5話 肉壁女子を探しに行く


 ストクッズ大商会には、もちろん奴隷を扱う商人も在籍している。

 そんなわけでさっそく伝手を駆使して、上等な奴隷をさばく奴隷商を紹介してもらい店先まで馬車で向かう。

 ちなみに今回のパーティーメンバーは、ヘリオと名前も知らぬ護衛騎士が一人。


「ネル様が奴隷をご所望されるのは、やはり私が不甲斐ないからでしょうか?」


 道中、隣に座るヘリオが何やら不安そうにしているので、そういうわけではないと釘を刺しておく。


「適材適所というわけだ。ヘリオにはヘリオにしかできない仕事をこれからも頼む」

「ははっ! ありがたき幸せ……!」


 そういえばこの際だからずっと気になっていたことを聞いてみるか。


「どうしてヘリオは俺に尽くしてくれるんだ? 自分で言うのもなんだが……今までヘリオにはキツい態度だったはずだ」


 するとヘリオはよくぞ聞いてくれましたとばかりに熱く語る。


「それはもちろん! ネル様のお顔が尊いからでございます! 研ぎ澄まされた剣のごとき鋭利な目つき! 何者も寄せ付けない穢れなき銀の御髪、そして極めつけは————」


「いい、もういいから。それ以上喋ると、お前の忠誠心がいかに薄っぺらいかを証明してしまう」


「そんなご無体な! せめて、せめてあと10万字ほどネル様のお顔について語らせてください!」


 護衛の騎士が『理解できないアホ』を見る目でヘリオを凝視していたのは印象的だった。

 はあ……なんだかなあ、こいつが本当に女子だったら【ヒモ】になれたのに。

 これじゃあヒモじゃなくて、ただのホモにしかならない。





「これはこれはネル様。当店までご足労いただきありがとうございます」


「よい。良質な奴隷を売ってくれさえすればな」


「それはそれはもちろんでございます」


 奴隷商は禿げかかった頭を何度もペコペコしながら、俺のご機嫌取りをしてくれる。

 たった9歳の小僧にここまで頭を下げられる姿は、『強き者には巻かれろ』精神が垣間見える。存外にもこういった態度を取られるのは悪くない気分だった。

 さすがは俺。悪役モブ貴族なだけある。


「それで、お勧めは?」

「はい! 今回は坊ちゃまにお越しいただけるとのことで、当店も気合いを入れて良物を仕入れてまいりました。特にお勧めなのがエルフ姫の末裔で————」


 自分より何周も年上の中年をアゴでこき使う。

 ほう、なかなかにいいぞ。


 すらすらと奴隷商が様々な奴隷を紹介してくれる。

 ただ、どの奴隷もみな清潔感のある檻に閉じ込められていて、少しだけ俺の予想とは違った。

 もっとこう、汚らしくて厳しい環境下にいると思っていたが、中には部屋を丸々一室あてがわれている者もいて、予想以上に奴隷への待遇が良かった。その辺を奴隷商に聞くと、『商品をぞんざいに管理して、傷めてしまったら何の得があるのでしょうか?』と、ご尤もな返答をいただいた。

 

 奴隷生活とは見方を変えれば、日がな一日のらりくらりと過ごし、決まった時間に飯をもらえる。不自由さはあるもののニートみたいにゆったりできそうだ。

 というかこれでは『可哀そうな奴隷を救って懐かせる』計画が頓挫してしまう。


「ん? この娘はなんだ?」


 そんな悠々自適な空間にも不幸そうな奴はいた。

 どこか既視感のある顔で、小綺麗にすればおそらく美少女の域に達するだろう。


「坊ちゃま。そやつは見目こそよろしい生娘きむすめですが、毎夜とうずくまり、うめいておるのです。病気などは持っていませんが、おそらくこちらとこちらが生まれた時から悪いのでしょう」


 そういって奴隷商は気味悪げに自らの頭と胸を指す。

 どうやら生まれながらに頭がおかしい、もしくは心の病を患っている……キチガイ認定されているようだ。


 確かに他の奴隷と比べて胡乱うろんとした目つきだし、頭髪も老人のように真っ白だ。そして商品を大切にするこの店ですら、薄汚れた衣服を着せられているのが不憫極まりない。

