4話 ヒモが最強すぎる件


「……ネル君……私をお嫁さんに、してください」


 寝たふりをした俺に、マナリア伯爵令嬢が呟いた言葉に俺は発狂しそうになった。


 うおおおおおおおおおおおおおおい!?

 マジでふざけんなよ、この状況は何なんだ!?


 未来の女賢者なんかと関わりたくない一心でこれまで粉骨砕身したのに!?

 何のために! 前世のゲーム知識をどうにか思い出し! 上質な【魔封石】が眠る鉱山を掘り当てたと思ってるんだ!?


 最初はなかなか信用してくれなかった父上に、何度も頭を下げて! 懇願してやっとの思いで新事業を立ち上げて……どうしてこうなった!?


 マナリア伯爵令嬢を奴隷のごとく魔法研究でコキ使って、利益の5%ぽっちしかインセンティブを与えなかったから!?

 いやでも、5%でも相当な額だし日本円にしたら約5億円だぞ!?

 もうウチとの結婚とかどうでもいいはず!

 安定した収入、自身の得意分野を活かす、自立した女性!

 大満足だよね!?



 くぅぅぅぅ救いがあるとすれば俺の冴えわたる勘の良さだけだ。

 先ほどマナリアの態度を危惧した俺の直感はやはり正しかった。



『ネル君……その、私とこれからも婚約者でいてほ……』


 んぉぉおおッ、こいつが不穏なことを言い出すからッ緊急回避ッ!

 とっさに狸寝入りしちゃったらコレだよ!?

 無表情からの不意打ち!? 普段から何を考えてるのかさっぱりわからん!


 耳元で何ささやいちゃってんの!?

 クソが!


 しかもうっすら目を開けてみたら、この女児いつの間にか寝てやがりますよ!?

 どんだけ安心しきった顔で寝落ちしてんだよ、しばきてえ~。


 俺はしばらく身動きが取れないまま、彼女と添い寝をするはめになった。

 こんな睡眠はまるで望んでいない。





 俺はマナリア伯爵令嬢から婚約解消の話を追求される前に、そそくさとその場を後にした。


「はぁ……俺の壮大な計画が……」


「いかがされましたか、ネル様」


 俺の独り言に反応したのは従者のヘリオ・トロープだ。

 彼は俺の二つ年上で11歳となる。

 例の忠実にネルに仕え続けた下僕で、つい先日従者に昇格させた。

 一人ぐらいは心の内を語れる味方が欲しいと思ったのだ。


「いやなに……例のご令嬢が厄介でな……」


「ストレーガ伯爵令嬢様でしょうか?」


 察しがいいな。

 ヘリオはけっこう優秀な奴で、いつも冷静沈着かつ視野も広い。それにわずか11歳でありながら、身長も175cmと大きめだ。

 この調子で成長し続ければ、執事兼護衛だってできそうな体格だ。

 傍においておけば、必ずや役に立ってくれるはず。


「ネル様の崇高なご計画通り、この調子でしたら婚約解消への流れになるのでは?」


「……それがあのご令嬢、自分をお嫁さんにしてほしい……なんて言ってな……」


「なんと! なんと浅ましく強欲なのでしょうか! ネル様と共同事業をするだけでは飽き足らず、そのような要求までしてくるなんて無礼千万です!」


 ヘリオは栗色の髪の毛を逆立てながら、獰猛な表情で怒り狂っていた。

 あまりにも予想外な豹変っぷりに俺は少し動揺してしまう。


「えっいや……ヘリオ、そんな大声で言うなって」


 ヘリオは平民なので、間違ってもお貴族さまの娘さんをそんな風に言っちゃいけない。

 また、俺の従者が婚約者をそしっていたなどと噂が立ってもまずい。

 実際のパワーバランスはどうあれ、家格もあちらが上なのだから。


「こ、これは……! 失礼しました。しかし、許しがたい暴挙ですね」


「暴挙までとは言わずとも、面倒なことに変わりはない」


「いかがなさいますか? やはり早急に暗殺でしょうか?」


 おい、ちょっと待て。

 いつもの冷静なヘリオはどこへいったんだ?


