金なくて…旧型使ってます」

 そう言ってポケットからスマホを見せてくれる。今時それを連絡に使ってる人はかなり少ない。よっぽど困ってるのかもしれない。

「それじゃ、プレゼントしてあげる。前まで使ってた1号機、取ってあるんだ」

「え、良いんですか!」

「良いよ。明日、空いてる時間に来てくれたら渡すね」


 エントランスホールに到着して足を止める。

「自己紹介してなかったね。私、情報科係長兼制御科の、雷兎キナ。相談事は、いつでも受け付けるよ、アヤト君」

「はい!よろしくお願いします!」

 笑顔で返事をして頭を下げる彼を見て確信する。こう言った真面目でハキハキした子は伸びるタイプだ。頭の回転こそ普通なのかもしれないけど、好きな事は全力で取り込む子だと思う。

「それじゃ、案内に戻るね」

 携帯機を開いて、この建物の地図1階を開く。それぞれの所を指しながら説明する。

「さっきの所は談話室。お客様がいらした時とか、さっきみたいに面接だとか、そう言った時に使われる所。次に、エントランスホール。事務と繋がってる所だね。大体の外部との受付はここで行われる。隣が人事部。面接を担当したり、他会社と連携を取ったり、昇段テストを作ったりする所。奥は医務室。怪我する事はそんなにないけど、念のために、男女1人ずつのお医者さんが着いてる。そうそう。携帯機貰いに来た時は、事務に連絡してね」

「分かりました!」

「それじゃ、2階に上がるよ」


 2階は、主に会議場所として使われる。大きなホールが1つ、小さな部屋・約10人用の部屋が数カ所。各科・各部用の部屋が存在する。


 3階は、展示室、資料室、金庫室。展示室には、今まで開発した物のサンプルや設計図が置かれ、資料室にはそれらの詳しい情報が入っている。金庫室は、機密情報があって、決められた人しか入れない。


 そして4階。デザイン課、エンジニア課、情報課がある。デザイン課は、機械の構造から見た目をデザインする所。小型専門部、中型専門部、大型専門部に分かれてるんだ。

 情報課は、取次や案件を受けたり、製品を考えたりする所。企画部と営業部、支援部があって、企画部は今までにない機械を提案したり、今までの機械の評価を受けて改良点をあげたりする仕事なんだ。営業部は新製品の売り込みに行ったり、広告を作ったりする所。支援部は、サポーターとしてお客様を助けたり、さっき言った取次や案件を受けたり、時には苦情処理をしたりするの。

 エンジニア課は、制御課以外の機会を直す人達の集まり。ここも小型中型大型で、部門が分かれてる。企画部は、新しい機械の考案、問題提示された物の対処や、エンジニア課と共同で、改善した製品を考える所。私が所属してるのがここの情報課の企画部ね。


「ここまでが半分。何か質問はある?」

「1つだけ。制御課の機械は、企画部が考えたんですか?」

「そうそう。開発課の研究部と協力してね。装置はこっちが考えるけど、詳しい事は、研究部が決めるの。研究部は地下にあるんだけど、関係者以外立ち入り禁止で、まだアヤト君の雇用資料は出来てないから、今回は入れないかな。また時間があったらね」