 こいつは間違いなく、ここの奴隷たちの中で底辺だろう。


「おい、娘。なぜ貴様は夜な夜なうめき声を上げる?」


「……嫌な夢を、見るから」


 俺の問いに抑揚のない声音でポソリと呟く。


「おい! シロナ! おまえ、坊ちゃまになんて失礼な口を利くんだ!?」


「いや、いいんだ。シロナ、シロナか……うん」


 見たところ、年齢も俺とそう変わらない。

 そんな幼子が何もかもに絶望したような目で俺を見上げてくるのだから、相当に辛い経験をしてきたのだろう。

 それこそ心が壊れてしまう一歩手前ぐらいには、ひどい過去を持っているのかもしれない。

 だが、それでこそ俺が狙っていた人材だ!


 これから口八丁で優しく接し、恩着せがましくゲーム知識を共有して鍛えまくる。どうすればLvが上がりやすいのか、どうすれば様々な剣技や魔法を習得できるのか。

 俺が持てる全てを享受してもらい、俺の肉壁————女勇者しゅじんこうへの対抗手段、切り札として育成しよう。


 ただ気になるのは、こいつどっかで見たことあるんだよなあ……。

『ガチ百合ファンタジー』をとにかく早くクリアしたくて、戦闘に全フリだった俺はイベントシーンをかっ飛ばしていた弊害で、どうにも登場人物における記憶が定かではない。

 主人公のアイコンも……顔すら覚えてない俺だが、なんとなくうーっすらコイツは見たことがある。まあ、記憶の隅にあるぐらいなんだからモブだろう。


 俺と同じモブなら、モブ同士仲良くしようじゃないか。

 どうせシナリオやら女勇者界隈に影響はないだろう。


 いや待て。

 あのアホ妹は『ユウ・・ちゃんには奴隷という辛い過去があって~そこから立ち直った健気な子で~!』とか号泣してたよな?


 こいつも同じく奴隷だ。


「念のために聞くが、お前の名は本当にシロナか? 偽名ではないのか?」


「……うん」


 よし、ユウではないな。

 女勇者の名前はユウだった。

 

 それに今思い出したけど、特徴的な蒼銀色の長髪だったはず。

 シロナは白髪なので問題ない。

 よし、決めたぞ! 可哀そうなこいつを買って懐柔だ!


 となるとまずは最初の印象が大切だな。

 敬愛すべきご主人様像を作り上げ、立場や命令とは別に自ら奉仕したくなるように仕向ける……ならば、運命的な出会いを演出すため、先日習得したばかりの魔法を無詠唱で発動しておく。


 初手は【浄化クリーン】によって彼女本来の美しさを取り戻そう。

 光の粒子に包まれたシロナは、自分が魔法をかけられたのだと気付く。

 それから誰が発動したかのかも。


 ふと俺を見上げる目は少しだけ怯えの色が混じっていた。

 だが、そんな彼女を安心させるべくさらに無詠唱で【戦乙女の鎮魂歌ワルキューレ・ボイス】と【地母神の息吹きガイア・エコー】を自身の喉に付与する。

 この二つは【生活魔法Lv8】で最近習得したばかりの、名前が大げさな魔法だ。

 まあ生活魔法の極致と言えばそうなのかもしれない。


戦乙女の鎮魂歌ワルキューレ・ボイス】はあらゆる精神異常を鎮静化させる効果を持ち、【地母神の息吹きガイア・エコー】は治癒と活性化をもたらす。

 メンタルと傷の回復、および様々な魔法やスキル効果を増幅させる、いわば『テンションブチ上がる~』状態に持っていく。


 そんな効果が俺の声に乗るわけだから、こちらは自信満々だ。

 勢いのまま悪役ばりの笑みを深め、盛大に恰好つけながら手を差し伸べる。



「決めたぞ。俺が貴様を救いだしてやろう」


 そんな俺の完璧な宣言に、しかし彼女は首を横にフルフルした。


「ぼ、ぼくは……あなたを殺しちゃうかもだから、買わないで……」


 子犬のような白髪の美少女は、なんとぼくっ娘だった!



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