「し、失礼しました。少々、先走りすぎていたようです」


 俺が目線で咎めただけ、即座に頭を下げて一歩引けるのはやはりいい。

 しかし暗殺、暗殺かあ……それが確かに一番手っ取り早いよなあ。

 なぜか知らんけど、ヘリオって俺がお願いすると嬉々として何でもやってくれるしなあ。


 しかもマナリア伯爵令嬢ってわりとポンコツでわきが甘そうだし。まだまだ女大賢者として覚醒し切ってない今のうちに……いやいや、あとで過去の悪行が女勇者しゅじんこうにバレたりでもしたら、俺の新しい死亡フラグが立ちかねない。


 今は大人しく自己強化に励むしかないか。

 少しでも破滅から身を守るためには必要だしな。



「そういえばヘリオ。メイドたちから俺宛に何か受け取ってないか?」


「もしやネル様。先日、メイドからいただいた焼き菓子がそれほどお気に召されたのですか? でしたら自分が腕によりをかけてお作りいたします!」


「いや、ヘリオだと意味がない」


「くほぉぉぉ……」


 悔しそうにうなだれるヘリオ。


「お前が女だったら全てが美味・・・・・しかった・・・・んだけどなあ……」


 実はここ数カ月、自分のユニークスキルについてアレコレと検証してみたのだ。


 まず【不眠】についてはネルおれが把握していた通り、寝なくとも健康面に支障をきたさないで間違いない。

 前世の記憶が戻るまでのネルおれは、あまりこのユニークスキルを気に入ってはいなかった。父上のようにド派手なものではなかったからだ。


 しかし人生において、睡眠に使う時間はおよそ三分の一。他者よりも三分の一も自由時間が増えるのは圧倒的なアドバンテージと言っても過言ではない。


 しかしそんなアドバンテージを無意味にするのが、もう一つのユニークスキル【ヒモ】だ。

 このスキルは端的に言えば、だらだらすればするほどお得なスキルだった。

 

 例えば寝れば寝るだけレベルアップする。

 おかげで今の俺は暇さえあれば惰眠を貪るダメ貴族の御曹司になっている。

 だって寝るのは気持ちいいし、好きな時に好きなだけ寝ていいとか、元社畜からすると抗いがたい贅沢なわけでして!

 しかもレベルアップしちゃうとか最高すぎる。


 はい、【不眠】と相性が悪すぎて笑える。

 


 とはいえ俺のレベルは現在35にまで上昇していた。

 最初のうちはレベルの基準がよくわかっていなかったけど、父上やヘリオから聞くに王国最強の近衛騎士団長のレベルが50~60前後らしい。


 順調に最強に近づいている気がする。

 そもそもたった数カ月で35レベルとか、尋常じゃない成長スピードなのではないだろうか?


 そして【ヒモ】の強みは寝るだけではない。

 それは先日、とあるメイドからクッキーを受け取ったことで判明した。



『あ、あの……ネル様。もしよろしかったら、こちらを紅茶のお共にしていただけたら……』


 おずおずと年若いメイドが渡してきたのは焼き菓子クッキーだった。

 彼女の名前は覚えていない。

 ただ、今まで睡眠不足すぎて高圧的な態度をとってきた申し訳なさから、ちょっと優しくするようにしている相手だ。

 

『これは……?』


 俺が訪ねるとメイドは頬を少しだけ赤らめて口早に説明してくれた。


『ネ、ネル様が旦那様を目標として日々精進しているお姿に、可愛らしさをっ、あ、いえ! 敬愛の念を形にしたく、勝手ながら作らせていただきました』


『ほう、手作りか』


 まさか毒など入ってないだろうと思い、その場では受け取っておいた。

 それからヘリオに毒見をさせてからそのクッキーを口にしてみると————



『スキル【ヒモ】が発動。【条件:女性から手作りのクッキーをもらう】を達成』

『スキル【生活魔法Lv1】習得しました』


 そんな世界の意思アナウンスが脳裏に響いた。

 これにはびっくりで、『浄化クリーン』や『清掃ムーブ』など複数の魔法を一瞬で習得してしまったのには驚きだった。

 