「はい!」

「それじゃ、次の所に……」


 再び歩き始めた時、背後から、聞き慣れた声が聞こえた。

「キナ先輩〜!」

 クルミだ。ふわふわした茶髪にクリクリした緑色の目。皆が可愛いって慕ってる子。私が情報科支援部にいた時の後輩で、よく懐いている。

「何?」

 振り返ると、嬉々とした表情で私に迫る。

「その子、新入社員さんですか!?」

「今はまだ研修生。制御課だよ。バイト掛け持ちだから、何処かの部に着くとかは出来そうにないかな」

「え〜……残念です……」

 大袈裟に肩を落とすクルミに、私は苦笑いする。アヤト君は笑って言葉をかける。

「考えておきますね」

 言われると、すぐにアヤト君に笑いかけて、私の方を向く。

「待ってますね!そうだ、キナ先輩、今日帰りにカフェ寄りましょ〜」

「悪いけど、昨日から仕事溜まってるの。何か話があるなら、明日のお昼一緒に食べよ」

「は〜い……分かりました」

 一緒に帰りたかったな、と呟きながら支援部の方に帰って行く。

「ごめんね、ちょっと騒がしい子で」

「いえ、楽しそうな人ですね!」

「うん、良い子なんだよ。また関わる事があったらよろしくね。5階に上がろうか」


 5階は休憩フロア。食堂と仮眠室、屋内庭園があるの。昼休憩は、大体の人がここに集まってるかな。食堂のメニューも豊富で、日替わりメニューもあるんだ。仮眠室はシャワールーム付き。残業者と、変形労働時間者のみ使用出来る。


 6階からは特務機関。世界の機械の調子がここから分かって、制御科やエンジニアの仕事が無事に熟されているか確認するの。指示もここから出されて、通報するより早く行く事が出来る。


 7階は管理課。会長や社長、各課のトップクラスの人達の部屋や、専用の会議室。ウイルスの事もあって忙しいから、会長や社長は今はいないよ。


 8階が空きスペース。制御課の育成スペースになる予定だけど、まだ人が少ないから、進んでないんだ。


 最後に屋上ね。ここも庭園になってる。展望台もあって、この街を見下ろせられる。

 息抜きの時に来てるかな。


説明を終えて、大きく深呼吸する。

「どう? 楽しそうでしょ!」

「はい! 充実した空間で、仕事もやり甲斐がありそうですね」

「制御課だけじゃなく、正式な社員としての就職、待ってるね」

「前向きに検討します」

「他の課は記入試験あるからね。勉強も良かったら教えるよ」

「そこまでお願いしていいんですか!?」

「うん。もちろん! 見て、ここからの景色、街全体を見渡せるんだよ」

 微笑み掛けた後、私は街を眺める。

「わぁ……! 凄く綺麗ですね!」

 アヤト君も隣へ来て歓声を上げる。

 今走ってる車やバイクに付けられた自動運転機能も、この腕時計型の携帯機も、全部ここで作られた。スーパー等のレジだけじゃなくて、色んな買取店も掃除も自動になってる。

 多くは警備の仕事で埋まって、人の手で行う仕事…製造業や販売業を主に、人間の仕事が減ってる。新しい資源が発見されて、楽なのは良いかもしれないけど、進路が阻まれて、失業者が多くなってくるのかな。

