2話 めんどいから婚約破棄で
「ストレーガ伯爵令嬢のご入室でございます」
忠実な下僕くんの案内で、粛々と俺の部屋に入ってきたのは艶やかな黒髪をなびかせた美幼女だ。
黒曜石を思わせるなめらかな漆黒の髪は、陶磁器のように白い肌を際立たせる。
ん……ゲームでの女大賢者様ってこんな顔だったっけ? 各キャラのアイコンなんぞ気にしてなかったし、スチルやイベントシーンはほぼスキップしてたからなあ……。
あっ、ゲーム時代よりも幼い見た目だから違和感があったのか? よくわからんけど精巧で美しい人形みたいだな。
やはり感情が一切伺えない無表情さも相まって、どこか無機質な印象を受ける。
確か一部の貴族には、その美貌を称えられて『
「…………」
淑女の嗜みとしてペコリと上品な
さすがは『ガチ百合』の無口系ヒロイン。
通常であれば、貴族社会においてこのような挨拶は無礼に値する。
しかし彼女のそれは、とある事情で許されている。
「これはこれは、ストレーガ伯爵令嬢。このような部屋でのお出迎えとなってしまい、大変心苦しく思います」
「…………」
彼女は俺の殊勝な物言いにピクリと眉を動かし、それからコクリと頷いた。
おそらく前回の顔合わせの印象と齟齬が見受けられたのだろう。
何せ彼女を婚約者として紹介されたとき、
もはや『結婚してやるから感謝しろよ』と言わんばかりの上から目線な態度だった気がする。
「…………」
俺の婚約者に
ストレーガ伯爵令嬢であり、その家格はストクッズ男爵家の二つ上。
つまりれっきとした上級貴族に位置するご令嬢である。
「…………」
通常であれば俺と釣り合わない家格の彼女が、どうして婚約者になりそうなのか。
その理由はひとえにストレーガ伯爵と夫人が引き起こした魔法災害にある。
元々、ストレーガ伯爵家は優秀な魔法使いを数多く輩出している名門貴族である。
それが数年前、彼女のご両親が引き起こした魔法実験によって王宮の一部が吹き飛んでしまったのだ。
その結果、王宮で仕えていた多数の貴族の命が失われ賠償を求められる立場となる。さらに、破壊した施設などの弁償費用も含めると莫大な借金を抱えるはめとなった。
歴代のストレーガ伯爵家の働きを考慮して『
そんな弱みに付け込んで婚約話を持ってきたのが、
実はうちの父上、『ガチ百合』モブ貴族の親らしくない輝かしい功績を持つ人物だ。なにせたった一代で、平民から男爵にまで上り詰めた傑物だったりする。
平民 → 騎士 → 準男爵 → 男爵位と領地まで賜り、王国初の大出世頭だ。
そのせいか『成り上がり貴族』と揶揄されるタイプの新興貴族であるが、保有する資産は莫大なものになっている。
下手したらその辺の上級貴族よりもお金持ちだし、何なら中堅貴族より権力を握っている分野もある。
なので『平民の汚らわしい血筋が調子に乗るな』とちょっかいをかけてくる貴族を黙らせるため、ここぞとばかりに高潔な名門貴族の血を家に取り込まんと画策しているわけだ。
その結果——
「あ、やっべ……」
「……?」
やっばい。
俺の断罪シーンを思い出したぞ
ゲームの序盤でぽっと殺されるモブ役だから、今まで失念していたけど……
そんでもって目の前にいる黒髪美少女は、無表情から一転して『ふぁー』っと脳内お花畑を咲かせては『女勇者かっけええええ!』みたいな感じだったと思う。
「ひぃ……」
アホか!
借金を肩代わりに結婚とか貴族間でよくある取引きだろおおお。
今思うと女勇者って無茶苦茶やん……。
いや、ゲーム内のネルは、物静かで抵抗しないマナリアの態度をいいことに、好き放題やってた気がする。
確かに前世の記憶が蘇らなかったら、マナリアのユニークスキル【賢王】に嫉妬して卑屈になっていただろう。
どんなに自分が頑張ってもできなかった【
「…………ネルくん、大丈夫?」
「と、取り乱した……何でもない」
珍しくこちらを気遣うような視線に俺は首を振る。
というか『ネルくん』ってなんだ? ゲームでそんな親し気な呼び方してたか?
いや、待て。
ネルの記憶によると、この伯爵令嬢はけっこうポンコツらしい。
なんでも魔法研究に没頭していた手前、貴族が嗜む礼儀作法のアレコレには疎いのだとか。
はぁー、そういうところも父上のバカでかい背中を必死に追いかける
両親の庇護にかまかけて、努力してこなかった天才と映ったのかもしれない。
まあとにかく未来の女大賢者様には、早々に俺が思い描く『だらだらライフ』からご退場いただこう。変に絡んでも危険なだけだしな。
「マナリア伯爵令嬢。突然なのですが、我々の婚約を破棄していただけませんか?」
「……!」
これにはさすがの無口なヒロインも驚愕の声を上げ……なかった。
いつも通り言葉が出てこなかったようだ。
「…………」
それからたっぷり数分経って、彼女はおずおずと口を開く。
「……どうして?」
眠いし、もう何もかもめんどうだからだ。
なんて本音を語れるわけもなく俺は悪役貴族らしい、そう、小賢しい少年を演じる。
「ふふっ、何も無理にマナリアお嬢様が身命を賭してまで、我が家に輿入れする必要などございません」
「……どういう意味?」
「実は私に妙案がございまして————」
俺は怪しい笑みを浮かべ、悪だくみを共有する小物悪代官みたいな所作をする。
いわゆる耳へのダイレクトアタック、こしょこしょ話のお誘いだ。
その一生懸命さが伝わったのか、彼女は俺のアイディアに耳を傾けてくれた。
「最近、私が————魔————実験————父上に——利益を——」
はぁ、マジで眠いわ。
早く終わらねーかな。
なんて本音はおくびを出さずに、彼女を誘導するための言葉を紡ぐ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます