7話 少女育成計画
妹によって半ば強制的にプレイさせられたゲーム『ガチ百合ファンタジー』。
俺の率直な感想を述べるとクソの一言に尽きる。
各ヒロインの好感度が一定以上じゃないと進まないイベントがあったり、ヒロインのメンタル状態によって難易度が変わるからだ。
ひらたく言えばヒロインたちの気分次第では、仕事をしないとかザラにあった。
メンケアを厚くしたり、ヨイショしなければいけないのが……心の底からめんどくさいと辟易したものだ。
そういうのは仕事中だけで十分だった。
だからこそ『早くクリアしたい』、その一心でストーリーやイベント、スチルなどのほとんどをかっ飛ばしていた。
それでも一つだけ評価できる点があった。
戦闘システムと育成システムだ。
基本的に『ガチ百合』はヒロインたちと知り合い、パーティーに加えて様々な苦難を乗り越えてゆく。もちろんパーティーメンバーが増えれば戦術の幅も広がり、早くクリアするために強さは必須だ。
だが俺はヒロインのメンタルゲージの管理が非常にめんどかったので、全て
つまり俺は戦闘知識において、誰よりも詳しいと自負している。
純度の高い【魔封石】の鉱山場所を知っていたのも、戦闘面を極めようとしたからだ。魔法を込める作業はメインヒロインの女賢者と相性ばっちりだし、魔法が使えないキャラに【魔封石】を持たせておくと、圧倒的に選択肢が広がる。
気分で『魔法が発動できない~』とか抜かすバカもいたから、そいつにも【魔封石】を持たせたな。
妹なんざ鉱山の存在すら知らなかったっけ。
さて、攻守ともに優れてはいた
なので、なるべくその辺を意識して育成しよう。
「確認だけど今のシロナはレベル5で間違いない?」
「はい! レベル5です!」
「じゃあ今日は、俺が全力でこの大岩を殴るから、岩の後ろに隠れて分厚いクッション入りの大盾で受け止めるようにしてみよう」
「は、はい! 先生」
岩の大きさはおよそ一戸建てと同じサイズ。
大盾はちんまりと岩に触れるように立てかけてある。そこへシロナが大盾のクッションを抑えるようにして立つ。
「いくよー」
「はい」
「ふんっ!」
俺が全力で大岩を殴打すると、ズドンッと重々しい音が響く。
「ふんふんふんふんふんっ!」
構わず殴り続けると————わずか五回で、大岩はズカズカピシリッと不吉な音で鳴き、粉砕されてしまった。
思った以上にレベル35の恩恵は大きいらしい。
「シロナ!? 大丈夫!?」
「は、はい!」
「この規模の岩でたったの6発かあ……うーんもっと大きい岩を探すか」
それから同じようなことを100回ほどやると、シロナから予想通りの報告が入る。
「先生! スキル【
「よかった」
将来の肉壁候補は、俺を守るために堅固な防御力を手に入れた。
スキル【
そして効果は、│
「これがあれば、ヘリオさんも大怪我しなかった、ですか?」
「ああ……ヘリオには悪いことをしたと思っているよ」
ちなみにシロナに稽古をつけると言ったら、『まずは自分にしてほしい』とヘリオが言い出したので大盾を構えて俺の攻撃を受けてもらった。
すると弾丸のように吹き飛んでいき、全治2カ月の大怪我を負わせてしまったので申し訳ないと思っている。
「あ、あのネル先生」
「どうした?」
「先生はすごく、その……僕なんかに良くしてくれます。とっても感謝しています」
うんうん。
感謝されるのは狙い通りだぞ?
「でも不思議に思うのです。ヘリオさんには厳しいのに、どうして僕には優しいのですか?」
ほう、俺の裏心に気付きそうだな。
ここは虚実入り交えて本音を語るしかないか。
「いいかい、シロナ。貴族というのは本音と建て前を使い分けねばならない。それぞれの立場を考慮して振る舞わなければいけないんだ」
「立場、ですか?」
「うん。俺が偉そうにするのも必要ってこと。例えばヘリオは生まれながらに俺の下僕であり、従者として仕える家系の者だ」
実はヘリオの父や祖父は、俺の父上の生家時代から補佐役を務めてもらっている。
「シロナの目には、俺がヘリオに横柄な態度を取っているように映るかもしれない。でも人間とは弱い生き物だから、それで協力し合っているんだ」
主従の関係を協力とか、暴論も甚だしい。
「横柄が、協力……?」
「ああ。ストクッズ男爵領は多くの人々によって支えられ、互いを守り合っている。これがもし、誰もかれもがバラバラに好き勝手してしまったら一体どうなるだろう?」
「モンスターに負ける?」
「そうだ。街の防壁も作れないし、賊にだって蹂躙されてしまうかもしれない。食料だって安定して生産できなくなるかもしれない。他の貴族に支配され不当な税を課せられ、富を吸い上げられてしまうかもしれない。人間には色々な弱みがあるんだ」
「敵がたくさん、いるのですね」
「だが、父上や俺が意思統一の舵を取り、みなに協力してもらえば物凄い力になる。だからこそ、俺はヘリオに命ずる立場にいなければならない」
「何か起きたら……あわあわするんじゃなくて、泣くんじゃなくて、ネル先生を中心にすぐ対処する?」
「よくできたな。人間のような弱者は、そうやって協力し合うのだ」
「じゃあ僕も同じで……弱い!」
なぜか嬉しそうにするシロナ。
「でもじゃあ、どうしてネル先生は僕に優しいの? 威張った方がいいですよね?」
おおーっと、その辺はごまかせなかったか。
まさかバカ正直に、将来は自分から俺の肉壁役になってもらうために好感度を稼いでいる! なんて言えるはずもない。
「すぅーっ……し、シロナ。きみはまだ何者でもない」
なんとなくそれらしいことを言えたぞ。
この先はえーっと、うーんと。
「僕は先生の奴隷でしょう?」
「そうとも言えるが、そうでないとも言える」
「どういうことですか?」
本当にどういうことなんかね?