 せめて、目の前にいる子達はそうなってほしくない。

「携帯機取りに来た時、ウイルス駆除のスマホも渡すから、その時に使い方説明するね。最初は私の仕事見てもらう感じになると思うから、詳しくはまた今度ね」

「はい、ありがとうございます!」

「それじゃ、解散しようかな。エントランスまで見送るよ」

「早く仕事に戻らなくて大丈夫ですか?」

「1分も2分も変わらないよ」

 先導して、エレベーターへ向かった。


 アヤト君を見送った後、すぐに仕事に戻る。資料のまとめ、駆除機のコンパクト化の案を提出、商品のアピール広告、その他色々。徹夜する気満々で、夜食も仕入れている。

 そう言えば、研究部に報告入れないと。明日までに、アヤト君の駆除機を作ってもらうように。身体グラフ化アプリで読み取った彼の資料と共に、メールを送る。

 …さて、気合入れて取り組みますか。


 数時間後。もう夜も更けて、このフロアには私以外に誰もいない。

「終わったー……」

 周囲に人がいないから、気にせず机にうつ伏せになる。

 仕事が出来る私でいるために、皆の前じゃ油断は出来ない。特務機関の人達は、昼勤・準夜勤・夜勤交代で頑張ってるんだから、これだけで弱音は吐けない。

 荷物をまとめていると、携帯機のアラームが鳴った。ブー、と煩く不愉快な音は、制御課用のアラーム音だ。

 ボタンを押して見ると、中部の大通りの十字路で、スポーツジムにあった案内ロボが暴走している。すぐに行こう。

 靴のボタンを押して、ローラースケートに変更させる。これは無重力ローラースケートシューズ。ボタンで変更させた後、携帯機の専用アプリを開く事で、自分の身体に負担させる事なく壁を直立で登れる。慣れるまで練習がいるけど、もう大丈夫。こう言った緊急時にしか使えない。充電式バッテリーを使用して、MAXなら6時間使える。最大速度は80km/h。重心と体勢によってスピードをコントロールする。

 窓を開けて、真下に進む。

 ここから12km先。道路に出て、なるべく速く走る。スピードの出し過ぎは注意。

 少しずつ見えてきた。警察の人達が避難させている途中だ。目標は、かなりの速さで回転しながら走り回ってる。

 不用意に近付けない。

 スマホを翳すが機械に接続する。このスマホの範囲にちょうど収まるように全身を写した状態を5秒……中々取れない。最近凶暴な状態に発する機械が多いから、早く新型開発してもらわないと。

 警察の人も、無闇に電気銃を撃てない状態だ。この間に、一般人達は非難出来たようだ。

 とりあえず、抑えなければ話にならない。

 規則的な動きと言えば、物にぶつかっては別の方向に向かっている所。このままいけば、ここが破壊されてしまう。

 向かった先を予測して物をぶつけられそうだけど。

「すみません! 銃を貸してください! ここは私に任せて、建物の中に入るか、少し離れてください!」

 私の指示で皆動く。

 人間を気絶させる威力。主な指令機関となってるのは胴体。秒速700m。ジムのロボットなら5発くらいで、少なくとも移動速度は落ちるはず。銃にはMAXと表示されていて、10発撃つ事が可能。

 銃を構えて1発撃つ。

 当たった。グラッと一度揺れて、体制を取り直す。効いてる。もう1発。当たらない。

 深呼吸して、狙いを定める。少し先を見据えて狙って…当たった。今度は然程動かなかったが、まだスマホで捉えられるような速度に落ちない。

 同じように狙う。今度は、さっきよりロボットに近い距離を。当たった。まだ足りない。

 けど、回転速度は落ちたかも。もう1発、もう1発と当てると、明らかに移動速度が落ちている。近付いて、スマホでその姿を写す。データ、プログラムが写し出された。

 携帯機に保存してある案内ロボの情報を検索して照らし合わせる。

 見つけた間違いのプログラムを消去すると、ロボットは動きを停止した。普段の直立状態になる。念のため、隅々まで確認する。


 もう異常はない。これでもう大丈夫かな。

 目で、警察官にOKの合図をする。

「今回も、ありがとうございます!」

「いえ、遅くまでお疲れ様です。後の事は頼みますね」

 この後の制御課の仕事は、今回の感染対象と被害の記録と、警察の調査報告をまとめて、管理課に提出。

 仕事増えたな、と、携帯機で周囲の写真を保存しながら、しみじみ思う。保存を終えて、急いで会社に戻る。窓を開けっ放しだ。


 数十分して到着する。走って疲れた。一息吐いてエレベーターのボタンを押す。情報課に着いて、自分の席に座る。パソコンに写真データを移す。感染対象の詳細、原因と被害を打ち込む。

1年経つと慣れた物で、作業は順調に進み、後は調査報告を移すだけとなった。

 今日も仮眠室行きになる。大体1週間ほどは、こんな現状だ。


 前は、よくクルミと一緒に帰って、カフェに寄ったりショッピング行ったり……残念そうに肩を落とす様子を思い出して、小さく笑う。時々心配されるし、せめて皆の前では元気にしてないと。そう思いながら立ち上がり、窓を閉める。

 そして、仮眠室へと歩いた。

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