 それから色々と試したところ、ユニークスキル【ヒモ】は『女性』に何かしてもらったり、物をもらったりしても発揮するようだ。

 こちらは奉仕してもらった凄さに応じて様々なスキルを習得したり、スキルLvがアップするといった代物だ。


 今までの高圧的な態度を改めて、女どもに媚びを売る————女性に配慮することで、さらなる力を手にするのだ。



「そこまで女性からのクッキーをご所望でしたら、メイドに命ずればよろしいのでは?」


 少しだけつーんとした物言いのヘリオに首を横に振ってやる。


「命令しては意味がない。そう、思いやりが大切なのだ」


「思いやり……忠義ですね? でしたら自分はネル様を、誰よりもお慕いしております」


「ふふっ、冗談はよせ」


 しかしここで重要なのが、あくまで女性側による能動的な事象に限定される。

 ひらたく言えば、自ら進んでみついでくれない限りスキル習得の恩恵は得られない。

 命令でやらせたり、立場的にやるべきことの範疇だと【ヒモ】は発揮してくれないのだ。


「まあ焦らなくてもいいか」


 今はマナリア伯爵令嬢の働きもあって、月に10億~20億円ほど入っている。つまり実質、彼女に働いてもらってお金をもらってるわけだ。

 彼女の意思により、自ら進んで決めたこと。

 これにより、俺は大量のスキルを獲得していたりする。


『スキル【ヒモ】が発動。【条件:女性に2200万以上を貢がれる】を達成』

『女性が見繕った『魔封石:絶炎』が3000万円で売却され、商会の人件費やインセンティブを引いて2200万円が貢がれました』

『スキル【炎魔法Lv5 → Lv6】にアップしました』


 おっ、またまた順調に自動で貢がれたな。

 ちなみにスキルLvは5を超えると、もはや達人級らしい。

 Lv6から英雄や伝説の領域に入るのだとか、うんぬんかんぬん。


 あまり実感はないけれど、ちょっとほくほく顔になってしまう。

 そして嬉しいことは続くようで、例の年若いメイドが用事でもありげにこちらに向かってくるじゃないか。


「ネル様」


 おお、今日は何をくれるのだろうか?

 もらったお菓子を食べた後に、昼寝としゃれこもうじゃないか。


「旦那様がお呼びでございます」


「父上が……?」


 少し期待を裏切られた感は否めないけれど、当主様がお呼びとあらば急いで執務室へと足を運ぶ。

 もちろんヘリオも引き連れてだ。


「父上、ネルです。参りました」

「うむ。入れ」


 入室許可をいただき、俺はそっと父上の執務室へと入る。

 いつ見ても立派な内装で、将来ここで仕事をするとなると身が引き締まる思いだ。とは言っても業務の大半はヘリオや部下に任せて、俺は悠々自適な生活を送る予定である。



「こたびの【魔封石】による事業は見事であった」

「いつも父上の大きな背中を見ていますので」


「ふっ、言うようになったな。その調子だと父さんより大きな背中を、いつかネルの子には見せてやれそうだな?」


 息子の成長が喜ばしいのか、父上はその厳めしい顔を綻ばせた。

 それから遠い目つきで窓の外を眺めだす。


「父さんもよく、商売に魂を燃やす父上の大きな背を追いかけていた」


 元々、父上は豪商の長男として生まれ、商売の才覚に恵まれて金属の輸出入で莫大な富を築いた。

 当時は戦争も勃発した関係で、武器や防具の原材料となる金属の需要と価格が高騰したのも相まって、瞬く間に父上は商人界隈でものすごい権威を獲得した。

 そして貴族といえど、容易に口出ししづらい立場にまで上り詰めた。


「平民だった私が男爵にまでなれたのだ。ネルならあるいは、子爵や伯爵になるのも夢ではあるまい」


「父上はまだまだ現役です。そのお役目は父上にこそふさわしい」



 ほんとのんびりできればいいので。

 二代目として甘い汁を吸ってダラダラ過ごしたいな~既得権益、特権階級万歳!