自分で言っててよくわからんよ。
「同い年だし、友達……そして弟子かな?」
「じゃあ僕は先生の奴隷で、友達で、弟子です」
いや、俺の言われた通りに何かをするんじゃ【ヒモ】が発動しないんだよ。
だから、何かこう、もうちょっと自立心を煽るような決め台詞みたいの! 出てこい!
「でもねシロナ。君が将来、何になるかは決まってないんだ。だから今は何者でもない。君自身が君の意思で、何になるかを自由に選べるんだ」
もちろん俺の護衛になりたい! と自ら進んで立候補するよう、これでもかって誘導するぜひゃっはー!
「それって————」
「頃合いを見て、奴隷という身分から解放すると約束する」
よっしゃああああ!
決まった。
これはもう大恩だろう! めちゃくちゃ恩義を感じて、自ら俺に仕えてくれるはずだ!
そんな風に俺の心境は大盛り上がりだったが、よくよく見るとシロナは今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「先生は……僕が、いらないから? 捨てるの?」
「えっ」
その問いにひどく胸を締め付けられた。
シロナの表情が『また、捨てられる』と語っているのだ。
奴隷商店で初めて会った時の、あの諦めきった顔に似ている。それでも今はかすかな光に、一縷の望みに縋りつくような、そんな目をしている。
たった8歳児の少女が、シロナが抱えているものが一体何なのかはわからない。
ここでどう答えるのが正解なのかわからない。
ただ、どんな言葉を求めているのかはわかった。
「シロナ。俺にはお前が必要だ」
「こんな僕でも……生きてていいの……?」
「ああ、もちろんだ。俺はシロナに生きていてほしい」
むしろ生きてもらわなければ、金銭的かつ時間的な投資が全くの無意味となってしまう。
死なれたら大損だ。
「でも……僕は罪深くて……生きてる価値なんて、ない」
はぁーシロナの過去ってマジで重そうだな。
メンヘラってやつかこれ。正直、だるいしめんどうだな。
まあここはそれっぽいこと言って、さっさとやる気を出させるか。
「さっきも言ったろ? 人は弱いから協力し合う。罪深い、けっこうじゃないか。その分、誰かを守ったり救ったり、誰かの役に立って、気が済むまで贖罪としゃれこめばいい」
「贖罪……? 僕が誰かを守り、救う……?」
「そうだ。だからシロナは生きてていいんだよ。俺がそう望んでいる」
「ひぐっ……うわああああああああああんッ、ねる゛ぜんぜ~!」
幼い少女に泣きつかれてしまった。
俺はよしよしと頭をなでながら、今日は修行を続行するのは難しいと判断する。
それならと、暖かいベッドがあるシロナの居室にまで運ぼうと思ったのだが、なかなか俺を離してくれない。
無理にはがそうとするとまた大泣きしてしまいそうだったので、俺は自分の部屋のベッドで寝かしつけることにした。
「すぅ……すぅ……」
泣き疲れて眠ってしまったシロナ。
彼女の健やかな寝顔を眺めていたら、ついつい俺にも眠気が芽生える。
「今日はぽかぽか陽気に満ちているし、昼寝としゃれこみますか」
幼女の隣で寝るのは少しばかりの背徳感があるものの、俺は穏やかなお昼の日差しに誘われて体を横にする。
ふわぁぁ……きもちぃぃ……なんだか久しぶりに落ち着いて昼寝ができそうだ。
うつらうつらと眠りにつく直前の、最高に幸せで気持ちいい時間を過ごす。
あぁ——そろそろ寝オチするぞ————
「……ネル君が」
ん?
なんかマナリア令嬢の声が聞こえた気がしたな?
おいおい、夢にまで出てくるとか俺ってば相当あいつの存在に苦しめられてるな。
潜在意識にまで出てくるなんて、早めに婚約解消しておかないと。
では気分改め、ほら、なんかもっとこう、平和な夢をお願いします。
「ネル君が……はしたない奴隷女を買って、寵愛を注いでいるって……」
んー?
なんかやっぱりマナリア伯爵令嬢の声がすぐそばで聞こえるな?
「……噂、本当だったんだ」
なんだかうるさいから目を開けてみる。
するといつの間にか、本当にいつの間にかマナリア伯爵令嬢が俺の部屋にいた。
彼女の横には案内役のメイドが、顔を真っ青に染めて控えている。
「お、お止めしたのですが……そのっ、申し訳ございません……!」
なんだかもごもご言ってるけど、俺はそれどころではない。
もしかして未来の女大賢者様を怒らせたとか、そういうフラグじゃないよな……?
「……私という、婚約者がありながら……ネル君……女奴隷に夢中……」
彼女はフルフル震えながら俺を凝視している。
いつもほぼ無表情なマナリア伯爵令嬢が、珍しく目には大粒の涙を浮かべていた。
あー……。
これってもしかしてやらかした?
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