「ふっ、褒めてくれるな。ネルのように9歳で白金貨1000枚の売り上げなど、私にはできなかったさ」


「いえ。それもこれも父上がこれまで積み上げてきたものあってこそです。ストクッズ商会の販路がなければ、ここまで大がかりな利益を出せませんでした」


「そういうところだ、ネル。私が9歳であれば己の手柄をこれ見よがしに、周囲に自慢し増長していただろう」


「父上のおかれた環境は……実力主義の商人社会でした。優秀さをアピールするのは理にかないます。私はあくまで、父上が築かれた温室に庇護されている身ですからね」


「まったくお前は。どうしてこうも謙虚で、聡い息子なのだ? 実力が伴わず威張り散らかすだけの貴族どもに、我が子の爪を煎じて飲ませてやりたくなってしまう」


 やべっ。

『二代目最高~だらだらうぇーい』なんて内心がバレたら、父上が嫌悪する、家柄にしがみつく貴族と同じ目で見られそう。


「無能な貴族共は全て粛清すればいいものを……」


 まあ父上も色々あったからなあ。

 豪商として名をはせた当時、その活躍を妬んだ貴族たちが、それならば騎士位サーを与えてみてはと王陛下に推挙したのだ。

 同じ貴族位を与え、自分たちより下位の者ならば序列が明確になるだろうと……簡単に言えば、手綱を握って王国に従属させようと企んだ。


 しかも騎士となれば戦争にも従事しなければいけない。

 戦場へ投入すれば、目の上のたんこぶである平民も戦死するだろう。そんな思惑全てを覆したのが、父上の強さだった。


 父上のユニークスキルは【商王】と【剣鬼】の二つ。

 商才だけでなく戦闘センスも抜群だったのだ。


 ちなみにユニークスキルは一つ持っているだけでも珍しいのだが、その辺は俺も二つ持っている点でしっかり父上の血を色濃く継いでいるようだ。


「平民が貴族になり上がるには、乗り越えるべき障壁が立ちはだかるのもまた事実……」


 父上は先の戦争で英雄として帰還し、その活躍を認めざるを得ない王家は準男爵位を下賜した。それから貴族位に物を言わせて、即座に自身の販売ルートを拡大。

 いわゆるお貴族同士の有益な取り引きを始め、今や王国内の流通の15%を握る大商会の後ろ盾にすらなっている。

 こうなると王家は他所に離反されては困ると懸念し、さらに父上を評価して囲い込む。

 すなわち男爵位を下賜して、領地すらも与えた。


 これを平民一人がたった35年とちょっとで成し遂げたのだから、間違いなく父上は傑物の類だろう。


「だが、ネル。お前は生まれながらにして貴族だ。誰がなんと言おうと貴族だ。だからこそ、肝に銘じておくのだ」


 父上はようやく本題を切り出した。


「上に立つ者として、信頼できる者を今から見繕っておくのだ。ストクッズ男爵家の跡取りとして、ふさわしい者を選定せよ」


 要約すると自分は大変だった。だから、お前も信用できる者を今から率いる練習をしろって話のようだ。


「今はヘリオのみですが、ゆくゆくは考えております」

「今日から励め。無論、私の伝手で何人か優秀な者もいるから、お前の傍付きにつけることもできる」


 確かに父上の紹介であれば確実だろう。

 しかし、しかしだ。

 男をあてがわれると、いくらヘリオのように忠誠心が深くても【ヒモ】が発動してくれない。


 とはいえ条件に女子のみ受け付ける、なんて言ったら何となく父上に失望されそうだ。その歳で色欲に狂ったか! なんて思われたくもない。



「まずは自らの意思で探したく存じます。しかし良い人材の確保となると、どちらに目を向けてよいのやら。先達の知恵を分けていただきたく、父上」


「ふっ、いいだろう。そうだな、討伐・採集・護衛の三要素を兼ね備えた人材なら、冒険者ギルドに依頼を出すのがよい。お抱えの冒険者を囲えれば数年は安泰だ。無論、周辺国家の動向や相場事情、商人との繋がりに重きを置きたいのなら商人ギルドだな。貴族間での権威を優先したいのなら私の紹介となる。騎士家の者や準男爵家の三男坊あたりに渡りをつけよう。あとは——よりプライベートな役割を任せるのであれば、絶対服従の人材を扱う奴隷商に顔を出すのがよい。貴族共は奴隷上がりの従者を嫌うが、私から言えばこれ以上使い勝手のよい人材はないだろう。デメリットとしては育成コストが過分にかかるぐらいだが、今のお前の稼ぎなら何ら問題ないはずだ」


 奴隷……なんて都合のいい響きだ!

 すごく可哀そうでひもじい境遇の女子を買って、優しく手なずけるパターンがベストだ!

 そうなれば立場を超えて、自らの意思で進んで奉仕してくれる日が来るだろう! スキル【ヒモ】もたくさん発動してくれる!


 できたら女勇者に対抗できるぐらいの才能を持ってる人物を傍に置きたい。

 そして将来は肉壁になってもらう————護衛してほしい。


「ありがとうございます。まずは奴隷商に顔を出してみようと思います」


 ふぅー夢の怠惰生活の第一歩を踏み出せた気がする。

 ん? マナリア伯爵令嬢はどうするのかって?


 と、とりあえずは触らぬ神になんとやらってことで、自然に熱が冷めるのを待っていよう。そのうち幼い頃の恋心だなんだってのは、気の迷いの一種だと気付くさ。





◇◇◇◇

あとがき


お読みいただきありがとうございます。

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◇◇◇◇

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